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だらだらとnoteを始めて1年

おはよう。
あるいはこんばんは。
こんな時間に、少しだけ失礼するよ。
アヲシカです。

noteを書き始めて1年続いたらしい

気がつけば、noteを書き始めて1年になるらしい。
実に曖昧な言い方だろう?

けれど、こちらとしては本当に「らしい」としか言いようがないんだ。

毎日を丁寧に積み上げた覚えもない。

記念日を数えていたわけでもない。

ただ、気づけば文章が残っていて、気づけば1年という数字だけが後ろから追いついてきた。

時間というのは妙だね。

努力している人間にも、
怠けている人間にも、
平等に進むらしい。

ずいぶん残酷な公平性だと思うよ。

アヲシカという曖昧な生き物

「どんな人ですか」と聞かれるのが苦手だ。

いや、苦手というより、少し胡散臭く感じてしまうのかも知れない。

人間というのは、本来そこまで輪郭のはっきりした生き物ではないだろう?

昨日と今日ですら考えは揺れる。

数分前に正しいと思っていたことを、今は疑っている。

それなのに「私はこういう人間です」と言い切れてしまう人を見ると、少し眩暈がする。

私はたぶん、信念で生きている人間ではない。

どちらかと言えば、
誰かが綺麗にまとめた結論の横で、「本当にそうかね」と水を差す側だ。

実に嫌な立ち位置だろう?

自分でもそう思うよ。

だが、不思議なもので。

疑っている時の方が、妙に呼吸がしやすいんだ。

文房具という安全地帯

私の記事は、文房具の話が多い。

ロディアだとか、
万年筆だとか、
トラベラーズノートだとか。

実に平和な趣味だ。
世間から見れば「丁寧な暮らし」に片足くらい突っ込んで見えるかも知れない。

だが実際には、そんな上等なものではない。

本当に書いているのは、
どうにも整理できない思考や、
言葉にするほどでもない孤独や、
行き場のない違和感の方だ。

文房具は、その煙幕みたいなものだね。

いきなり「私は今日も人間社会に馴染めませんでした」と書くと、さすがに読者も逃げるだろう?

だから皆、ペンのレビューを装う。

案外、世の中のレビュー記事というのは、商品の話ではなく“その人の生存報告”なのかも知れない。

奇特な読者たち

ありがたいことに、こんな文章を読んでくれる人がいる。
正気とは思えないね。

役に立つ情報があるわけでもない。
人生が好転する知識もない。

読後に爽やかな感動が残る保証もない。
あるのは、結論の出ない独り言ばかりだ。

それでも読んでくれる。

しかも「わかります」などと言ってくれる人までいる。

本当に大丈夫だろうか、この界隈は。

いや、悪口ではないんだ。

むしろ少し安心している。
まともな人間しかいない場所では、たぶん私は長く息ができない。

少し偏っていて、
少し拗れていて、
少し面倒臭い人間たちの方が、どうにも居心地がいい。

だからまあ、読者というよりは——
“共犯者”くらいの感覚なのかも知れないね。

承認欲求という居候

もちろん、反応があれば嬉しい。
スキが増えれば気になるし、フォロワーが増えれば少し浮かれる。
その程度には俗物だ。

仙人ではないからね。

だが厄介なのは

それを求め始めた瞬間に、文章が急に媚び始めることだ。
「読まれる文章」を意識した途端、

言葉がどこか営業スマイルみたいになる。
実に気味が悪い。

だから私は今も、承認欲求を完全には追い出していない。

追い出せるほど高潔でもないし、
仲良く同居できるほど器用でもない。

部屋の隅で、互いに目を合わせないまま暮らしている。

たまにこちらを見るので、そのたびに「まだ居たのか」と思う。

まあ、私も居るんだから、お互い様か。

変われなかった1年

1年も続ければ、人は成長するらしい。

立派な話だね。
だが、私の場合はどうだろう?

相変わらず同じことで悩み、
同じように迷い、
同じような文章を書いている。

結局、人間はそう簡単には変わらないのかも知れない。

あるいは、変わる気が最初から薄かったのか。

「変わりたい」と口にする人間ほど、案外“今の自分”に執着しているものだからね。

もちろん、私も含めてだ。

それでも書いている

それでも、今日まで書いている。

理由はよくわからない。
自己表現、などという立派な言葉を使うには、少し湿っぽすぎる。
かと言って、趣味と呼ぶには妙に執念深い。

たぶん私は、書きながら自分を観察しているんだろう。

「ああ、まだこんなことを考えているのか」と。

人間というのは案外、変化より反復の方が多い生き物らしい。

少なくとも、私はそうだった。

奇特なままで

この先も、大きくは変わらないと思う。

また文房具の話をして、
関係ない思考に脱線して、
結論の出ないまま終わるんだろう。

実に不毛だ。

だが、不毛なものにしか宿らない静けさも、たぶんある。
だからもしよければ、これからも時々付き合ってほしい。

奇特な人々のままでね。
まともになられると、少し困る。

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