従来型の正しい文章術が役に立たない理由——曲ではなく、握手券が大切になる時代
もっと多くの人に自分の書いた記事を読んでほしい。
あなたもそう願ってきっと努力されていることでしょう。
文章ノウハウを読み漁り、ときに購入して一生懸命学びます。
何度も何度も書き直し、ようやく完成したよくできた記事を投稿する。
反応が芳しくないので、まだ努力が足りないのだと思ってさらに学びます。
そんなある日、あなたは今の自分の力量を確認するため、ふとAIに自分の書いた記事と同じテーマを与えて記事を書かせようと思い立ちます。
これだけ努力したのです。
AIの出力する平均的な文章なんて凌駕しているに決まっている。
そう思ってAIの出力した文章を見て、あなたは愕然としました。
正しい手法を学んだあなたの書く文章は、驚くほどAIの出力したものと似ていたのです。
はたしてこれは才能の問題なのでしょうか。
かつて、文章術は武器だった
ほんの2年前まで、文章術を学ぶことは大変効果がありました。
整った文章を書ける人が少なかったからです。
ですが、今は違います。
AIがあります。
GPT-4oの登場以来、文章発信を取り巻く環境は急激に変化しました。
今のAIは、従来型の正しい文章術が大得意です。
読者の悩みを並べ、やさしく共感し、三つのポイントに整理し、最後に「今日からできる一歩」を置く。
こういったスタイルにおいて、AIと人間の文章に差異は生じません。
型を突き詰めた先の正解は一つだからです。
正しい文章術を学んだ先に差異が失われるのであれば、
自分の文章が読まれるために必要な努力とは何になるのでしょうか。
ヒントは音楽にあります。
もうお分かりでしょう。
握手券です。
従来型の音楽理論を突き詰めた結果、音楽は特定のパターンに収束していきました。
その環境下では曲そのもので差別化することは極めて困難となりました。
すると、勝負どころは別のところになります。
コンテンツで差別化できなくなった先に行き着く手法は常に一つ。
関係性の設計。
つまり距離感を近づけ、あなたを見ていると感じさせる手法です。
音楽の場合、それは握手券でした。
握手券は、悪い曲をごまかして売るためのものではありません。
曲が悪ければ、いくら握手できても巨大な市場にはならない。
むしろ楽曲が一定以上の品質へ収斂し、曲だけでは決定的な差を作りにくくなったからこそ、関係性が新たな商品になったのです。
そしてプラットフォームにおけるそれは、すなわち交流になります。
あえて群れの中に飛び込み、群れの中でお互いの名前を覚え合い、群れの中で切磋琢磨することでいつか群れの先頭に立つことを目指す。
発信において短期間で成果を出すために必要なことは、文章術を学び努力して記事を書くのでなく、営業活動一択です。
学校で習う文法や作文術以上のものを学んでも、それ自体は差別化になりません。
AIが一瞬で対応してしまうからです。
おや?
結局握手券商法は廃れたじゃないか、ですか?
はい、その通りです。
握手券商法は今でも有効な手法ではありますが、以前ほど絶対的な優位を持たなくなりました。
これは飽きだけではありません。
幾人かの才能によって、音楽の型が更新されたからです。
最適化から外れた異才たちが、新たなスタンダードを生み出し、その結果曲の勝負に戻っていった。
AI時代の文章も同じことが起こる可能性は充分にあります。
いつか誰かが新しい時代の文章術を生み出し、型の更新が起きた時、文章力で勝負する時代に戻る日が来るかもしれません。
新しい文章の型は、完成するまで新しい型とは呼ばれません。
読者から見れば、ただ読みにくい文章、意味のわからない文章、反応しづらい文章です。
型の更新に失敗した発信者は、批判されることさえありません。
ただ読まれなくなります。
発信における死とは、炎上ではありません。
誰にも認識されなくなることです。
さて、ニャルは現代の発信において従来の文章ノウハウを学ぶ意義は薄いと推論します。
あなたは営業することで天下を目指しますか?
それとも死を覚悟して認知の更新に挑みますか?
