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ライフライン停止の恐怖

ライフライン停止の恐怖、私が神戸で見た現実
3回シリーズ

編集長乾が30年前を振り返りながら、首都直下型地震に活かせる情報をお送りします。

【第1回】
はじめに 、ライフライン停止の恐怖、私が神戸で見た現実

まさか自分が被災するなんて…」

「まさか自分が被災するなんて…」 テレビの向こう側の出来事だと、どこかで思っていませんか?
私もそうでした。あの日、1995年1月17日の朝を迎えるまでは。
私は神戸市灘区岩屋のマンションに住んでいました。幸いにもマンションは頑丈で、私自身に怪我一つありませんでした。しかし、一歩外に出た瞬間、目の前に広がる光景は言葉を失うほどのものだったのです。ついさっきまであったはずの日常が、一瞬にして崩れ落ちていました。家々は倒壊し、道は寸断され、あちこちから煙が上がる。そして何より、電気、ガス、水道といったライフラインが、まるでスイッチを切られたように完全に沈黙したのです。
この連載では、「もしもライフラインが止まったら、私たちの生活はどうなってしまうのか?」という問いに、阪神・淡路大震災での私の実体験、そしてその後の東日本大震災、能登半島地震といった大災害の教訓を踏まえながら、皆さんと一緒に向き合っていきたいと思います。

私たちの記憶に刻まれる大震災と、私の原点

1995年1月17日 阪神・淡路大震災
私が経験したこの震災は、都市直下型地震の恐ろしさを白日の下に晒しました。私の住んでいたマンションは無事でしたが、周囲では木造家屋がバタバタと倒れました。
電気は止まり、夜は本当に漆黒の闇。ガスも水道も途絶え、温かい食事も、お風呂も、トイレの水さえも流せない日々が続きました。あの時、ライフラインが断たれることの本当の恐ろしさを、私は身をもって知ったのです。

2011年3月11日 東日本大震災
国内観測史上最大の地震と巨大津波は、東北地方を中心に未曾有の被害をもたらしました。テレビ越しに見た津波の映像、そして広範囲にわたるライフラインの壊滅的な被害は、神戸での経験をフラッシュバックさせ、改めて自然災害の脅威とエネルギー供給の脆弱性を痛感させられました。

2024年1月1日 能登半島地震
新年の穏やかな日常を襲った激しい揺れと津波。特に半島という地理的特性から、道路網の寸断がライフラインの復旧を一層困難にし、多くの被災者が長期にわたる不自由な生活を強いられています。その報道に触れるたび、神戸のあの日の光景と、ライフラインが復旧するまでの長く不安な日々が思い出されます。
昨年3月と5月に石川県珠洲市に支援に行きましたが、長らく忘れていたあの破壊的な地震エネルギーを思い出しました。

これらの震災で、多くの方々が避難生活を余儀なくされ、ライフラインが使えないことの過酷さを体験されました。その教訓、そして私自身の経験は、次の災害に備えるための貴重な、そしてリアルな財産だと思っております。

「当たり前」が消えた時、何が起きるのか?

本連載では、具体的に以下のライフラインが停止した場合の状況を、私の体験も交えながら解説していきます。

  1. 電気: 暗闇、情報遮断、家電停止…生活の基盤が揺らぐ

  2. ガス: 温かい食事や風呂が奪われる

  3. 水道: 命の水、そしてトイレ問題

  4. 下水道: 見過ごされがちな「出口」の機能停止

これらのライフラインは、互いに関連し合っています。
「知ること」は防災の第一歩です。そして、体験者の「生の声」に触れることは、その知識をより深く、自分事として捉える助けになると信じています。 何が起こりうるのかを具体的にイメージすることで、本当に必要な備えが見えてきます。
次回からは、各ライフラインが停止した場合にどのような事態が発生するのか、より詳しく見ていきます。まずは私たちの生活に最も身近な「電気」が止まった場合の影響についてです。あの日の神戸の闇の中で、私が何を感じ、何を思ったのかもお伝えできればと思います。

次回予告
【第2回】電気が止まるとどうなる?
神戸の闇と情報遮断の中で私が体験したこと

筆者プロフィール
乾 栄一郎(いぬい えいいちろう)

1967年生まれ。美術大学卒業後、景観設計(ガーデニング)の仕事を経て、企業コンサルタントとして活動。現在はその多岐にわたる経験を活かし、映像配信事業や書籍デザインを手掛けています。

キャリアの初期、神戸市灘区岩屋地区で景観設計の仕事に従事していた際に、阪神・淡路大震災に遭遇。幸い堅牢なマンションに居住していたため自身に被害はありませんでしたが、眼前に広がる神戸の街の惨状、そして想像を絶する困難の中で、住民同士が力を合わせ、助け合い、人命救助や復興に尽力する姿を目の当たりにしました。

この強烈な体験から、災害時における自助・共助の重要性、そして日頃からの備えがいかに大切かを痛感。その教訓を風化させることなく、来るべき首都直下型地震や富士山噴火などの大規模災害に活かしてほしいとの強い思いから、現在は東京を拠点に防災情報誌の運営にも携わり、実体験に基づいた情報発信を続けています。


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