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ひとやすみ⑧「母親を知ることは、自分を知ること」

このWeekシリーズを読んでいただいていると、
母親の話がよく出てきます。

変なところ、おかしなところ、
気づいていないところ、矛盾―――
そういう話が続くと、
「この人は母親の悪口ばかりだな」と、
感じる人がいるかもしれない。
そのあたりの訳を、
少し話してみたいと思います。


人が生まれて最初に出会う「世界」は、
ほとんどの人が母親だ。

言葉を覚える前、歩く前、
自分が「自分」だと分かる前―――
そのずっと早い時期から
人は母親の体温、声、眼差し、
そして気配、無意識までも
全身で受け取っている。

良い母親でも、そうでない母親でも、
その事実は変わらない。

その時期に受けた影響は、
後からの経験と違う深さで
内側にすり込まれ、刻まれる。

だから、母親の影響は
決定的となる。


でも、ここで一つ大切なことがある。
カウンセリングやワークの中で
「母親を見る」とき、
成長した自分が見ている
現実の母親そのものではない。
自分の内側に刻まれている
「母親像」だ。

現実の母と、母親像は
必ずしも一致しない。


現実の母親は、もしかしたら
今変わっているかもしれない。
でも、内側の母親像は
あの頃のまま残っていることがある。
そしてその像が、
自分の感じ方や行動に、
今も影響を与え続けていることがある。

母親を見ることは、
現実の母親を批判することではなく、
自分の内側にあるものを、
再確認するようなことだ。


私自身の体験から一つ話してみる。
ワークの中で、自分の深い寂しさと
向き合った瞬間があった。

その時初めて、息子の寂しさが
息子のものとして感じられた。
それまでは「私の方が泣きたい」だった。
息子が泣いていても、
自分の痛みが先にあった。

自分の寂しさが分かったから、
息子の寂しさが分かった。

そして、母が私のことが分からなかったのは、
母自身が自分のことが分からなかったからだ
ということも、ここで繋がった。

分かる人は、分かる。
分からない人は、分からない。
それは悪意とは別のこと。


自分の内面を知るということには、
痛みが伴うと、
いつもカウンセラーの先生に
そう言われていた。
その通りだと私も感じていた。

幼いころの記憶、
感じないようにしてきた感情―――
そこに触れることは、
とても怖いことでもある。

でも、その先に
本当の自分がいる。

母親を知ることは、
過去を掘り起こして責めたいわけじゃない。
今の自分を知るための重要な鍵になるからだ。


あなたの内側にある「お母さん」に、
少し目を向けてみるのは
嫌いになるためでも、
責め立てるわけでもなく、
ただただ、自分を知るため。

そうして自分のことが分かった分だけ、
大切な人の気持ちが分かるようになる。
そして、なにより本当の自分を
取り戻すことになる。



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