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【小説】旅路 第1部 終章 「于闐」

カーラはジャーラと共にウッパーラの元へ急いだ。
ウッパーラは隣を走る小紅に支えられ、痛みにたえながら必死で手綱を握っている。
「そのまま走れ!すぐ追いつく」
ぐらぐらと揺れる背中に声をかけるとカーラは速度を上げ、左につけた馬を走らせたままウッパーラの馬に乗り移った。
傾いて落馬しそうになるウッパーラの身体を間一髪抱き寄せる。着衣は既に真っ赤な鮮血で染まっていた。矢はウッパーラの左腰のやや上あたりに突き刺さったままだった。血の色に反して、顔色はひどく青白い。ウッパーラはカーラに身体をあずけぐったりとしている。
「よく我慢したな。」
怪我の具合を考えれば馬を降り、手当てをする必要はあったが、ウッパーラを討ったであろう敵が左から迫りつつあった。仕方なくカーラは矢羽根の部分から半分へし折り走り続けた。
「無事なの?」
「大丈夫だ。こっちは任せて走れ。もうすぐ門が見えてくる。」
小紅は一瞬戸惑いを見せたが、すぐにまた速度をあげた。
一方カーラとウッパーラを乗せた馬は乗り手が増えたため速度が緩んできた。ここぞと敵が左につけ、切りかかってくる。カーラは手綱を握った右腕でウッパーラを支え、左手一本で応戦する。その時、右側にさらに別の敵が迫ってきた。カーラは左の敵の馬の腹を激しく蹴り、暴れた馬から敵を落馬させる。右は右で至近距離から矢を放つ。
「うっ」
右肩に矢を受け、一瞬カーラは動きをとめる。
「お前もいよいよ終わりだな」
敵がほくそ笑んで剣を振りかざした途端、背後からシャータの弓で討たれ、そのまま絶命した。
「カーラ大丈夫か?!」
追いついてきたシャータが走りながら横につけてくる。
「癪だが、また借りだな。」 
カーラは力任せに右肩の矢を引き抜いた。
「言ってる場合か。」
その時、シャータの目に黒く塗られた門が見えてきた。
「あれだ!門だ!」
だが、それも糠喜びだった。後ろからはまだ幾騎かの敵がせまり、そして門の前にはさらに多くの騎馬隊がこちらを向いて並んでいた。
「新手だ。こっちが挟み撃ちじゃないか。」
新手は一糸乱れず2列に整列し合図と同時にこちらに向けて弓を構えた。
「もう、終わりだ。」
シャータは思わず目を閉じる。
空を裂く弓の鋭く高い音。
次の瞬間、わが身に矢が降り注ぐかと思いきや、矢は高く高く飛び、頭上をはるか越え、後ろにいる吐谷渾の残党をとらえた。
「えっ?」
戸惑っているシャータの目に飛び込んできたのは赤々と掲げられた旗だった。そしてその中央に刻まれたのは、錦糸で縫い取られた「于」の文字。
「于闐の兵だ!」
于闐の兵はさらに二の矢を放つ。背後で短い悲鳴とともに討たれた敵が落馬する音が聞こえた。
残りの敵は向きを変え次々に逃げ去って行った。

「やはりあいつは使い勝手が良い。私が見込んだとおりだ。」
カーラは顎をしゃくってシャータの視線を前方へと促す。
騎馬隊の後ろから走り出てきたのは見覚えのある袈裟姿だった。

