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アラカンまで『認めてほしい』をやっていた」私の話


妹を見ていて、

「何もしないでいいよね」
「なんでも私ばっかり」

そんなふうに思っていた。


でも本当は違った。
私は妹にイライラしていたんじゃなかった。

家族の中で笑顔でいる妹を見て、
なぜかモヤっとした時に気づいた。


私は妹を責めていたんじゃない。
私を認めてほしかったんだ。
頑張っている私を見てほしかったんだ。
褒めてほしかったんだ。

小さい頃から、
「やっぱりお姉ちゃんがいないとね」
そんなふうに言われてきた。

それが嬉しかったし、
いつの間にか私の価値になっていた。


だから気づかないうちに、
頑張ること。
背負うこと。
しっかり者でいること。
それを当たり前に続けていた。

自分がやったほうが早い。
自分がやらなきゃ。

そんなふうに思って、

頼らない。
任せない。
全部抱える。
そして疲れる。


そのくせ心のどこかでは、

「私ばっかり頑張ってる」
「誰か気づいて」
「認めてほしい」

そんな気持ちを抱えていたんだと思う。



でも今なら思う。

誰がそこまでやれと言ったんだろう。

妹でもなく
家族でもなく

私は誰かに追い込まれていたんじゃない。
自分で自分を追い込んでいた。

頑張ることで価値を証明しようとしていた。
認めてもらうことで安心しようとしていた。


だから妹を見て苦しかったんだ。

自由そうに見える妹。
楽しそうに見える妹。

その姿を見るたびに、
本当は私もそうしたかったのかもしれない。

今回妹にモヤっとしたことで、

あぁ、まだ私は
「頑張ることで認めてもらおう」
としていたんだなって気づいた。

でも気づいたってことは、
もう手放す時なんだと思う。


無意識の時は変えられない。
だけど見えたなら、
もう選び直せる。


頑張らなくても価値はある。
背負わなくても愛される。

認めてもらうためじゃなく、
私がやりたいからやる。

そんな生き方を選んでいい。


妹へのモヤモヤは、
「もうその生き方、卒業していいよ」
って教えてくれるサインだった。

気づいたんだから、手放す時。

これからは「認められるため」じゃなく、
「私が幸せになるため」に選んでいこうと思う。♡


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