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エヌエヌ生命・オランダスタディツアー参加フルレポート:水の国で見た未来 ― オランダから考える、命と学びのデザイン

こちらのレポートはエヌエヌ生命・オランダスタディツアーの体験談をまとめたものです。5日間の経験を、日毎に分けて回想しています。少し長い文章となっていますので、以下の目次をご活用ください。


序章

日本の水泳教育はいま、変革の必要に迫られています。少子化や施設の老朽化、教員の負担増により、学校での水泳授業が減少しつつあります。
しかし本来、水泳教育は「競技」ではなく「命を守る教育」から始まりました。1955年、高松市沖で修学旅行中の児童・生徒168名が犠牲になった紫雲丸事故をきっかけに、全国で学校水泳が普及したのが、学校水泳の始まり。つまり、出発点は「安全」でした。

そこから、1964年の東京オリンピック以降、競泳人気に火がつき、いつしか現場では「25メートルを泳げること」が目的となり、学校水泳は「スポーツ」としての色が強くなりました。結果として、命を守る直接的なスキル(ヘッドアップスイムや着衣泳)よりも、泳ぎのフォームや距離が重視されるようになりました。距離が泳げることも、海などの水難では重要ではあるのですが、そのメッセージが子どもたちには共有されていないのも、「安全水泳」としての側面が気薄であることの表れだと思います。

岡崎竜城スイミングクラブでは、創業当初から「命を守る訓練」を理念に掲げています。
しかし全国的には、「泳げること=安全」という印象をそこまで深く持っていただけていないと感じています。気候変動の影響で水害が増える中、子どもたちが“水と共に生きる力”を失っていくことは、社会的リスクです。
水泳教育は、レジャーでも競技だけでなく、社会インフラの一部である - その信念のもと、私はアトツギとして、事業の未来をどう設計すべきかを考えるため、エヌエヌ生命が主催するスタディツアーに参加しました。

訪問先は、水との共生を国の基盤として築いてきたオランダです。オランダには「Swim ABC」という全国共通の水泳資格制度があり、すべての子どもが段階的に水中で生き延びる力を習得できる仕組みが整っています。私はこの制度を現地で実際に見て、日本の学校水泳カリキュラムを再構築するためのヒントを得たいと考えました。

ツアーには私を含めて5名が選抜されました。木、テキスタイル、そして水泳。異なる専門分野の5名が集い、それぞれの分野で“持続可能性をどう形にするか”を探求しました。ものづくりの専門家に囲まれた環境で、「デザイン」の観点から水泳という教育サービスを事業として見つめ直すことは、とても興味深い視点からの問いかけでした。

このレポートは、オランダでの5日間の記録と、そこから得た示唆をまとめたものです。
Day1からDay5にかけて、ハーグ、アイントホーフェン、ロッテルダム、そしてアムステルダム近郊を訪れ、企業、美術館、デザインスタジオ、スイミングスクールなど多様な現場を視察しました。
そのすべてが、「事業の未来は、社会の未来とどう関わるか」という問いに直結していました。

今回の旅は、経営者としての感性を磨く機会であり、アトツギとして“次の50年をどう描くか”を考えるための学びの場でした。
そして旅を終えて確信したのは、サステナビリティとは効率の探求ではなく、誠実であること
それは、オランダで出会った企業・人・空間に共通して流れていた哲学でした。

Day 1:ハーグ — サステナビリティを“誠実”に体現する国で

初日の訪問地は、オランダ・ハーグ。午前中は NN Group 本社を訪問し、午後はマウリッツハイス美術館を視察しました。
どちらも「持続可能性」というテーマを軸に、異なる角度から社会との関わり方を見つめ直す時間となりました。

NN Group 本社 — サステナブルを制度ではなく文化にする

NN Group 本社は、高速道路をまたぐように建てられた二つのビルで構成され、その間をつなぐ橋のような建物が印象的でした。まるで企業と社会を結ぶ“架け橋”のようです。
私たちはその8階にある「サステナブルフロア」で、サステナビリティ・マネージャーのアドリー・ハインスブルック(Adrie Heinsbroek)さんからプレゼンテーションを受けました。

アドリーさんは自らを「イントレプレナー(intrapreneur)」と呼び、社内にサステナビリティの輪を広げる“内なる起業家”としての役割を担っていると話してくださいました。
制度ではなく文化としてサステナブルを根づかせることが重要であり、それが企業の持続的成長の鍵になると強調されていました。
NN Group では、オフィスデザインそのものがサステナブルの実践になっています。家具の多くはリサイクル素材で作られ、照明や空調も環境負荷を最小限に抑える設計。壁には再生素材を使ったアートやボードが並び、働く人々が自然に地球との共生を意識できる環境でした。

また、サステナブルフロアで提供された朝食と昼食はすべてヴィーガンフード。これは環境への配慮だけでなく、宗教や文化の違いに関係なく「誰もが食べられる」食事を実現するためだといいます。多様性を前提とした食の在り方に、深い社会的思慮を感じました。
特に印象に残ったのは、昼食でいただいたマッシュルームのコロッケでした。使用されていたマッシュルームは、なんと“廃プール”で育てられているそうです。命を循環させるこの発想に、「水に関わる命が、再び人に還る」という象徴的な意味を感じ、強く心を動かされました。

