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なぜショッカーは本郷猛のリスクを甘く見積もったのか。仮面ライダーから考える、コスト最適化と破滅的リスク

仮面ライダー1号、本郷猛は、悪の組織ショッカーによって改造人間にされる。

身体の改造は完了していた。しかし、脳改造を受ける直前に脱出したため、人間としての意思を失わずに済んだ。

結果として本郷猛は、ショッカーから与えられた能力を使ってショッカーと戦うことになる。

これはショッカーにとって、非常に大きな経営上の失敗である。

自社の費用と技術を投入して、最強クラスの敵を自ら製造してしまったからだ。

では、なぜショッカーは、身体改造を先に行い、忠誠心を支配する脳改造を後回しにしたのだろうか。

単なる脚本上の都合ではなく、経済合理性から考えてみたい。

身体改造を先にすること自体は合理的だった

仮に、ショッカーの改造工程が次のようなものだったとする。

身体改造は失敗率が高い。一方、脳改造は成功率が高い。

ただし、脳改造には高価な装置、特殊な部品、希少な薬剤、熟練した技術者が必要であり、費用も高い。

例えば、身体改造の費用を20、成功率を20%、脳改造の費用を100、成功率を99%とする。

100人の候補者に対して先に身体改造を行えば、身体改造費は2,000で済む。そのうち成功者は約20人なので、脳改造費は2,000となる。

合計4,000である。

反対に、脳改造を先に行えば、100人全員に高額な脳改造を行うため、それだけで10,000かかる。

その後、身体改造を行っても、最終的に成功するのは約20人しかいない。

ショッカーの経理担当者から見れば、

「どうせ身体改造で8割が失敗するのに、なぜ全員に高価な脳改造を先に行うのか」

という話になる。

これは製造業では、ごく普通の考え方である。

不良率の高い工程を先に置き、高価な部品や仕上げ工程は、前工程を通過した個体にだけ投入する。

いわゆる「早く、安く失敗させる」という設計だ。

経済学や経営学では、段階的投資、スクリーニング、工程順序の最適化として説明できる。

つまり、身体改造を先に行ったこと自体は、必ずしも間違いではない。

ショッカーの失敗は「危険な仕掛品」を放置したこと

問題は、身体改造後、脳改造前の本郷猛である。

この時点で本郷は、戦闘能力だけは改造人間だが、意思は人間のままだった。

製造業に例えれば、完成前の仕掛品である。

ただし、普通の仕掛品とは違う。

自分で動く。

逃げる。

敵意を持つ。

施設の構造を知っている。

そして、完成品に近い戦闘能力を持っている。

ショッカーは、改造人間一体当たりの製造原価は計算していたかもしれない。

しかし、「強化済み、未洗脳」という極めて危険な中間状態を、リスクとして十分に評価していなかった。

これは、局所最適と全体最適の不一致である。

改造部門だけを見れば、高価な脳改造を成功個体に限定できるため、効率は良い。

しかし組織全体で見れば、仮面ライダーという永続的な敵を生み、怪人、戦闘員、施設、作戦を次々と失うことになった。

製造原価は下がったかもしれないが、企業価値は壊滅的に毀損している。

期待損失を正しく計算していなかった

リスクは、発生確率だけで判断してはいけない。

基本となる考え方は、

「発生確率×発生した場合の損失」

である。

これを期待損失という。

仮に、本郷猛が身体改造後に逃亡する確率が1%しかなかったとしても、逃亡した場合の損失が非常に大きければ、無視はできない。

本郷猛の逃亡によってショッカーが受けた損失には、改造費の持ち逃げだけでなく、施設破壊、作戦妨害、怪人の損失、機密情報の流出、組織の信用低下まで含まれる。

最終的には、組織の存続そのものが脅かされる。

これは、低確率だが発生すると損失が極端に大きい「テールリスク」である。

ショッカーは、おそらく逃亡確率だけを見ていた。

しかし本来見るべきだったのは、逃亡確率ではなく、逃亡した改造人間が与える総損失だった。

「めったに起きないから対策しなくてよい」

という判断は、損失規模が小さい場合にしか成立しない。

原子力発電所、航空機、金融機関、基幹システムでも同じである。

発生確率が低くても、発生時に組織が終わるのであれば、対策は必要になる。

正常性バイアスが働いていた可能性

ショッカー内部では、正常性バイアスも働いていたのではないか。

正常性バイアスとは、異常事態が起きる可能性を過小評価し、

「今まで大丈夫だったのだから、今回も大丈夫だろう」

と考えてしまう心理である。

これまで多くの改造人間候補を扱い、身体改造後に逃亡した事例がなかったとすれば、警備担当者や技術者は、現行手順を安全だと思い込む。

本郷猛が極めて優秀な人間であったことも、逆にリスク評価を誤らせた可能性がある。

ショッカーは、優秀だから改造人間の素材として価値が高いと判断した。

しかし、優秀であるということは、身体能力だけでなく、判断力、意志力、観察力、脱出能力も高いということである。

ショッカーは、本郷猛の能力を「改造後の性能」としては高く評価したが、「逃亡や反抗の能力」としては評価しなかった。

