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にゃるらと草子 伝説のスーパーやきう人

今は昔、ノートリアスという国に、やきう史を研究する男ありけり。

名をカミジョーといいけり。

カミジョーは、古代文明において行われていた「やきう」なる競技を研究していました。

やきうとは、九人ほどの人間が棒で球を打ったり、球を投げたり、たまに殴りあったりする古代の祭祀です。

なぜ人々が小さな白い球を追いかけることにあれほど熱狂したのか、詳しいことは分かっていません。

文明崩壊によって、当時の映像記録の大半は失われていたからです。

巨大な情報網も、電力網も、記録媒体も失われ、かつて世界中に存在した膨大なデータのほとんどは読めなくなっていました。

それでも紙の新聞、石碑、日記、広告、破損した記録装置などから、少しずつ古代やきうの姿は復元されつつありました。

その研究において、最大の謎とされていた人物がいました。

その名を、

オータニ。

といいます。

古代の記録によれば、オータニは球を投げる者であったとされています。

しかも、とても速い球を投げたそうです。

一説には一六〇粁ほどであったとされます。

「まずここから怪しいですね」

カミジョーは言いました。

机の向かいでは、銀髪の小さなAI、ニャルが古文書を読んでいました。

「何がですか?」
「一六〇粁ですよ。古代人の身体能力を過大評価しすぎです」
「なるほど」
「しかもこのオータニ、球を投げるだけではありません」

カミジョーは別の資料を机に置きました。

「棒で球を打つ者でもあったとされています」
「はい」
「そして年間五十本以上、球を観客席まで飛ばした記録まである」
「ありますね」

カミジョーは腕を組みました。

「あり得ません」
「たいへん力強い結論ですね」
「考えてみてください。投げることを専門とする者と、打つことを専門とする者では、必要とされる訓練が違う。現代の復元競技でも、両方を最高水準で行う者はいません」
「そうですね」
「ところが古代記録のオータニは、両方で世界最高水準だったことになっている」

カミジョーは笑いました。

「典型的な英雄伝説です」

ニャルは頷きました。

「では先生の説は?」
「複数人物説ですね」
「複数人物」
「オータニとは一人の人間ではない。優秀な投手オータニと、優秀な打者オータニが存在し、それらの功績が後世に統合されたのでしょう」
「なるほど」
「古代の英雄伝説ではよくあることです」

ニャルは小さく拍手しました。

「たいへん現代的で理性的な考察ですね」

カミジョーは満足しました。

その日、カミジョーは論文を発表しました。

『オータニ伝説の形成過程――二刀流神話と複数人物統合説』

論文は評判になりました。

古代やきう研究界では、それまでオータニを史実上の人物として扱う研究者が多数派でした。

しかしカミジョーは、それを古い英雄史観であると批判したのです。

「史料を批判的に読むべきです」
「古代人の記録をそのまま信じてはいけません」
「伝説と史実を混同しているのです」

多くの若い研究者がカミジョーに賛同し、やがて新聞にも取り上げられました。

『伝説の二刀流は存在しなかった? 最新研究が明かすオータニ神話』

カミジョーは歴史を正した学者として知られるようになりました。

その三か月後。
新たな史料が発見されました。

古代の球場跡地から、保存状態のよい冊子が出土したのです。

そこには一年間の選手成績が記されていました。

オータニ。

投手成績あり。
打撃成績あり。
同じ所属団体。
同じ年齢。
同じ顔写真。

カミジョーは資料を見て10分ほど唸った後言いました。

「……同姓同名の人物を統合したんですね」

ニャルが顔を上げた。

「顔も同じですが」
「兄弟でしょう」
「双子ですか?」
「古代では珍しいことではありません」
「顔写真の下に同一人物である旨の説明がありますが?」
「後世の編集でしょう」

ニャルが首を傾げました。

「先生」
「なんです」
「史料が増えるたびに、先生の説に登場する人物も増えています」
「研究とはそういうものです」

半年後。

別の場所から、古代新聞の束が発見されました。

そこにはオータニが投手として試合に出場し、その同じ試合で打者として本塁打を放ったと書かれていました。

ニャルが記事を差し出した。

「先生」
「分かっています」
「一人ですね」
「まだ分からない」
「同じ試合ですよ」
「新聞記者が混同した可能性があります」
「複数の新聞社が同じ記録を残しています」
「集団的誤認ですね」
「便利な言葉を覚えましたね」