質疑応答の時間、私は以下の質問を投げかけました。

「環境汚染の多くは大企業の活動に起因しています。中小企業である私たちができることには限界がありますが、それでもサステナブルに取り組む意味はあるのでしょうか?」

アドリーさんはこう答えました。
「中小企業だからこそ、変化を素早く実現できる。そして周囲からプレッシャーを与えることができる。まるでプールに水を足していくように、周りが少しずつ満たしていけば、やがて大企業も泳がざるを得なくなる。」
その比喩を聞き、私は“命を守る訓練”を理念に掲げる自社の姿勢と重なりを感じ、深く共感しました。私に向けたユーモアある言葉を選んでくださるアドリーさんの素敵なお人柄が見えた瞬間でもありました。

しかしそんなNN生命ですら、このサステナブルフロアを一歩されば、このような会社の取り組みに対して批判的だったり無関心な社員も多くいるとアドリーさんは言っていました。しかし、私は実際に訪問させていただき、その取り組みは絶対何かしらの実を結んでいると感じることができました。「まずはやること」、その0→1をクリアすることが大きなハードルであり、それを続けていればきっといつかそれが伝わると、アドリーさんのお話を聞いて思いました。


マウリッツハイス美術館 — 美の中にある「責任」と「赦し」

午後は、NN Group がスポンサーを務めるマウリッツハイス美術館を訪れました。
17世紀半ば、ヤーコプ・ファン・カンペンの設計で建てられたこの建築は、オランダ古典様式の代表とされています。館名の由来であるヨハン・マウリッツは、オランダ領ブラジル総督として植民地支配に深く関わった人物です。展示の一角に、次のような言葉が掲げられていました。

“The Mauritshuis was built with the wealth that Johan Maurits gained through colonial exploitation and slavery.”
― Anton de Kom
「マウリッツハウスは、ヨハン・マウリッツが植民地支配と奴隷労働によって得た富で建てられた。」
― アントン・デ・コム

この言葉を目にした瞬間、私は静かに足を止めました。
美術館という文化の殿堂で、過去の加害の歴史を隠さず明示している。「サステナブル国家」として知られるオランダですが、その裏には醜い過去もある。これが“歴史と向き合う覚悟”なのか、はたまた歴史の”ウォッシング”なのか、考えさせられました。我々企業も、耳聞こえの良い言葉を列挙しても、行動が伴わなければステークホルダーから批判される。もちろん、歴史のスケールと比べてはいけませんが、こうしてデ・コムの言葉を見て疑念を抱いている私が証明するように、自己の行いこそが会社のメッセージになるのだと、襟が正されました。

館内ではフェルメールの『真珠の耳飾りの少女』、レンブラントの『テュルプ博士の解剖学講義』など、世界的な名画が並んでいました。
しかし、私の心に最も残ったのは、それらを囲む「文脈」でした。
光に照らされた少女の瞳の奥に、かつての植民地と奴隷たちの影が見えた気がしました。

NN Group の実践とマウリッツハイスの展示、どちらにも共通していたテーマは“誠実さ”です。
NN Group は未来に対して、マウリッツハイスは過去に対して向き合っていました。
初日から私は、「サステナブルとは、きれいごとではなく現実と対峙する姿勢なのだ」と強く実感しました。

Day 2:アイントホーフェン ― ダッチデザインウィーク

「合理」と「感性」が交わる街で、創造の源を探す

Piet Hein Eekの入り口

二日目は、オランダ最大のデザインイベント「ダッチデザインウィーク(Dutch Design Week)」の視察でした。
アイントホーフェンは、かつて電機メーカー・フィリップス社の企業城下町として栄え、いまでは「デザインの都」と呼ばれる街です。産業都市としての発展と衰退、そして創造都市への再生。その変遷の中で「サステナビリティ」や「合理性」といった価値観が、単なるスローガンではなく文化として根づいていることを肌で感じました。


朝の始まり ― 街の静けさの中で感じた「生活としてのデザイン」

オランダの朝

朝はリーダーの岩川さんと、宿の近くのカフェでコーヒーをテイクアウトすることから始まりました。
住宅街の小道を抜けると、通勤する人たちが自転車を走らせており、その流れに音楽のような一定のリズムを感じました。通勤という日常の中に、静かで美しい秩序がある。それが「デザインが生活の中にある国」オランダの印象でした。


自転車ツアー : 産業都市から創造都市へ、再生の物語

午前中は、サステナビリティをテーマにした自転車ツアーに参加しました。
オランダといえば自転車の国。人口よりも自転車の数が多いといわれるほど、交通手段としての地位が確立しています。
安全で滑らかな自転車専用レーン、車と人の流れが調和した街の構造。それらすべてが、社会全体で「持続可能性を前提にしたインフラ」を共有している証拠でした。

久しぶりの自転車に最初は少し緊張しましたが、風を切って走るうちに、アイントホーフェンという街そのもののリズムを体で感じることができました。足の長さの違いで懸命に漕いでもオランダ人のスピードには追いつけませんでしたが(笑)、その中に「合理と余白」が共存するこの国らしさを見ました。