同じ能力が利益にもリスクにもなるという、典型的な見落としである。

プリンシパル=エージェント問題

ショッカーを依頼者であるプリンシパル、本郷猛を実際に活動するエージェントと考えることもできる。

ショッカーは、本郷猛に戦闘能力を与え、その能力をショッカーの利益のために使わせようとした。

しかし本郷猛本人の目的は、ショッカーの目的とは一致していない。

脳改造とは、単なる手術工程ではない。

ショッカーと改造人間の利害を強制的に一致させる、統治装置だった。

ところがショッカーは、利害を一致させる前に、高い能力と権限を与えてしまった。

現代企業に置き換えれば、身元確認や契約、権限管理を終える前に、管理者権限と機密情報を渡すようなものだ。

本郷猛が裏切ったというより、最初からショッカーと本郷猛の利害は一致していなかった。

ショッカーは、その事実を脳改造によって解決する予定だったが、解決前に能力を与えた。

ホールドアップ問題としての本郷猛

この事例は、ホールドアップ問題としても説明できる。

ホールドアップ問題とは、一方が相手のために大きな投資をした後、投資を受けた側が態度を変え、投資した側が不利になる問題である。

ショッカーは本郷猛の身体に対して、専用の投資を行った。

ところが投資後も、その身体と意思の実質的な支配権は本郷猛本人に残っていた。

ショッカーが費用を負担し、本郷猛が資産を保有する。

しかも本郷猛は、その資産をショッカーへの攻撃に使用する。

ショッカーは、自社の研究開発費で競合を育成したことになる。

投資を行う前に、支配権、拘束手段、契約、停止手段を確保しなければならない。

ショッカーには契約は通用しないため、少なくとも麻酔の継続、拘束設備、遠隔停止装置、脳改造との同時施工などが必要だった。

サンクコストが判断をさらに悪化させた可能性

本郷猛が逃亡した後、ショッカーは大量の怪人を投入して仮面ライダーを倒そうとする。

ここにはサンクコストの問題もある。

サンクコストとは、すでに支払ってしまい、回収できない費用のことである。

合理的には、過去にいくら使ったかではなく、今後の費用と効果だけで判断すべきである。

しかしショッカー幹部は、

「本郷猛にこれだけ投資したのだから、何としても回収しなければならない」

「ここまで怪人を失ったのだから、今さら撤退できない」

と考えた可能性がある。

その結果、さらに怪人、資金、時間を投入し、損失を拡大する。

これはサンクコスト効果、あるいはコミットメントのエスカレーションと呼ばれる。

失敗を認めて損切りするより、失敗を取り戻そうとして、さらに大きな損失を出す。

ショッカーは、本郷猛の改造で一度失敗し、その失敗を認められなかったために、組織全体を消耗させたのかもしれない。

最初の失敗より、学習しなかったことが大きい

本郷猛の逃亡そのものは、事前には極めて低い確率だと考えられていたかもしれない。

その意味では、最初の一件だけなら、不運な事故として説明できる。

しかし、一度事故が発生すれば、リスク評価は更新しなければならない。

経済学や意思決定論では、新しい情報を得たときに確率判断を修正することをベイズ更新という。

本郷猛が逃亡した時点で、

「身体改造後、脳改造前の候補者は逃亡し得る」

という新しい情報が得られた。

合理的な組織なら、その後は工程を変更する。

警備を強化する。

拘束方法を変更する。

身体改造と脳改造を連続工程にする。

遠隔停止機能を設ける。

それでも似たような裏切りや脱走を繰り返していたとすれば、問題は技術力ではなく、組織学習能力にある。

強い組織とは、失敗しない組織ではない。

失敗した後に、手順と制度を変更できる組織である。

ショッカーは原価管理に強く、リスク管理に弱かった

ショッカーが身体改造を先にした判断は、改造人間の製造原価だけを見れば合理的だった。

失敗率の高い身体改造で候補者を絞り、高価な脳改造を成功者だけに行う。

これは、段階的投資として正しい。

しかし、その工程の途中に発生する「身体強化済み、脳改造未実施」という危険な状態を管理できていなかった。

ショッカーは、平均コストを最小化することには成功した。

しかし、低確率で発生する破滅的損失を無視した。

さらに、一度失敗した後も工程を見直さず、サンクコストに引きずられ、怪人を追加投入した。

結果として、改造人間一体の原価を節約するために、組織そのものを危険にさらした。

経営において、本当に恐ろしいのは、非合理な判断だけではない。

一部だけを見れば合理的な判断である。

部署単位では正しい。

原価計算上も正しい。

手順書にも沿っている。

しかし、全体で見ると組織を破壊する。

ショッカーの失敗は、悪の組織だから起きたのではない。

局所的な効率化を積み重ねた結果、全体として巨大なリスクを生み出す。

これは、現代の企業や行政、情報システムでも、十分に起こり得る話である。

ショッカーは、仮面ライダーに負けたのではない。

本郷猛を生み出す工程を合理化しすぎた結果、自らが作ったリスクに負けたのである。

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