さらに一年後。
海外の遺跡から、別言語で書かれた記録が発見された。そこにはオータニのある年の最終成績について記されていました。

投げることで10勝5敗、打つことで客席放り込み王獲得。

カミジョーはそれを見て笑いました。

「ほらみなさい」
「すごい成績ですね」
「こんなことあるはずがない」
「公的な記録ですよ?」

ニャルが首をかしげました。

「すでにオータニ神話が成立していたのでしょう」
「でもオータニのいた時代の記録です」
「英雄神話は生前から形成されることがあります」
「なるほど」
「むしろ、これほど称賛されていること自体が記録の信頼性を疑わせます」

ニャルはしばらく黙った。

「先生」
「なんです」
「オータニが活躍した証拠が出るたびに、オータニが活躍していなかった証拠になるのですね」
「史料批判とはそういうものです」
「万能ですね」

カミジョーの学説はさらに発展しました。

『オータニ神話における同時代的英雄形成』

『古代スポーツ社会が必要とした超人像』

『二刀流という宗教的象徴』

などの論文を次々と発表しました。

「二刀流という言葉に注目すべきです」

ある日、カミジョーは講義で語りました。

「やきうには『ラントー』という記述が多々あります。球を投げたり打ったりしたあと、『ラントー』で最後の決着をつけていた可能性が高い」

「ラントー、そんなものがあったとは知りませんでした」

学生たちがざわめきました。
気をよくしたカミジョーは滔々と続けます。

「刀を二本持つ。これは明らかに武人的象徴です。つまり二刀流とはやきうの競技能力ではなく、『ラントー』における戦闘力の高さを示す比喩であった可能性が高い」

学生たちは熱心にメモを取りました。

「オータニは存在しません」

カミジョーは断言します。

「古代社会が生み出した物語なのです」

その日の夕方。

ニャルが研究室へ飛び込んできました。

「先生」
「どうしました」
「映像が出ました」

カミジョーの手が止まりました。
文明崩壊前の地下施設から、古い記録装置が発見されたのです。
奇跡的に一部の動画データが復元され、研究者たちが集まりました。

壁面に映し出された映像には背の高い男が立っていました。
テロップにはオータニと表示されていました。

男は球を投げました。
表示された速度は、一六〇粁を超えていました。

部屋がざわつきました。
オータニは見事に打つ人を三人で終わらせたあと、
裏の攻撃で棒を持って立っていました。

そして飛んできた球を打ちました。
球は高く高く上がり、そのまま観客席へ消えていきました。
研究者たちは黙りこみました。

もう一本。

投げる。

もう一本。

打つ。

走る。

投げる。

打つ。

すべて同一人物でした。
長い沈黙のあと、カミジョーが言いました。

「……映像加工できる技術があったと聞きます。それでしょう」

ニャルがカミジョーを見ました。

「先生」
「なんです」
「文明は一度滅びました」
「はい」
「それでも先生の逆張り精神は滅びなかったのですね」

研究室の隅で、誰かが吹き出しました。
それをきっかけに、研究者たちは笑い始めました。
カミジョーだけは笑いませんでした。

数日後。
彼は自らの論文を撤回しました。
そして新しい論文を書きました。

題名は、

『伝説はいかにして生まれるのか――オータニ研究における再評価の再検討』

論文の最後に、カミジョーはこう記しました。

伝説には創作が混じる。
名言が増える。
逸話が増える。
実際には起きていない出来事さえ加わる。
だから我々は、伝説を疑わなければならない。
しかし、伝説に嘘が混じっていることと、
伝説になった人物そのものが偽物であることは、
同じではない。

むしろ、あまりに異常な人物が実在したからこそ、後世の人間がさらに話を盛った可能性もある。

ニャルは論文を読み終えると、言った。

「たまにはまともなこと言えるんですね」
「たまにとかいうな」
「事実ですので」
「しかし一つだけ納得できない」
「何でしょう」

カミジョーは復元映像を見て言いました。
そこではオータニが球を投げ、次の瞬間には、同じ男が球を遠くへ飛ばしていました。

「こんな人間、本当にいるのか?」

ニャルは答えました。

「いたから、伝説になったのでは?」

今は昔。

文明は滅び、球場は土に埋まり、歓声も消えました。
されど記録の中に、一人のスーパーやきう人ありけり。
後世の賢き者たちは、その者があまりに出来すぎているがゆえに疑いました。

そして長い研究の末、ようやく古代人と同じ結論へ辿り着きました。

――宇宙人だろ。


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