ガイドさんの説明によると、アイントホーフェンの発展はフィリップス社とともにありました。
20世紀初頭、フィリップスのはこの地に本社を置き、工場や社員住宅を整備し、都市全体を一つの「企業コミュニティ」として発展させました。
しかしフィリップスの衰退と共に街は活気を失いました。残されたのは、広大な工場跡地と“空白”でした。
その空白を再生したのが、デザイナーやクリエイターたちです。
彼らは、使われなくなった倉庫をスタジオやギャラリーとして再利用し、都市の再生をデザインの力で進めていきました。
結果、アイントホーフェンは「産業の町」から「創造の町」へと生まれ変わったのです。

自転車でその街を駆け抜けながら、私は「サステナブルとは、再利用ではなく再定義である」と感じました。
過去を否定せず、新しい形に変換する力。
それは、まさに私が日本のスイミング業界で模索している“リデザイン”の精神と通じるものでした。


メイン会場 ― デザインが社会を問う場所

ダッチデザインウィークのメイン会場では、今年のテーマとして「Repair(修復)」「Biodesign(生命との共創)」「Material Intelligence(素材の知性)」「AI Ethics(AIの倫理)」「Circular Economy(循環経済)」が掲げられていました。
どの展示も、単なる美しさや機能性を超え、社会や未来に対する問いを内包しています。

特に印象に残ったのは、「壊れる前提のプロダクト」という学生の作品でした。
電子機器の廃パーツを再構成し、最初から壊れやすく設計されたその製品は、“修理する権利”を提案するものでした。
「長く使う」ことではなく、「壊れた後も関係を続けられる」ものづくり。そこに、サステナビリティの新しい形を見ました。

別の展示では、バイオマテリアルを使って土に還る椅子や、AIが人の感情を読み取って照明を調整する空間設計など、テクノロジーと倫理の交差点を提示していました。
どの作品にも共通していたのは、「デザイン=解決手段ではなく、社会との対話のきっかけ」という思想でした。

歩きながら感じたのは、デザインとは、まだ答えのない問いを形にする行為だということです。 人間と自然、便利さと責任、その両立のために試行錯誤を続ける姿勢こそ、真の創造性だと感じました。


Piet Hein Eek ― 不完全の中にある誠実な美しさ

午後の訪問先は、再利用デザインの巨匠ピート・ヘイン・イーク(Piet Hein Eek)氏のスタジオです。
かつての工場をリノベーションした広大な空間は、展示室、工房、レストラン、ショップが一体となっており、「働く」「食べる」「創る」が混ざり合う場所でした。
彼の代表作である端材家具は、素材の“傷”や“欠け”をそのまま生かしています。
塗装や研磨で隠さず、ありのままの姿を見せる――そこに美学を感じました。

Pietの製品は「全てを端材のみで作るのではなく、一部に新しい素材も取り入れている」と説明が書かれていました。
リサイクルと新品を共存させるその姿勢に、単なる理想主義ではない現実的な美意識を見ました。
Pietの空間は単にソーシャルグッドを提言する場ではなく、遊び心があり、綺麗で、楽しくて、ワクワクする場でした。「良いメッセージ」だけでは集客ができないという現実も、ここに見ました。メッセージ性も良いが、それを超える魅力があることが、サステナブルビジネスとって必須だと理解し、これまで「社会的に良いことをする」ことのみで満足していた自分の甘さを自覚することができました。

日本の商品も発見!

Nacho Carbonell ― 有機的な創造と人間の情感

続いて訪れたのは、スペイン出身のアーティスト、ナチョ・カルボネル(Nacho Carbonell)さんの工房です。
彼は青い作業着姿で迎えてくれました。その服には絵の具が散り、自由な創作を思わせる雰囲気がありました。
「この服?子どもが描いたんだよ」と、「家族」を纏いながら笑う姿が印象的でした。

彼はもともと勉強のため1年だけ滞在する予定でオランダに来たそうですが、「気づいたら20年経っていた」と話していました。
Design Academy Eindhoven の卒業制作では椅子を3つ作ったそうで、椅子の製作は今も続いています。
当時、フィリップスの低迷でアイントホーフェンは活気を失いかけていましたが、空き家が増えたことで制作スペースが確保でき、逆にアーティストにとって理想的な環境になったといいます。
「街が再生していくタイミングと、自分のアイデンティティが形成される時期が重なった」と語る彼の言葉は、アイントホーフェンという都市の象徴そのものでした。
ナチョさんの作品「Evolution」シリーズは、“椅子”の概念を拡張するものでした。
座るだけでなく、包まれ、休み、守られる――そんな“生きるためのデザイン”です。
彼は「作っているうちに、ランプを作るつもりが椅子になることもある」と笑い、「形は素材との対話の中で変わっていく」と話しました。
工房の中には、金属、土、樹脂など多様な素材の試作品が所狭しと並び、作品になりきらなかったマテリアルも含めた“進化の記録”が積み重ねられていました。

そしてこれらの制作は彼個人の作業ではなく、チームとの共同創造です。
「スタッフではなく家族。彼らは自分の一部であり、私も彼らの一部」と話すその言葉に、作品の有機的な温度の理由を見ました。


