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旅行回想録〈アメリカ珍道中〉④―—ブルックリン橋を真夜中に歩いて渡ったことはありますか

「サム、これすべて君のプランなの?」
「さあね、でも、おもしろかっただろ?」 
あれは20代最後の夏だった。


パート①

パート②

パート③

ブルックリンはいたって静かだった

クジラみたいに長いストレッチリムジンは劇場の前に着いた。ショーファー氏はドアを開けない。インターホンで聞けば、私が開けてくれというまで開けないらしい。なるほどやはりこの街は危険なのだと勝手に解釈してスモークガラスから外を眺め状況を把握する。何でもないように見える。私はシガーケースから葉巻を一本取り出して内ポケットに入れる。ハバナ産のシガーなどやったことはない、いやそもそも葉巻をやったことがない。冷えたシャンパンボトルが眼の前にあるが、じっと我慢する。劇場の守衛さんらしき人が近づいてきてショーファー氏と何やら話している。私は守衛さんのためにもう一本葉巻をポケットに入れる。
ほんの少しだけわかった気がした。世のVIP氏たちはリムジンから降りるときに一番神経を使うんだな、笑顔を作り、まず誰に視線を向けるか、どこに向かって手を振りどこで振り返るか、もちろん守衛さんや臨時雇いのボディガードたちにもウインクを忘れずに。

さあ、降りよう、私はショーファー氏にドアを開けてくれと伝え、おそらくひきつった顔でブルックリンに降り立ったはずだ。まだ開演までだいぶ時間がある誰もいない静まりかえった劇場の正面に守衛さんだけが微笑みながら私を出迎えるように立っていた。もちろん私はウインクなどしないが。

ブルックリン・ブリッジを真夜中に歩いて渡るって?

公演が終わった。劇場で落ち合っていっしょに観劇した友人たちとタイ料理屋さんに行くことになった。(あ、舞台は面白かったです。ブロードウェイとはまたちがうアメリカの舞台芸術の奥深さ、実験性とエンタテインメントの巧みな組み合わせ、スペクタクルと静謐、などなど。こう書くとあまり面白そうに聞こえないかもしれませんが)

とにかくみんな何かを語りたくてうずうずしているから、誰からともなくどこかへ行こうということになる。みんなネイティヴだから私は語り合いにうまく入る自信はないがしょうがない。メンバーは、サウスカロライナのフェスティバル・ディレクター、コンテンポラリー・ダンスカンパニーの芸術監督とそのパートナー、サムのスタッフで大学を出たばかりの舞台制作者志望の若者、すべて女性である。シンハービール(タイではこれを〈ビアシン〉と呼ぶ、どうでもいいが)をボトル飲みしながら、談論風発、みな自信たっぷりに、感想、批評、苦言、私ならこうする、と思いのたけをぶつけ合う。

少し脱線するが、特にアメリカではひとりが話しているときにそれにかぶせて話す人はほぼいない。誰か話しているときにはビールを飲んだり、腕組みして聞いたり、料理をつまんだり、じっと話し手の目を見たり、様々だが、話をさえぎったりかぶせたりはしない。それどころか自分が話す前に「あなたの話は終わった?じゃ、わたし話していい?」と許可?を求める。これは日本の酔っ払い談義とちょっとちがうところだ。私も気をつけねば。

酔いも回り話題が尽きかけたころ、ひとりが言った。「そういえば今日は橋を歩いて渡るんだったわよね。みんなどう思うの?」「賛成!少しこわいけど今日はワクワク感の方が勝ってる」「夜景が楽しみ!」
え~~っ夜中のブルックリン・ブリッジを歩いて渡るって?正気かよ、ナニ考えてんの、と思った。思ったのだが、ネイティヴたちが言ってるんだから実はそんなに危険じゃないのかも、私の情報には少しばかりバイアスが入ってたのかもしれない。間もなく23時である。渡り切るのは24時ころになるだろう。

ブルックリン橋の歩行者専用道(プロムナード)は橋のど真ん中、車道を見下ろす高さにある。ブルックリン側からマンハッタンに向かうルートの方が圧倒的に景色はいい。彼女たちはそれを観たかったのだろう。にぎやかに笑い語らいながら橋を渡り始める。ゆるい登り勾配の床は木が敷き詰められていて足取りも軽くなる。勾配は橋の中央で下りに変わるのだろう。床からはコールタールのような匂いが立ちのぼる。所々に休憩用のベンチが置いてあり、そのひとつにりっぱな白髭をたくわえた老人が寝ている。足元にはもちろん酒瓶が置いてある。猛スピードの自転車が私たちのすぐそばをかすめるように下っていく。私は少し遅れて歩いているが、前を行く彼女らは大声であちこち指さしては景色を確かめ合い、お気に入りの夜景を見つけると「seiki! come on!」と振り返りカメラを私に押し付ける。おかげで私が写っている写真は一枚だけだ。

渡り終えたところでみんなでハグして解散だ。「最高だった!」「夢みたい!」「サウスカロライナでみんなに自慢するわ!」てな具合である。無事に渡り終えた安堵感から「ブルックリンは少し危険と聞いてたけど、夜中に橋を渡れるんだね、ちょっと意外だった」と尋ねると「もちろん危険よ。わたしひとりならそんなことしないわ」「私もしない。パパには絶対内緒」。私「じゃあなんで今日はやったの?」

ほぼ全員が口をそろえて
「だって、あなたがいたからよ!!」

「あなた空手の達人なんでしょ?サムが言ってたわ。あなたがいる今夜が人生一度のチャンスだったのよ。どうもありがとう、感謝するわ!」

私は空手などやったことはない。
サム!うまくいったからいいけれど今日という今日はちょっとやりすぎじゃないか。
私はみんなと別れて、ネクタイを乱暴にゆるめ、タクシーに乗った。

パート⑤に続く

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