精神科でみる『老い』と、ただ“在る”ということ。【振り子のエッセンスシリーズ④】
今日も、
精神科には様々な親子がやってきます。
親に手を引かれてくるお子さん。
親と離れて後から渋々ついてくる中学生。
親より先に病院に入って、
待合室でスマホを見ている高校生。
何となく様子を窺っていると、
それだけで親子の関係がどんな感じなのか
伝わってきます。
でも、親子は
未成年の子ども連れだけではありません。
成人した子どもと共に病院に
入ってくる親。
先に受付を済ます子どもから離れて、
後からゆっくり待合室に入る親。
子どもに手を引かれてくる親。
成人した親子の場合、
こちらは何となく様子を窺っていますが、
親子の関係がどんな感じなのか
あまり伝わってくることはありません。
「認知症」
「うつ病」
「不安症」
あるいは
「妄想性障害」
「アルコール依存症」
など。
診断がついて薬が処方され、
窓口で会計を済ませ、
病院を後にしていかれます。
そこに、
未成年のお子さん連れの
親子ほどの会話はありません。
ただただ、
淡々と病院から帰宅していく
その背中たち。
きっと患者さんも
付き添いのお子さんも。
それぞれが言葉にならない
想いの温度を閉じ込めたまま。
以前、
認知症疑いで娘さんに説得され、
渋々来院してきた女性の
患者さんがいました。
検査をしてみると、
明らかに短期記憶が低下している
ことが分かりました。
ついさっきまで
目の前にあった情報が
思い出せないのです。
その方は一生懸命に
わずかな手がかりを
探し続けようとしました。
でも、
どれだけ頑張っても
記憶が戻ってくることは
ありませんでした。
ふいに、
その人の声が震えている
ことに気づいて、
私は記録用紙から顔を
離しました。
「前まで出来ていたのに。
おかしいねえ…」
こらえていたものが
あふれ出したように、
声にならない嗚咽が
胸の奥からこぼれ、
涙が止まらなくなる。
付き添いで来ていた
娘さんも、泣きながら
お母さんの体をさすって
いました。
検査は時として、
これまで気づかずに
過ごしてきた時の流れを
無情に突き付けることが
あります。
誰しもが、
見たくない現実がある。
気づかずに過ごしたい
時の流れがある。
それを
受け止めていくことが
治療に向き合う
はじめの一歩
なのかもしれません。
次の記事はこちら↓
※ここから先は
メンバーシップ限定となります。
メンバーへの入退会は自由。
メンバー同士の内輪での
やり取りもありません。
また、
メンバーシップに入っても
今まで通りご自身のペースで
記事をお読みいただけます。
もう少し振り子の世界を覗いて
みたい方は、お気軽にご参加ください。
ここから先は
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?
