名前を付けてあげられなかった猫
(サムネ画像はあいさんに
作っていただいた
GIFを使用しています。)
ある時、
勤務先の病院の
敷地内に
猫が迷い込んで
きたことがあった。
はじめのうちは
すぐにどこかに
行くだろうと思って
あまり気にかけて
いなかったが、
数日経っても
敷地内でその猫を
見かけていた。
「もし、
猫が野良で
病院に住み着く
ようになったら、
駆除されるかも。
早く
どこかに行くと
良いな」
そう思いながら
過ごしていた。
それから
程なくして、
私のいる
心理室の外から
猫の鳴き声が
聞こえるようになった。
はじめは
遠くで猫が
鳴いているのかなと
思うほどの
か細い鳴き声
だったが、
数日経つと、
少なくとも
数匹の鳴き声が
混ざっている
ことがわかった。
耳を澄ませて
聞いていると、
鳴き声は
エアコンの
室外機の下から
だった。
昼休み。
室外機の下を
覗いてみる。
そこには5匹の
子猫がいた。
病院の敷地を
見て回ったが、
親猫はいなかった。
子猫は、
白黒猫が3匹。
黒猫が2匹だった。
病院に
確認したところ、
やはり衛生面から
駆除対象になる
とのこと。
それでは
さすがに気の毒だ。
誰に相談
すればよいか。
浮かんだのが
日頃の雑談で
よく飼い猫の話を
していた
管理栄養士だった。
すぐに
内線をかけて
事情を話すと、
段ボールと
古いタオルを
もってきてくれた。
それから、
猫の面倒を
見てくれる人が
いないか、
色んな人に
声をかけた。
「さっき猫を
5匹保護したのですが、
面倒見てもらえませんか?」
とりあえず
みんな興味津々で
見には来る。
でも、
あまりにも急な
「面倒見れませんか?」
に誰も対応できない。
作業療法士は
子どもが猫アレルギー。
事務員は
自宅がアパート
なので無理。
外来の看護師と
薬剤師には
普通に断られた。
病棟の看護師にも
声はかけるが、
数人で見に来て
キャーキャー騒ぎ、
そのまま帰っていって
しまった。
とりあえず
管理栄養士にもう一度
相談してみると、
「既に先住猫がいるけど、
何とか上手くやってみる」
と言って、1匹面倒を
見てくれることになった。
その後、
外回りから帰ってきた
精神保健福祉士にも
相談したところ、
「娘がちょうど
猫が欲しいと
言っていたの」
「これも何かのご縁だね」
と言って、
さらに1匹の
行き先が決まった。
残りは3匹。
でも、
引き渡せたのは
白黒猫ばかり。
黒猫はどうやら
人気が無いらしい。
仕方が無いので、
3匹は我が家に
持ち帰った。
自宅にいる愛犬は、
新しく来た3匹を
興味津々で
出迎えてくれた。
——あれから、
6年。
3匹のうち黒猫1匹は、
保護したその日の明け方に
亡くなった。
我が家に居たのは
ほんの数時間だった。
残る2匹は
今でも我が家で
のんびり気ままに
暮らしている。
その後、
家族が引き受けてきた
保護猫が3匹加わり、
今ではすっかり
大所帯になっている。
毎年、
7月19日が
来ると、
我が家では
1つの動画を見る。
猫が3匹そろって
我が家にやってきた時の、
段ボールに入ったままの動画。
名前も付けて
あげられなかったが、
この日だけは、
しっかりと思い出して
あげたい。
僅か数十秒の
動画には、
在りし日の
子猫が
いつまでも元気に
動き回っていた。
——先日、
仕事から帰宅時に
病院の敷地で
久しぶりに
猫の鳴き声を聞いた。
ふと見ると、
1匹の白黒猫が
こちらを見ていた。
その瞬間。
直感的に、
私が保護した
子猫たちの
親猫だと感じた。
じわじわとした
様々な気持ち。
親猫のもとから
子猫を引き離して
しまった申し訳なさと、
子猫が駆除されずに
今も元気に過ごしている
ことを伝えたい気持ちと、
あの、名前を付けて
あげられなかった猫のこと。
その親猫と
思しき白黒猫は
私をじっと見つめた後、
ぷいと顔を逸らし、
建物の間に消えていった。
その白黒猫を
見送った後、
あの日から
心のどこかに
残っていたものが、
少しだけほどけた
気がしたのだった。

