約束の、日付のない待ち合わせ
(今回の記事については、
いくつかのケースを
重ね合わせ、加工・修正した
架空ケースとなっています。
心理の専門職が背負う
守秘義務の範囲内としての
記事になります事を
予めご承知おき下さい)
——想いは巡る。
願いをのせて。
祈りをのせて。
...
ある夫婦がいた。
春。
二人が住む家の軒先に、
ツバメがやって来た。
最初に見つけたのは妻だった。
「ツバメが来てる」
そう言われて夫が外に出ると、
黒い小さな影は家の周囲を
何度か旋回し、
しばらくするとどこかへ飛んでいった。
その年はそれっきり。
黒い影を見ることはなかった。
別な年。
二人が住む家の軒先に、
またツバメがやって来た。
夫婦は食卓からその様子を眺めていた。
「もしかして、巣を作るのかな」
妻が言った。
夫は窓の外を見ながら、
「そうだったらいいね」
と答えた。
黒い小さな影は
しばらくすると
どこかへ飛んでいった。
その年もそれっきり。
黒い影を見ることはなかった。
・・・
いつしか二人は、
我が家の軒先に
ツバメが来てくれないか
と願うようになっていた。
そして、
また春になった。
最初に見つけたのは、
また妻だった。
「ねえ、見て」
そう言われて外に出ると、
黒い小さな鳥が何度も往復していた。
土を運び、枯れ草を運び、
少しずつ巣の形を作っていく。
夫婦は毎日のようにその様子を眺めた。
・・・
「ずっと、ツバメが巣を
作らないかなと思っていたんです」
後になって
夫婦は嬉しそうに私にそう語った。
朝、出勤前に必ず見る。
そして、
帰宅時は留守の間に
何か変わっていないかと、
真っ先に軒先を見上げる。
巣は少しずつ大きくなった。
ところが、
気になればなるほど
心配にもなった。
「あまり近づきすぎない方が
いいかもしれない」
「うるさくすると、
卵を産む前にいなくなるかも」
二人は自然とそんな話を
するようになった。
巣は少しずつ形を整えていった。
けれど、
卵があるのかどうかは分からない。
ある日、
ツバメについて夫婦は語り、
少し黙った後で小さく笑った。
「このツバメが、
私たちにとっての救いなんです」
・・・
——数年にわたる不妊治療。
積み重なる失敗と、
喪失の体験。
それは、
次のページが
めくれない物語
であり、
約束の日付のない
待ち合わせ
でもある。
そのような
願いと現実の間にある
長い長い時間を、
夫婦はただひたすらに
歩んでいた。
私はただ
その横に在るだけだった。
