お砂糖、スパイス、素敵な何もかも

昔、お兄ちゃんが持っていた英語の教材に、カードを刺してボタンを押すと、英文と音楽が流れる再生機があった。
VHSケースみたいなファイルがカテゴリ別に3種類くらいあって、イソップ物語、グリム童話、マザーグースがあった。(気がする)
あたしはマザーグースが一等好きだった。
ピーターパイパー、ハンプティダンプティ、あとなんかアップルパイが好きなやつ。そいつもピーターだったな。
そして当時から一番好きだったのは、今回のタイトル。

What are little girls made of?
Sugar and spice, And all that's nice!

女の子はお砂糖、スパイス、素敵な何もかもで出来ている、と。
この羅列、某カートゥーンの三人娘で知っている人も多いのではなかろうか。
今でもその通りだと思うし、何ならあたしは女の子は一生が物語そのものだと考えている。
「銭」というマンガでメイド喫茶の事を「荒野にネズミのキャラクターを置いてテーマパークを作る」と解釈した人物が居たが、それは創作物の女の子にも言えると思う。
女の子を書くのも描くのも好きだ。
人の一生を見聞きするのも好きだ。
出来れば一癖も二癖もあるような女の子の方が好みだ。
傍から見れば変な奴で、面倒くさくて、一筋縄じゃ行かないようなトンチキ娘が好きだ。
盛りに盛られた設定は、その子の一生が詰まっているから。
ツンデレも、ヤンデレも、お嬢様も、中二病も、手に負えないようなド変態も。
飛び道具だの一発屋だのイロモノだの言われるが、それは余りに関心が無さすぎるのではないか、その子が何で出来ているのか知りたくはないのか。
何が好きで、苦手で、どうなりたくて、なりたくなくて、どんな人と関わって、避けてきて、その特徴に至ったのか。詰めてあればあるだけいい。
そしてあたしはその娘自身が望む姿に敬意を払いたいのだ。
反対に、「ありのまま」の状態ばかりを賞賛される風潮は苦手だ。本人が作り上げた努力を無下にしているような気がしてならないし、好きだと言っているものをこちらの理解度の都合で否定するのは心苦しい。乱暴だ。
彼女達が、「これが私のお砂糖で、スパイスで、素敵な何もかもなのだ」という姿を享受する事こそ、あたしの嗜みでもある。


因みに、具体的な好みのヒロインはククリちゃん、猫娘(特に4期)、パティ、白鳥麗子、音無可憐、山岸由花子、卜部美琴、戦場ヶ原ひたぎ、玉木れいか、青木麗華、ダージリン様、巴マミ、七曲町子、ローズマリー……他にもいっぱい居るけど今思い付くのはこの辺り。割とわかり易い趣味をしています。


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