観音寺城 〜お城マニアへの道 No.58
こんにちは!
歴史と食がつながると、旅はもっとおもしろくなる。
アラフィフ旅ライターの更科そば子です。
6月のお城検定に向けて、日本全国の100名城、続100名城について学ぶシリーズ。
最近は近畿地方の名城を深掘りしています。
今回取り上げるのは、戦国時代前期の近江を支配した六角氏の本拠地、山上に広がる壮大な石垣の城・観音寺城です。
信長よりも先に、山城でありながら“石垣”という、時代を先取りした城でもあります。
ではでは、お城検定+旅目線で、楽しく学んでいきましょー!
基本情報:観音寺城
城名:観音寺城(かんのんじじょう)
区分:日本100名城
所在地:滋賀県近江八幡市安土町石寺
築城者:六角氏頼(※山賊という説あり)
築城年代:南北朝時代(14世紀中頃)
城郭構造:山城
天守:なし
主な城主:佐々木六角氏
別名+由来:佐々木城
→六角氏=佐々木氏の一族であったことに由来
👉 ポイント
繖山(きぬがさやま)山上に築かれた巨大な山城
戦国前期にすでに総石垣を多用した先進的構造
麓の石寺で日本で初めて「楽市」が行われた経済都市
観音寺城の歴史
観音寺城は、近江守護・佐々木六角氏の本拠地として築かれたとされています。
当時の近江は、京都に近く、東西交通の要衝。
この地を支配することは、政治的にも経済的にも大きな意味を持っていました。
六角氏は、室町幕府の守護大名として勢力を拡大。
繖山の山上に巨大な山城を築き、平地の石寺には城下町を整備しました。
特に注目すべきは、石寺で行われた「楽市」。
これは商人に自由な商取引を認める政策で、後に織田信長が安土で行う楽市楽座の先駆けともいわれています。
しかし永禄11年(1568年)、上洛を目指す織田信長が近江に進軍。
六角氏は観音寺城を退去し、廃城に。
以後この城が本格的に使われることはありませんでした。
なお、安土城は観音寺城の近くに築かれました。
つまり観音寺城は、「信長以前の戦国近江」を象徴する城なのです。
見どころ
観音寺城の見どころはとにかく石垣です。
広大な城域に多くの曲輪の跡が残り、それぞれに築かれた高石垣は見逃せないポイントです。
● 本丸の石垣
戦国前期の山城で、これほど大規模に石垣を用いている例は非常に珍しいとされている、観音寺城の石垣ですが、
本丸では、自然石を積み上げた野面積みの石垣が今も残ります。
荒々しくも力強い石の積み方は、「山そのものを要塞化した」迫力が。
安土城以前に、ここまで石垣を多用していたのか!ということに驚かされます。
石の大きさや積み方を観察すると、まだ技術が発展途上であることもわかります。
完成形の前段階を見るような、歴史の実験場のような場所です。
● 平井丸の石垣
平井丸は、六角氏の居館があったとされる重要曲輪。
こちらの石垣も規模が大きく、防御というよりも「権威の象徴」としての役割を感じさせます。
山城でありながら、城内に居住空間の整備が進んでいたことが分かります。
石垣の上に立ち、周囲の地形を眺めると、信長以前に、六角氏が近江を見渡していたであろう景色が想像できます。
城下町グルメ(※試験には出ません)
ではでは、皆さんお待ちかね!!
検定には出ないけど旅には最重要、ご当地グルメのご紹介です!!
近江八幡市は、安土城や八幡山城など他にもお城があるので、グルメ情報が被ってしまうんですが💦
特に観音寺城らしいと思われるものをピックアップしてみました。
■ えび豆
観音寺城の麓・石寺周辺は、琵琶湖の恵みを生かした郷土料理「えび豆」の地。
漁で獲れるスジエビと大豆を甘辛く炊き上げた一品が、「えび豆」です。
エビの旨味と大豆のほくほく感が絶妙に絡みます。
戦国の時代、この地の人々も同じ琵琶湖の恵みを味わっていたのかもしれません。
佃煮店などで購入できるので、散策後のお土産にもぴったりですね。
■ 石寺楽市の地元野菜
石寺は、日本初の楽市が行われた地とされています。
信長は、この仕組みを取り入れて、より大規模な楽市楽座制度をつくったといわれています。
現在も「石寺楽市」などで地元野菜が販売されていることがあり、新鮮な近江野菜が購入できるのだとか。
近江の肥沃な土壌と琵琶湖の水に育まれた野菜は、どれも味が濃いと評判だそうです。
歴史を歩いたあと、その土地の恵みを味わう。
これが、更科そば子的・旅の醍醐味です。
ぜひお土産に購入して、お家でも食べてみたいと思います🥬
更科そば子的旅のまとめ
今回、安土城に続き観音寺城について調べてみたわけですが、
織田信長って、意外と六角家の先進性を取り入れて発展させた政策が多いんだな、と知りました。
楽市制度しかり、
石垣の城しかり。
ということは、六角家こそ、鎌倉時代から代々続く守護の名門でありながら革新性をもたらした「すごい大名」だったんじゃないか、と気付いたのです。
伝統と革新、って、なかなか両立できないですからね。
長年安定した地盤を築いていた名門だったからこそ、新しいことにチャレンジできたということなのでしょうか。
そして、その革新性は織田信長に引き継がれ、現代の自由経済にも繋がっている。
信長に滅ぼされた大名、というだけではない、歴史的に重要なポジションにあった六角家について、もう少し詳しく調べてみたくなりました。
甲賀忍者の発祥の地でもありますしね。
また、長く続いた大名だったからこそのグルメも、せっかくなので訪問した時には探して味わってみたいと思います。
というわけで、これからもお城とグルメ、どちらも楽しみながら歴史探訪を続けていきます。
もしあなたも楽しんでいただけたら、スキ&フォローしていただけると嬉しいです。
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