前近代の人口増加とロジスティック方程式

農業を開始してから近代以前の人口増加はロジスティック方程式でよくfittingできるだろうかという疑問が湧いた

ロジスティック方程式自体はかなり単純なモデルで自然増加率$${r}$$と環境収容力$${K}$$がパラメータになる。人間が農業を開始して以降の人口増加のモデルとしては最も単純なものと思われる。現代では、冷蔵技術と輸送技術が進歩したので、日本がそうであるように、かなり広い地域に環境収容力を大幅に超える人口が住んでることも珍しくないが、前近代には地域ごとに$${r}$$と$${K}$$を推定しても問題なさそうな気もする。ロジスティック曲線モデルが合わないなら、それはそれで$${r}$$一定か$${K}$$一定の仮定が妥当でないことが疑われるので意味のあることだろう

環境収容力$${K}$$は基本的には開墾可能な最大農地面積と単位面積あたりの収穫量で決まると考えられる。技術進歩はかつて農業に向かない土地だった場所でも農業を可能にすることがあるし、単位面積あたりの収穫量は大幅に伸びることもある。20世紀初頭と20世紀末で、ヨーロッパ諸国の小麦の反収は3〜5倍に増加している。日本の米の反収はそんなに増えてないようなので、これは(多分1940年代になされた)小麦の品種改良の成果だろう

前近代では、これほど劇的な成果があったかは分からないが、例えば、エジプトの人口は西暦0年から19世紀初頭まで、4〜500万人程度で、ほぼ一定だったと推定されている。ナイル川流域以外はほぼ砂漠しかなく、紀元前のどこかの段階で早々に環境収容力の限界に達して、前近代の技術では改善の余地が殆どなかったと思われる

 

自然増加率$${r}$$は出生率、死亡率、外部との人口の流入出によって決まる。前近代においては、人口の流入出があっても、ある地域の環境収容力以上の人口は扶養できないので、メンバーが入れ替わるだけだし、重要性は低い。20世紀には衛生医療の進歩によって、乳幼児死亡率が低下し、出生率も低下した

日本政府が公表している1900年以降の人口及び出生数、死亡者数のデータを見ると、1920年代から死亡率は緩やかに低下している

20世紀日本の出生率、死亡率、人口増加率

データの出典は、平成30年(2018)人口動態統計月報年計(概数)の概況の"第1表 人口動態総覧の年次推移", "第二表 人口動態総覧(率)の年次推移"と、我が国の推計人口(大正9年~平成12年)

人口増減要因としては、出産、死亡以外に、移民の流入出などがある。出産、死亡による増加を自然人口増加率と呼ぶらしい。現在に近づくと、自然人口増加率と、人口増加率は、概ね一致するようになっている。古いデータは、比較的ずれが大きく、あまり質がよくなさそうである

1966年の低出生率は、"「丙午(ひのえうま)年の生まれの女性は気性が激しく、夫の命を縮める」という迷信"によるものだとWikipediaに書かれている。1906年の干支も丙午で、出生率が前後の年より低い。60年周期なので次は2026年らしいが、今はそんな迷信知らない人の方が多そうな気はする。1972年頃、一過的に、人口増加率が自然人口増加率を大きく上回っている。その差は、約100万人に相当する。これは、おそらく沖縄返還によるものだろう。当時の沖縄人口は、100万人弱だったようである

前近代においては乳幼児死亡率が高く、女性は一生で5〜10人も子供を産むのは普通だったようなので、$${r}$$に影響するのは、むしろ死亡率だろう。人口密度は疫病の伝播速度に影響する可能性が高いが、殆どの人は農村に住んでた時代にはそれほど問題なかったかもしれない。逆に、自然選択による適応で、疫病への耐性を獲得したこともあったかもしれない


Wikipediaのロジスティック方程式の項目には

式を普及させたパールとリードも、ロジスティック方程式を使った最初の個体群成長研究は人口成長に対するものであった[99]。彼らは共に、当時までの人口統計をもとにしてアメリカ合衆国の将来の人口を予測したが、どちらの予測も実際の人口成長を言い当てることはできなかった[100]。パールとリードの結果では、1700年から1940年までの値は曲線によく合致していた。彼らが当てはめたロジスティック曲線では人口はその後飽和に向かうはずだったが、実際にはそれを裏切り、1940年以後もアメリカの人口は急増状態が続いた

とある。デバッグも兼ねて試しにHYDE(2023)の1800〜1940年のアメリカのデータでfittingすると、$${r}$$は年率3%で$${K}$$は2億となった。現在のアメリカ人口はこれを上回ってるので、合ってないが、20世紀には$${K}$$が大きく変動した可能性が高いので、そんなもんだろう

