電池と電生と人生と。|エッセイ
最近、電池のことがすごく気になるんです。
皆さんもそうですよね。
誰でも、一度は夜も眠れないくらいには
電池が気になった経験があると思います。
今日はそんな電池のお話をしようと思います。
電池にもひとつひとつに物語があります。
彼らはまさしく、機械を動かす部品として、死ぬ寸前まで働いてくれます。だけど彼らの運命は人の気まぐれに左右されてしまうことが多いです。
例えば、
花形のおもちゃ用として選ばれる者もいれば、
無難にリモコン用として生涯を終える者もいます。
しかし花形のおもちゃ用は消耗も激しく、儚い命です。
時計用はリモコン用と同じで無難な役割だけど、任期が長いです。リモコン用と違ってペアを組むことも少ないから寂しさに耐えて頑張る必要があるでしょう。
やはりリモコン用は一番無難なのでしょうか。
だけど、おもちゃ用として一花咲かせたいと思っている者には苦痛かもしれません。
電池一本に注目しても、そこには時間の経過と共にドラマが繰り広げられています。
中には一度動けなくなっても、休んで復活する者や、寒さで不調だっただけなのに、捨てられてしまう者もいます。
液が漏れて瀕死の状態でも頑張るやつもいるし、
おもちゃは動かせなくなっても、リモコン用として再スタートする者もいます。
器用なやつは「充電」という特殊スキルを使って長く上手くやっていたりもするでしょう。
これはもはや「人生」ならぬ「電生」そのものではないでしょうか。
私は、
おもちゃの電池にも、
リモコンの電池にも、
時計の電池にも、
優しい人になりたいと思う今日この頃です。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
他にもいろいろ挑戦しています。
よかったらどうぞ。