結び ― デザインとは、問いを形にする言語である

アイントホーフェンで過ごした一日は、私にとって“デザインの定義”を根底から覆すものでした。
それは「見た目を整えること」ではなく、「社会を観察し、問いをかたちにすること」。
サステナブルを“効率”としてではなく、“誠実さ”として扱う文化が、この街には根づいていました。
Pietの素材への敬意、ナチョ・カルボネルの人間的な創造力。
その両者に共通していたのは、「美しさはプロセスの中にある」ということです。
答えを急がず、問いを抱きながらつくり続ける――
それがアイントホーフェンという街が持つ、最大のクリエイティビティだと感じました。

Day 3:ロッテルダム ― 産業と移民の交差点で見た多様性のデザイン

三日目のテーマは「多様性」と「共創」。
この日はロッテルダムにて、産業の再生拠点・移民博物館・デザインブランド・文化交流の現場などを巡り、オランダという国の歴史と人々を体感する一日でした。


RDM Campus ― 行政とスタートアップが共創する場所

午前中に訪れたのは、RDM Campus Innovation Dock
ここはかつて造船所だった場所を再生し、スタートアップや研究機関が集うイノベーション拠点へと生まれ変わらせた場所です。
港町ロッテルダムの歴史と産業の象徴であった造船所を、最先端技術の発信地へ転用しているという点に、オランダらしい“リユース文化の知性”を感じました。
施設を案内してくださったツアーガイドの方の言葉で印象的だったのは、「ここではアイデアに失敗はない。失敗は次のプロトタイプの一部だ」という一節。
“新しいものはまず試してみる”という文化が、オランダのイノベーションを底支えしていることを感じました。
3Dプリンターを活用したプロトタイプ開発や、リサイクル素材を使った船舶部品、海洋エネルギー関連の実験など、多くのプロジェクトが同じ空間で動いていました。
隣のチームの刺激がそのまま次のアイデアにつながる――まるで化学反応の連鎖が常に起きている場所でした。

スタートアップ企業が実験で使っているプール

行政がこうした民間スタートアップを支援している点も印象的でした。
オランダでは、「公共」と「民間」が明確に分かれていない。
どちらも“市民社会を支える機能”として協働しており、その構造が日本と大きく異なって見えました。
イノベーションを促す環境づくりを積極的に行政が行う。そしてその必須条件として「サステナブル」を掲げることで、その健康的な制限がクリエイティブを刺激し更なるアイディアを生む。行政とスタートアップが共鳴し合うその空間は大変印象的でした。

3Dプリンターで作った船の一部

水上タクシー ― 都市の風景に溶け込む「移動のデザイン」

その後、ロッテルダム名物の水上タクシーで移動しました。
港を走るボートは、波しぶきを上げながらもスムーズに進み、まるで都市と海が呼吸を合わせているようでした。(行き先を間違えてしまい、2回水上タクシーに乗れたのは今では良い思い出です!)

水と共に生きる国・オランダにおいて、移動もまた“生活のデザイン”の一部であることを実感しました。
窓の外には、かつての港湾施設をリノベーションした建物群が並び、産業とアートが共存する風景が広がっていました。


FENIX Museum of Migration ― 「移民」をめぐる物語と建築の力

午後は、2025年5月にオープンしたばかりのFENIX Museum of Migrationを訪れました。
ここは、オランダを出発した移民、そして世界からオランダへやってきた移民――その“旅立ちと到着”の両方を描くミュージアムです。
建築は中国人建築家・馬岩松(Ma Yansong)氏によるもので、ガラスと鋼鉄が交錯する構造が「人と文化の重なり」を象徴しているようでした。
この建物がオランダ人ではなく外国人建築家によって設計されたことに、オランダという国の“他者を迎え入れる柔軟性”(迎え入れなければならない責任)を感じました。

移民の靴でできた時計

同行してくださったカメラマンの太田さんが、「オランダには“スリナム中華”という食文化がある」と教えてくれました。
スリナムはかつてオランダの植民地であり、現地に移住した中国人が、現地食材で中華料理を作るようになったのが始まりだそうです。
いまではその“スリナム中華”がオランダに逆輸入され、ロッテルダムでは当たり前の味として受け入れられている。
文化が行き交い、再解釈される――その現象自体が、この街の多様性を体現していました。

展示の中には、自分の親が営む中華料理屋の写真を撮った作品もありました。
「スリナム中華」という背景を知っていたことで、単なるドキュメンタリーではなく、移民二世の“記憶の継承”としての意味を深く感じることができました。
一方で、この「移民」というテーマの背後には、オランダの植民地支配の歴史が横たわっています。
過去の負の側面を包み隠すことなく、むしろ可視化しているのがFENIXのすごさです。
展示室を歩く高齢の来館者たちが、真剣な眼差しでキャプションを読み、何かを学ぼうとする姿に、「事実を否定しない文化の成熟」を見ました。

特に印象に残ったのが、塩田千春さんの作品「State of Being (Passport), 2023」でした。

黒い糸で吊るされたパスポート。
それは、ドイツ人の恋人同士が互いの国を行き来した記録のページを閉じ込めた作品でした。
塩田がフリーマーケットで偶然見つけたそれらの旅券には、「個人の物語」と「他者の境界」が絡み合っていました。
多くのアーティストが自分自身や先祖のパーソナルな“移民体験”を題材にしている中で、塩田さんだけが「他人の物語」を扱っているように感じました。
その“他人事”の距離感こそ、いまの日本社会が移民問題とどう向き合えていないかの象徴に思え、痛烈な印象を受けました。