「間に合ってよかった。皆さま、お怪我は?」
「姫が討たれた。医者を呼べるか、藍生丹」
「すぐ呼んできます。」
カーラがウッパーラを抱きか変えて降ろし、やがて藍生丹と一緒に担架が戻ってきた。
シャータはキツネにつままれた面持ちでそれを見送った。
※※※
「また君に騙された。」
カーラが怪我と疲労で泥のように寝ていたため、
シャータが事の次第をきかされたのは、于闐についてから数日後のことだった。
聞けば藍生丹が消えたのは、先に于闐へと走らせ、王へ救助を求めるためだったという。
「まぁ、今回もある意味、賭けだったかもな。」
藍生丹が再び吐谷渾と通じる可能性も否定できない中での強攻ではあった。
幸い、藍生丹は寝返ることなく、于闐の王は迅速に動いた。ウッパーラも、経過の観察が必要ではあるものの、一命は取り留めた。
「それはそれで仕方ないとして、僕にくらいは先に教えてくれてもよくないか?そんなに信用してないのか?」
シャータはカーラの傷に新しい包帯を巻きながら、やつあたりのようにきつく締める。
「まぁ、いや、何だ、その⋯」
にやにやしながら珍しく口ごもったと思ったら、カーラは次の瞬間には吹き出した。
「その顔だよ」
「は?」
「私は、その顔が見たくて、つい。」
王命を受けて以来、ずっと口を一文字に結んでいたカーラが、久しぶりにあけっぴろげに笑った。
そう言えば、2人の時は、時折こんな風に笑う人だった。他愛もないことで。
「これからもそばにいてくれ、シャータ。たまに騙すから、時々また、そのふくれ面を見せろ」
⋯これだから、自分はこの人のそばを離れられない、とシャータはその笑い顔をみながら思った。
⋯おそらく、一生。
※※※
怪我の回復の後、ウッパーラの婚礼は滞りなく行われた。その日を待って、一行は于闐をあとにすることになった。
「もう、本当に行ってしまうのね。」
「ああ。王によろしく伝えてくれ。」
カーラは馬に荷物を積みながら言う。
「これからどうするの?」
「元の生活に戻る。」
小紅はウッパーラ付きの侍女として于闐に残り、
藍生丹は于闐の寺院に入門することが決まった。
残り数人になってしまった村人達はそれぞれに褒美をもらい、護衛をともなって一足先に村へと帰っていった。彼らの悲願であった免税については、追って王城から沙汰があるだろう。
「ジャーラもあなた達と一緒に?」
「厄介なお荷物が増えた。」
村だけでなく国のためにできることを探したいと言ったジャーラは、まずは2人と行動を共にする事となった。
「本人曰く、『広い世界を見たい』のだそうだ。」
それも良いかもしれない。城という小さな世界から出た自分もまた、多くの事を知った。
「あなたは私の事なんて忘れてしまうかもしれないわね。でも、私は忘れない。あなたたちに会った事、教えてもらったこと。」
「⋯忘れろ。」
カーラの答えはにべもない。最後くらい愛想を振りまいても罰はあたらないだろうに。
「忘れるくらい、懸命に生きろ。異国の風は時に冷たい。」
「⋯そうね。」
「最後に教えてやろう。」
すっかり準備が整うとカーラは言った。
「お前の兄は死んだよ。とっくの昔に。」
「⋯。」
「いるのは、姉だ。」
その言葉の意味を聞こうとした時、強い風が砂を巻き上げた。ウッパーラが思わず目を閉じている間に、カーラは馬にのり、同行者2人をともなって颯爽とその場をあとにする。
「待って!」
あとを追おうとしたが、強い風と砂が足に絡みつき、ウッパーラは躓いてひざをつく。
「まだ無理しちゃだめだって」
小紅が助け起こす頃には、共に旅をした仲間はもう随分遠くに行ってしまっていた。
小さくなるその背中をウッパーラはいつまでも見送っていた。
※※※
「アリーシャ様、吐谷渾よりご報告です。」
「なんだ」
「追尾をかけた兵士の一団は壊滅、一行は于闐に入ったとの事です。」
アリーシャと呼ばれた男は、沈黙の後、報告に来た使者の頭を嫌と言うほど蹴りつけた。
「アリーシャ様、おやめください。」
となりにいた家来とみられる男が止めるのも聞かず、使者の頭を何度も激しく踏みつける。
「おのれ、鄯善の糞どもめ。うまく立ち回りおって。」
「アリーシャ様⋯」
「これで終わりではないぞ。わが国の再興のためにも、必ず⋯やつらを⋯」

旅路 第1部 終わり


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