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koge0koge
笑いという儀式を居酒屋で見た
ロッシーです。
この前、かなり久しぶりに居酒屋に行きました。
ちらほら他の客がいる中で、6人くらいの中年サラリーマン集団がいました。まあ、とにかく大声で話して騒々しいこと。
特に、あの時折起こる「ガハハ!!」という一斉の笑い声。
心から込み上げるものではなく、「ここで笑うべきだぞ」と合図があって、それに従うように放たれる笑い。もしくは「俺は笑ってるぞ!楽しんでるぞ!」とアピールするための笑い。いずれにしても、まるで作り物の舞台のような、不自然かつ空虚な音の洪水でした。
困るのは、その笑いがこちらの会話をかき消してしまうこと。何か言葉を発しても、そのたびに、そのサラリーマン集団の「ガハハ!!」に飲み込まれていってしまう。
「居酒屋なんか来るんじゃなかったわ」
と思わずにはいられませんでしたが、時すでに遅し。まあ、居酒屋というのは、そもそもそういう騒がしい場所ですし。なので、村上春樹的な「やれやれ」感とともに、枝豆をつまんでいましたね。
笑いは本来、自由で、自然で、誰にも強いられるものではないはずです。けれど居酒屋に響く「ガハハ」は、まるである種の儀式のようでした。まあ、そういう風に、その場の熱気に同調することが楽しい人もいるのでしょうけれど。
笑うための会話ではなく、会話により笑いが生まれる、そんな時間と空間に身を置きたいですね。私にとっては、それが心地よさというものなのだと改めて思いました。
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