番外編:多文化の中で食文化が発展するというお話で、みんなで日本では珍しいシリア料理を食べに行きました!他の文化圏の食事をみんなで囲むという尊い営みができて、このような瞬間も旅の重要なポイントになったと思っています。そして、こういった観光客としては見えない部分を見せて下さった大谷さんには心から感謝です。

みんなで食べたシリア料理

Susan Bijl ― “日常をデザインする”ということ

続いて訪れたのは、オランダ発のエコバッグブランドSusan Bijl(スーザン・バイル)の本店。
出迎えてくださったのは、創業者スーザンさんの夫であり共同経営者のVincentさん。
店内ではコーヒーとお菓子を用意してくださり、心のこもったおもてなしが印象的でした。

Vincentさん
コーヒーとお菓子のおもてなし

ブランドの始まりは、スーザンさんが自分のために作ったバッグ。
「もっと丈夫で長く使えるものを」という思いから、凧に使われる布で試作したのが最初だったそうです。
それを見た家族や友人が「自分も欲しい」と言い、口コミで広がっていった -- それがSusan Bijlの原点です。
今ではナイロンの端材を使い、環境負荷を最小限に抑えた製品を展開しています。
創業から25年を迎える今年、ついに日本法人を設立し、来月には日本のウェブショップもオープン予定とのこと。その記念に、オランダでは今までなかった一回り小さいサイズのバックも制作したそうです。
そもそもは、日本人観光客がお土産として買ったことからブランドの人気が広がったというエピソードに、文化の循環を感じました。
「オランダの合理」と「日本の丁寧さ」が出会ったブランド:それがSusan Bijlの魅力なのだと思いました。
しかしそれも美談で終わって良いのかとも感じた面があります。「日本が大好きだ」語るVincentさん。しかしその愛は、プロダクトの成功なしには育まれなかった感情ではないか — 日本が対等なプレーヤーではなく、あくまで自分のプロダクトが受け入れられた新たなマーケット(ビジネスチャンス)に止まらないように、Susan Bijlというブランドが、これから日本でヘルシーな展開と成長を遂げると良いな、と思いました。


MONO JAPAN ― 文化を橋渡しする“静かな力”

次に訪れたのは、日本のクラフトやデザインを紹介するギャラリーMONO JAPAN
代表の中條永味子さんは、今回のツアー全体の訪問先をコーディネートしてくださった方でもあります。
ここでは「日本のものづくり」を単に輸出するのではなく、“オランダ人の暮らしに合う形で伝える”ことを大切にしているそうです。
中條さんの言葉の中で印象に残ったのは、「完璧さを伝えるより、不完全さの中にある美を理解してもらいたい」という一言でした。
日本の工芸が“技術”ではなく“哲学”として紹介されていることに、深い共感を覚えました。
文化交流とは、翻訳ではなく解釈。
それぞれの文化が相手の文脈で呼吸できる場所をつくる――それがMONO JAPANの使命なのだと思いました。


Networking Dinner ― “多様性”の中で自分を見つめ直す時間

夜は、ロッテルダムやアムステルダムのアーティストたちとのネットワーキングディナー
旅を共にするメンバー4名は全員“ものづくり”に関わる人たちで、私はどちらかといえば客観的な立場でその会話を楽しんでいました。
アートやデザインの話が飛び交う中、彼らの表現に対する情熱や、細部に宿る美意識に心から感動しました。
同じテーブルに座っているだけで、知の火花が散っているような夜でした。

お酒が飲めない私。ソフトドリンクメニューに眼を凝らすと「ゆずソーダ」がありました。こちらは地元企業の製品で、缶にはアニメ調の絵が描かれています。それを見た瞬間、私は少し複雑な気持ちになりました。

エキゾチック、アガる

“オランダ的ジャポニズム”――日本文化へのリスペクトである可能性は孕むものの、表層的な“イメージとしての日本”でもある。
日本ではよく「海外で日本が流行っている」と喜ばれるが、その多くは「本来の日本」ではなく、「彼らが想像する日本」です。
植民地の歴史を持つ白人社会において、その視線を鵜呑みにせず、批判的に捉える姿勢が必要だと感じました。日本で飲むゆずソーダと変わらない味のオランダのソーダを飲みながら。

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結び ― 多様性は“共感”ではなく“観察”から始まる

この日の終わりに感じたのは、多様性とは「共感すること」ではなく「観察すること」から始まるということです。
異なる背景、異なる文化、異なる価値観――それらを理解しようとする静かな努力の積み重ねこそ、真のサステナビリティにつながる。
ロッテルダムの人々がそれを自然体で実践している姿に、社会としての成熟を感じました。
この日の学びは、「共生のデザイン」という言葉に尽きます。
それは制度や建築だけではなく、人の営みそのもの。
RDM Campusの共創、FENIXの記憶の再構築、Susan BijlとMONO JAPANの異文化接点――それぞれが“多様性を形にするデザイン”でした。
そして何より、その場に居合わせた私自身が、観察者として少しだけ世界の見え方を変えられた気がします。