以下のグラフの縦軸の単位はx1000人で横軸は西暦


本題の前近代の人口データは戸籍データがなかったり適当だったりするので、推定に頼る部分が多くなる。ここでは、Wikipediaにある歴史上の推定地域人口というページの推定値でを使うことにする。McEvedy & Jones (1978)とHYDE(2023)の2つの推定が載ってる

ユーラシアの中でも、エジプトと同様に耕作地の少なめな西アジアや中央アジアは比較的早期に環境収容力の限界に達したと見られる。インドはムガール帝国以前に戸籍データがあったのかどうかよくわからない。研究者が多く、比較的文字史料が残るヨーロッパと東アジア以外は信頼性も変わってきそうではある

 

McEvedy & Jones (1978)西暦600〜1700年、HYDE(2023)西暦0〜1750年を使って、前近代の日本の$${r,K}$$は前者で年率0.3%、4000万人。後者だと年率0.26%、4100万人となった。明治初頭の人口調査で日本人口3500万人程度で、江戸時代末期には人口が停滞していたと考えられているし、北海道と沖縄を除けば明治時代〜1960年代まで農地面積が殆ど横ばいなので、4000万人程度が当時の環境収容力だったというのは割と妥当な推定と思われる

ロジスティック曲線モデルによる西暦0年の予測日本人口はHYDE2023で50万人、McEvedy & Jonesで35万人。これもこんなもんだろう

とはいえ、ロジスティック曲線のfittingが凄くいいわけでもないし、何なら指数関数的なモデルの方が合ってる気もするので、ロジスティック曲線モデルの適切さには疑問もあるが


他の地域は、そもそも日本のように人口が単調増加したとは思われていないし、データによってパラメータ推定が安定しない

  • フランス(McEvedy & Jones 400~1700):r=0.27%/yr , K=2300万人

  • フランス(HYDE2023 , 0~1750):r=0.1%/yr , K=2.5億人

  • 中国(McEvedy & Jones 400~1700):r=0.1%/yr , K =16億人

  • 中国(HYDE2023 , 0~1750):r=0.1%/yr , K= 7.6億人

  • スペイン(McEvedy & Jones 400~1700):r=0.23%/yr . K=875万人

フランスはかつてガリアと呼ばれていた地域とほぼ同一と思われるが、ローマ帝国に組み込まれた時点でガリア人は500万人ほどいたとされている(しばしば1000万人という推定も見かける)

そして西暦200年あたりまで人口は増加していたが、そこから1000年ほど長い停滞期に入る。フランスでは紀元前5000年まで遡る農業遺跡があり、ガリア人も農業を営んでいたので、開拓が進んでいてもおかしくはないが、停滞の理由は農地を開拓しきったのか何なのかよくわからない。500万人もいて、統一国家もなく、殆ど文字も使わず烏合の衆か?と思うが、これでも少ない方の見積もりという。で、突然西暦1000年頃から人口は急上昇を始める

この時期の約1000年間はヨーロッパの他の地域だけでなく、中国の人口も同じく停滞していたと推定されている。この"中国"は一応、現在の中国の領土ということになってるので、満州のような歴史的には中国王朝の領土になることが少なかった土地も含む

気候変動や新しい農法の導入、疫病との拮抗などは、西アジアや中央アジア、北アフリカは、西暦1000年以降に大幅な人口増加をした形跡がないので、説得力が足りない

スペインの環境収容力の推定が正しければ16世紀にはスペインの人口は飽和した可能性がある。スペインの現在の人口が4800万人で、かつての小麦の反収の低さを考えると、1000万人弱で頭打ちになったという見積もりは的外れではないかもしれない


現在では、特定の地域の環境収容力が地域人口を決めるとは考えにくいが、それでも、地球人口自体は地球の環境収容力にバウンドされると予想される。1950~2026年の世界人口をロジスティック曲線でfittingすると、環境収容力は126億人と計算される

大昔に農地面積と単位面積当たりの農作物収量から地球人口の上限を概算したことがあるけど

特に、食糧生産のみを考慮して、世界の耕地面積が、現状の14億ヘクタールを維持する場合、人口の上限は246億人程度になる。...家畜飼料を考慮して、生産された農作物の50%のみを人間の取り分とすると、上限は120億人程度まで減少する

https://note.com/rocbouquet/n/na8ca03feceac#zIKS8

とあるのでミクロな推定と整合的ではある

ロジスティック曲線のfittingも良さそうだし、短期的にはロジスティック曲線モデルはよく成立しているのかもしれない。勿論、農業以外の方法(砂漠で発電して純化学的に食料を合成するというような)を採用すれば、原理的には地球人口を増やすことはまだできるが、その時には、現在のロジスティック曲線による人口予測は適切でなくなるだろう

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