「父はほんとうに死んだのかな?」
まだ54歳だった父を亡くした日の記憶と、
今も心の中で繰り返される、たった6枚の記憶について書きました。
40年近く前、ジョン・レノンが亡くなった日と同じ12月8日の冷たい朝。
会社に着くとすぐ、総務から電話があった。
「お父さんが交通事故で…」
言葉を失い、呆然としていると
上司が「いいから早く帰れ」と声をかけてくれた。
JRや慣れない飛行機を乗り継ぎ、実家のある空港へ向かった。
この間のことは、ほとんど記憶に残ってない。
なんとなく父のことより、待ち時間の少ない乗り換えのことを心配していた自分がいたような気がする。
ただ、最後に乗った飛行機の、回るプロペラをぼんやり眺めていた光景だけはなぜか焼き付いている。
夕方、ようやく空港に着き、タクシーで実家に向かう。
何も事情を知らない運転手は、楽しそうに話しかけてくる。
実家の前にようやく着いた時、
運転手はただならぬ気配に気付いたのか
「あっ」と声を漏らし、表情が一瞬でこわばった。
その様子を見て私は、
「ああ、もう私には書き換えることのできない、現実だったんだ」と思い知らされた。
父の死が、はっきりと我が身に覆いかぶさってきた。
そして、タクシーを降りてからの記憶は今でも鮮明に残っている。
母の悲しみに堪える姿、姉の気丈さもはっきりと。
父の死後、いつも感じる不思議な気持ちがある。
私は、高校を卒業後、父と顔を合わせることはほとんどなくなった。
だからだろうか。
父が亡くなった今でも、どこか別の場所で、いつものように暮らしているように感じることができる。
父は、あの頃の姿のまま、いまも生きてる。
学生の頃、帰省後大学に戻る朝、
父の仕事場に挨拶に行くと、
母に見つからないようにこっそり寄ってきて、
お小遣いをくれた。
クタクタに使い込まれた財布。
赤と黒の塗料が残る爪。
ヨレた一万円札。
普段は無口な父。
イタズラっぽく寄せられた目尻のシワ。
「かーちゃんには内緒」
6枚だけのページ…。
新しい思い出は増えていかないのに、
それまでの記憶は少しずつ変化しながら、
よりはっきりと浮かびあがってくる。
亡くなった日の朝、珍しく父が夢に出てきた。
海沿いの高い岩壁を車で走っていた。
父が運転し、私は助手席に。
しばらく走りトンネルを抜けたとき、
突然岸壁から投げ出された。
「うわーーっ」と叫んで落ちていく感覚。
そして目の前が真っ暗になる。
そこで目が覚めた。
この夢に、特別な意味があったとは思わない。
でも許されるなら、こんなふうに描いてみたくなる。
あの時の父は、
不安や寂しさ
叶えたかった思いを胸に
隣でハンドルを握りしめていたのだと。
「とうちゃん…
一緒に乗っとったやろ。
ひとりでなかったけん」