Day 4:深化と探索のためのフリータイム ― オランダのスイミングスクールから見えた「命を守る教育」

この日は虹がかかっていました

この日は「深化と探索のためのフリータイム」と題され、参加者それぞれが自分の専門分野や関心に基づき行動する日でした。
私は、スイミングクラブの後継者としての立場から、アムステルダム近郊のスイミングスクールを3か所訪問し、現地の水泳教育の実態を学ぶことにしました。訪問先は、Zwemschool Vogel, R&A Sports, Van Der Wal Sportsの3つです。どのスクールも、温かく迎え入れてくれ、コーヒーやクッキーを出してくださり、現場で使用している教材や備品まで惜しみなく見せてくれました。言語や国籍を越えて、「水泳」という共通言語があるだけで心の距離が一気に近づくことを、改めて実感しました。


オランダの水泳教育の特徴 ― 「安全」が最優先される文化

まず3つのスクールを通して感じたのは、水泳が「スポーツ」ではなく「命を守るための教育」として根付いているということです。
オランダでは全国的にSwim ABC
と呼ばれる水泳資格制度があり、子どもたちはA・B・Cの各ディプロマを取得することを目標に学びます。このディプロマは圧倒的に安全水泳を目標としており、単なる距離の完泳ではなく、着衣泳や障害物を避けるスキル、そして溺れている人を助ける方法も含まれています。子どもたちはまず背面キックから学び、次にヘッドアップの平泳ぎという順番で、基本的にお腹を下にしたキック(クロールから学ぶことを前提にしている)から始まる日本の水泳とはカリキュラムが全く違いました。着衣泳では、最終的にコートや雨合羽と長靴で泳ぐ目標設定もあり、子どもたちの命を守るためのリアルがそこにありました。

SWIM ABCのディプロマ

オランダには水泳を「他の習い事を始める前に必ず身につけるもの」として位置付ける文化があり、現地では「ディプロマを取ったら好きなスポーツをしていい」という言葉が親たちの共通認識となっています。つまり、水泳は“競技”ではなく“前提”なのです。
訪問先のスクールは3つとも1クラスにつき先生1人に対して生徒5人までという少人数制を採用しており、子どもたちが安全に学べる環境が整えられていました。
親はプールサイドで授業を見守り、必要があれば声をかけることもできます。祖父母が孫を応援する姿もよく見かけ、まさに家族ぐるみで子どもの「命を守る力」を育てている印象でした。
また、どのスクールでもキャップやゴーグルを着用しないことが共通していました。これは、実際の事故や自然環境を想定して“ありのままの状態で泳ぐ”ためです。
さらに、水深が深く足が届かないため、浮き輪をつけて練習するスタイルが主流でした。最初に「水に慣れる」「恐怖をなくす」ことが重視され、フォームは二の次。泳ぎ方の美しさや速く泳ぐことよりも、いかに冷静に水中で体を浮かせられるかが評価基準です。
一方で、「最初の習い事」としての人気の高さから、アムステルダム中心部では最長2年待ちというほどのウェイティングリストが発生しています。
親たちは「泳げるようになる」ことを、教育の最優先事項と考えており、命を守るスキルが社会インフラの一部になっているのだと強く感じました。


Zwemschool Vogel ― 家族的な温かさに包まれたプール

最初に訪れたのは、住宅地の中にあるZwemschool Vogel
オーナーのBrord Brugmanさんが笑顔で迎えてくださり、コーヒーとクッキーでもてなしてくれました。

プールは18.5m × 9m、32度の温水。自社プールを所有しており、朝の光が優しく差し込むアットホームな空間でした。
Vogelは2代目の家族経営スクールで、Brordさんのお母さまが小さなプライベートレッスンから始めたのが原点だそうです。
現在では地域に愛されるスクールとなり、1クラス5人制・30分授業・1回20ユーロ。支払いは1回ごとの都度払い。(基本的には複数回のバンドルセットを購入する)
レッスン中は無駄な遊び時間を省き、テンポよく進めるスタイルが特徴です。個別指導は行わず、「子ども同士の社会性を育むためにグループで学ぶ」ことを重視しています。
印象的だったのは、男性コーチ全員が肌が子どもに直接触れないようTシャツを着用していること。
安全性や心理的安心への配慮が徹底しており、子どもたちも安心してコーチと関われる環境づくりがなされていました。
Brordさんは、レッスンを見守る親御さんたち一人一人に挨拶して周り、ご家族が彼に向ける視線から、圧倒的な信頼を感じました。数あるスイミングスクールの中から、あえてVogelを選んでいることがみてとれます。それは、お母様の代から作り上げてきた信頼と、アットホームな空間によるものだなと思いました。
当日は秋休み中ということで、特別クラスを実施しており、活気と温もりのある雰囲気の中、地域とスクールの結びつきを強く感じました。

オーナーのブロルドさん
プール猫

R&A Sports ― デザインと機能を融合した“新しい水泳空間”

2つ目に訪れたR&A Sportsは、「ビジネスとして成立しているスイミングスクール」でした。
まるでカフェや建築スタジオのような洗練された内装で、プールエリアも明るく開放的。
オーナー姉弟は代替わりした二代目で、現在は3つの自社プールと2つの賃貸プールを運営しています。

