学校に、作業療法士という選択肢を。―「学べる土台」を支える専門性―【作業療法シリーズ①】
最近、
私が勤めている
精神科の作業療法士と一緒に、
発達特性のある
お子さんについての
事例検討会に、
演者として出る
機会をいただきました。
事例検討会自体は
もう少し先なので、
今は専ら発表に向けての
作戦会議中ですが、
考えれば考えるほど学校現場
(とくに特別支援系)には
作業療法的アプローチが
効果的だと感じます。
「集団」の捉え方
教育心理学の領域では、
「集団」
とは
「共通の目標や課題をもち、
一定の規範や役割分化のもとで
行動する成員からなる社会的単位」
と定義されています。
出典:教育心理学(鹿取廣人・杉原一昭 ほか 編/有斐閣)
他方、
作業療法学で語られる「集団」とは、
「共通の作業(活動)
への参加を通して、
成員間に相互作用と
役割が生じる治療的単位」
と定義されています。
出典:日本作業療法士協会
『作業療法白書』『作業療法概論』
集団=相互作用
であり、
役割が生じること自体が
治療的関係になる。
これ、臨床心理学でいう
システムズアプローチと
ほぼ同じですよね。
さらに精神科領域では、
作業療法時の集団を
「治療目的のもとに構成され、
作業活動を通じて
心身機能・対人関係・社会適応を
促進する治療的集団」
ととらえています。
出典:「精神科作業療法」
日本作業療法士協会 編
こうしてみると、
作業療法のなかでも
精神科領域は、
より心理社会的な
方向性に重みが
おかれているのですね。
つまり、
教育心理学では目標や
規範意識を持たせて、
達成感や規範遵守のなかから
成長意識や自尊感情を高めていく
アプローチを重視するのに対し、
作業療法では作業を介しつつ
心身機能・対人関係・社会適応を
促進するアプローチをとります。
(ちなみに「相互作用重視型」なので、
定義上は子どもと支援者の
2名だけでも立派な「集団」
になります)
心理職から見た「作業」の本質
精神科作業療法では、
扱う作業のアウトカムよりも
プロセスが重視されます。
支援者のこの姿勢により、
子どもは作業の達成度や
習熟度といった評価軸から
切り離され、
安全感・安心感が育まれます。
この関係性(相互作用)が
結果として心理社会的な方向性での
改善をもたらすのだと認識しています。
「それじゃあ、
作業療法でいう『作業』とは
いったい何を指し示すの?」
このような「作業」の本質ですが、
他職種ながら私は勝手に
「作業=対象者が
自分を超えた外界に
関わろうとする試み」
だと捉えています。
たとえば、
不安症の人がいたとします。
「明日学校に行ったら
クラスメイトから悪口を
言われるかもしれない」
「前に過呼吸が起きた
場所に行ったら、
また過呼吸になるかも
しれない」
一見すると、
これらは「学校」や
「自宅以外の場所」など、
自分以外の対象に関与
しているように見えますが、
「悪口を言われている自分」
や
「また過呼吸になっている自分」
といった
「想像上の自分」
と向き合っているのであり、
その意味で自分の内面に
関与しているのです。
つまり、
自分を超えた外の対象を見ずに
「自分の内面ばかりを
過剰に想像したり観察したり
している状態」
ですね。
この状態になると、
過剰に自分を観察することで
感覚がよりシャープに
なってしまうため、
以前まで
教室や過呼吸を起こした場所に
近寄れていたのに段々できなくなる
→
次第に学校が見える場所や
過呼吸を起こした場所と
似た場所にも近寄れなくなる
…など、
苦手な場所が
どんどん増えていきます。
心理療法では様々な技法を用いて
この「自分の内に向かう眼差し」を
ズラしていくのですが、
作業療法では「作業」を通して
「自分の外側に意識を向けていく」
ことで、
非常にコンパクトかつ
最短のアプローチで介入
していけます。
学校生活も「作業」と定義できる
私の認識では、
学校で日々行われている
授業やクラブ、
委員会や部活なども、
「自分を超えた外界に
関わろうとする試み」
ですから、
言ってしまえば
もう全てが「作業」
なんですよね。
だからこそ、
作業療法の考え方が
有効だと思うのです。
例えば、
不安が強めで校舎に入れず、
昇降口で固まったままの子を
先生方が何時間も見守ったり
説得したりする光景を見かけます。
そんな時は
スクールカウンセラーも
声をかけたり、
相談室にカードゲームが
ある場合は誘ってみたりします。
多分、
学校に精通している
作業療法士がこんな状況に
遭遇したら、
花壇の水やりや穴掘り、
職員室の鉛筆削りや
クラスごとのプリントの
仕分けなど、
その子が乗ってきそうな
作業にさり気なく誘導する
でしょう。
そして、
自分の内面を
過剰に想像したり
観察したりしている眼差しを
速やかに外の世界に向けさせ、
非常にコンパクトかつ最短で
気持ちを切り替えさせていく
と思います。
多分、
スクールカウンセラーが
介入するよりも変化が
早いんじゃないでしょうか。
他にも、
発達特性のある子を
感覚統合的な側面から
見立てたり、
感覚過敏のお子さんに
「慣れ;馴化」を形成する
トレーニング法を提案したり。
こうした、
「しっかりと注意集中が
乗った状態で作業(学習)
できる土台づくり」
も
作業療法士の専門領域
だと思うのです。
これまた、
発達特性から指導が
入りにくい子に対して
担任の先生が
何時間も関わり
疲弊されている場面を
よく目撃します。
大事なことは、
学校の先生は
「教える専門家」であり、
決して
「学習できる土台づくり」
の専門家では
無いということです。
知らず知らずのうちに
専門領域外のことまで
担っているのだから、
それはそれは疲弊すると思います。
こうした場面でも、
作業療法士がしっかりと
「学習できる土台づくり」
を行ない、
そのうえで担任の先生が
専門性を発揮して
「教える」
ことをしていけば
とても効果的な「集団」が
形成できるのではと感じています。
作業療法士と学校現場がつながるために
例えば、
教育センターで
作業療法士を嘱託採用し、
要望のあった学校に訪問して
助言指導するようなシステムが
できたら、
すごく効果的だと思うのに。
でも、
作業療法と学校現場って、
お互いあまり知らない者同士
みたいになっている気がして、
私のように病院と学校の狭間で
見ている心理職は非常に
もどかしく思ったりしているのです。
私と作業療法士が
演者として立つ
事例検討会には、
学校関係者が多く参加されます。
当日は私のこのテーマをしっかりと伝え、
学校領域と作業療法の架け橋に
なれるよう務めたいと考えています。
次の記事はこちら↓
