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あの日の残像

大切な記憶。
笑っている写真。

でも、
うまく思い出せない。

思い出すのは、
特別な会話や楽しかった記憶でもない。

テレビの音と、
ゲームの画面の光。

ただ後ろで座るひとの気配。

どれだけ見た目が変わっても、
それは、ただの母だった。

私は、
そのまま画面を見ていた。

そのときの私は、
ただ、いつもの時間を過ごしていた。

それで、
世界は保たれていた。

残っているのは、
そんな場面ばかりだ。



この記事は、「見えない不調と生きる」から続く、新しい章のマガジンとして綴っています。
不調そのものではなく、その奥にあった「生きにくさ」に目を向けながら、自分の内側に残っていた感覚を、少しずつ言葉にしていく記録です。
もし、どこかに重なるものがあれば、それぞれのペースで受け取ってもらえたらうれしいです。
※本記事は筆者自身の体験をもとに綴ったものであり、特定の考え方や方法を推奨するものではありません。

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