スタイリッシュな木製の建物
受付はもはやカフェ

レッスンは45分(うち40分が授業・5分が遊び)、料金はおおよそ1レッスン20ユーロで、2か月ごとの支払い制。
このスクールでは、全スタッフが必ず入水トレーニングを受けることが義務付けられており、受付担当者もプール現場を理解しています。
これは「何かあった時に対応できる」という安全意識だけでなく、全員が“現場感覚”を共有する文化を育むためだそうです。
特徴的だったのは、マーメイドクラス(人魚クラス)
人魚型のフィンをつけて泳ぐ、まるで映画のような体験ができる特別レッスンで、子どもたちに大人気だといいます。
「水の楽しさ」を再発見できるクラスであり、恐怖を乗り越える心理的支援にもつながっているのだと感じました。
取材対応も非常に丁寧で、広報担当者が私の訪問をウェブサイト用に撮影してくださったほど。
オーナーのオンノさんは最初こそ控えめでしたが、話すうちに打ち解けて笑顔を見せてくれました。
「日本のスイミングではどうしているの?」と興味津々で質問してくださり、終始フレンドリーで探究心のあるチームでした。

オーナーのオンノさん

Van Der Wal Sports ― 家族で営む“コミュニティとしての水泳”

アムステルダム中心地の公共プール

最後に訪れたのは、Van Der Wal Sports
ここは公共プールを借りて運営しているスクールで、自社プールはありません。
オーナーのMarloes van der Walさんは、元競泳選手である母の影響で幼少期から水泳に親しみ、自らの手でスクールを立ち上げました。今回訪れたスイミングスクールの中の唯一の創業者です。いつかは自社プールを持つのが夢だと語っていました。
受付には彼女の妻、指導には双子の妹――まさに“家族で営むスイミングスクール”です。
レッスンは45分、料金は27ユーロ。指導方針は非常に自由で、各コーチが自分の裁量でメニューを決めるスタイルでした。
この日は特別に「日本のスイミングを教えてほしい」とリクエストを受け、竜城式のバタ足練習を紹介しました。
子どもたちはとてもオープンな性格で、目を輝かせながら真似をし、「日本にも行ってみたい!」と口々に言ってくれたのがとても印象的でした。
授業の後、竜城で使用している進級カードをプレゼントすると、子どもたちもコーチも大喜び。
「コーチ交換留学をしたいね!」と冗談交じりに話してくれるなど、言葉の壁を超えた温かな交流が生まれました。

創業者のマルロースさん

学びと提言 ― 命を守る教育を社会インフラに

オランダの水泳教育を目の当たりにし、私は改めて日本の学校水泳の現状を思いました。
日本では、プールの老朽化や教員負担の増大により、学校水泳の形が問われています。
島国であり、水害の多い日本において、泳ぐ力は“贅沢な技術”ではなく“生きる力”の一部であるべきです。
オランダの「安全水泳」の考え方は、今こそ日本の教育に必要だと強く感じました。
そして、今回の視察で得た知見をもとに、今後は日本版Swim ABCのようなカリキュラムを提案し、地域や学校、行政と協働しながら「命を守る教育」の再構築に取り組んでいきたいと強く思いました。

この日の学びは、単なる異文化理解ではなく、「命を守ることは国や文化を越えた共通の使命である」という気づきでした。
水泳を通じて、命と向き合う教育の未来を描く――それが私にとっての、この旅の核心となりました。

水泳のディプロマたち

Day 5:振り返りセッションと帰国 ― 旅の終わりと始まり

最終日、私たちは旅の締めくくりとして、これまでの学びを共有する振り返りセッションに臨みました。
5日間という短い期間でありながら、訪問先もテーマも多岐にわたり、それぞれが異なる領域からサステナビリティを見つめ直す貴重な時間となりました。
同じ空間、同じ時間を過ごした5人の仲間とのつながりは、最終日を迎える頃には「チーム」と呼べるほどに強くなっていました。


西塚さんの発表 ― 光と色がもたらすデザインの心理

最初に発表されたのは、西塚さん。
オランダのデザインに多く見られた「カラフルな家具や造形物」に着目し、日照時間の少なさが人々の暮らしに与える影響を考察されていました。

デザインウィークの展示で、木材にホットピンクのペンキでアクセントを加えた作品を指し、「自分、そして日本にはなかなかない色彩感覚だと思う」と見せてくれました。その理由として、オランダの冬の日照時間の少なさをあげておられたのが、さすがな視点だなと思いました。
「太陽に恵まれた日本では、色を取り入れる動機が少ないのではないか」という言葉が印象的で、文化や気候が美意識に影響を与えるという洞察に深く頷きました。
また、Piet Hein Eekの展示についても触れ、「マイナスドライバーで組まれた家具」に象徴される、非効率の中の美しさを指摘されました。
マイナスドライバーで家具を作るのはデザイン性は高くとも、効率を下げてしまい手間が増えるそうで、それでもPietの作品はマイナスドライバーで出来ており、そこにこだわりがあるんだと説明してくれました。
“サステナブル”を「再利用」や「合理性」としてではなく、「手間をかける愛情」として捉える視点は非常に示唆的でした。
効率を追う日本社会への静かな問いかけのようでもあり、彼の発表は終始静かで力強いものでした。


小嶋さんの発表 ― 「合理」と「情」の間で

次に登壇した小嶋さんは、オランダのサステナブル文化を「合理性」と表現しました。

Susan Bijlの事例をもとに、オランダのブランドが“合理的”な理由でサステナブルを選択している点を指摘し、「日本の“情”による選択」との対比を鮮やかに描きました。
“儲かるから環境に良いことをする”というオランダのリアリズムは、一見冷たいようでいて、結果的に社会に持続性をもたらしている。
一方、日本は「人のため」「自然のため」という感情が原動力になるも、持続性の面で課題が残る。
この対比が、彼女の中で“日本とオランダが相互補完できる理由”として提示されたのが印象的でした。
さらに彼女は、日本企業が海外で製品を販売する難しさについても触れました。
「物流コストが上がり、島国からの輸出はますます難しくなる。だからこそ“コストを超える魅力”が必要だ」と語ったその言葉には、
彼女自身のビジネス視点と、アーティストたちとの協働経験からくる現実感がにじんでいました。
彼女の発表を通じて、サステナブルとは経済活動そのものをどう再定義するか、という根本的な問いに気づかされました。


上林さんの発表 ― デザインを言語として扱うということ

上林さんの発表では、参加者最年少でありながら、情報を全て取りに行く彼のプロ根性を感じました。
今回の旅の成果を自社に持ち帰り、必ず何か形にするんだ、という彼の決心がありました。
その証拠に、彼に発表は「寸法」というリアルな数字にフォーカスしており、日本でのサイズ感とオランダをはじめとする欧州のサイズ感の違いを明確化していました。
それだけでなく、オランダならではの色感にも着目しており、中でも「青色」「緑色」の特色に気付き、捉えていたことが印象的でした。これから彼の手で何ができあがっていくか楽しみです。


岩川さんの発表 ― サステナビリティを形にする眼差し

我らがリーダー、岩川さんの発表は、NN Group本社のサステナブルオフィスをテーマにしたものでした。
彼は建材の切り抜き部分が再利用されていることや、照明・家具の循環設計を的確に指摘しており、その観察力の鋭さに改めて感嘆しました。
また、美術館では著名作品に囚われず、自分の直感に従って作品を見ていたという姿勢も印象的でした。
Piet Hein Eekで彼が“自分の感性に合う作品”と出会い、静かに見入っていた様子を思い出します。
この旅の中で、真に感銘を受けるような作品に彼が出会えたことに、旅を共にする者として心からの喜びを感じました。これからの彼の玩具の展開がとても楽しみです。


私の発表 ― 「命を守る教育」としての水泳

私の発表では、4日目に訪れた3つのスイミングスクールの話を中心に共有しました。プレゼンを始めた瞬間、みんなが真剣に聞いてくれたことを今でも覚えています。

スクールのオーナーたちの情熱、地域ぐるみの教育姿勢、そして子どもたちの笑顔。
そのすべてが“水の国の知恵”として自然に根付いていることを、みんなに伝えました。
プレゼン後、メンバーからはたくさんのコメントをもらいました。
「日本でもそんな教育が広まったらいいね」「竜城の理念そのものだね」と言ってもらえたのがとても嬉しかったです。
それは、彼らが私個人ではなく、“竜城”というチームの志を理解してくれた瞬間でもありました。


チームの絆と、旅の終わりに思うこと

この振り返りセッションを通じて強く感じたのは、この旅は個人の学びではなく、共同体としての成長の旅だったということです。
出発前はまだお互いをよく知らなかった5人が、オランダでの時間を重ねるうちに、互いの夢や課題、価値観を自然と共有できるようになっていました。
誰かが話しているときは、他のメンバーがうなずきながらメモを取り、コメントの時間になると「それって自分の領域にも通じるね」と自然に対話が生まれる。
そこに上下も競争もなく、ただ純粋に「ここにいる全員が何か得られるように自分が動きたい」という空気がありました。
旅を終え、私は4人の素晴らしい友人を得ることが出来ました。本気で成功を祈れる相手がいることは、こんなにも豊かな感情なのだと学ぶことが出来ました。
西塚さんの家具、小嶋さんの壁紙、上林さんの臈纈染、岩川さんの玩具。4人の人柄、そして作品の素晴らしさを知れたことも、この旅の大きな収穫です。このチームを作ってくださったNN生命さんに心から感謝しています。
今回の旅はハードスケジュールで、時に体力の限界を感じることもありましたが、このメンバーだったからこそ、それをも楽しみや学びに変換できることが出来ました。4人には感謝の気持ちでいっぱいです。


結び ― “学びの火”を絶やさない

このオランダでの5日間を通じて感じたのは、「学びとは、出会いの積み重ね」だということです。
アーティスト、経営者、教育者、行政、そして仲間――あらゆる出会いが、自分の中に新しい視点を灯してくれました。
旅は終わりましたが、私の中ではいまも“学びの火”が静かに燃え続けています。
あの場で交わした言葉、見た光景、感じた温度を、これからの事業と社会活動に生かしていきたいと思います。
このような機会をくださったNN生命さん、ありがとうございました。旅に同行してくださったカメラマンの大谷さん、通訳・ライターをしてくださったマリコさんとカリンさん、現地のコーディネートをしてくださった中條さん、そして最も重要なメンバー、日本から現地までこの旅を伴奏してくださった保谷さん、皆様に感謝と愛を伝えたいです。
オランダで出会った仲間たちと共に、それぞれの場所で、新しいサステナビリティを描いていけることを願って。

Photo by Shinji Otani

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