理系マネージャーの人との向き合い方
Xの投稿で、とても悲しいポストを拝見しました。大学の同じ研究室の中で、スタッフの方々の自殺が相次いだ、とのことです。何で、こんな悲しいことが、今の世の中で許されるんだろう、と思ってしまいます。
以前も呟いたが、私の直接間接の知り合いが合計3人大学内で自殺した。1人は同期で仲良くしていた40代後半の准教授。妻子のいる朗らかな研究者だったが、任期付きで追い詰められていたと思われる。人事のゴタゴタの中でも上につく教授が退官し、その後の研究室を任されていたが、新人の教授が入るとのこ…
— NAO_0311 (@naoto_h0804) September 15, 2024
企業の現場ではそういった事を私自身は見聞きはしないのですが(実際にあったら、間違いなくニュースになると思います)、理系の現場では人をマネジメントするという意識が希薄になる瞬間が多くあるとは感じています。
他の研究者やグループよりも、一日でも、一時間でも早くデータを出していかないと、というプレッシャー。年ごとに短くなる開発タイムライン。科学も発展する中で、それほど新規性のある発見が見込めないなかでも、創意工夫を出し続けないと成果として認められない・・・
そんな環境の中、また、人の異動が激しくなっている状況で、理系のマネージャーや指導教官の中には、人と向き合っている時間が取れない。育成や教育にかけるリソースが確保できない、と悩んでいる人は多いと思います。
私自身も、もちろん、そういった面があることは否定できません。その一方で、自分が職業人生を終えるときに、目の前の人たち、一人一人と向き合えなかったら、それは激しく後悔をするんだろうな、とは思います。
ですので、私は一日数分ずつでも、時間がないときは数秒ずつでも、周りに声をかけることを心がけています。わずかな時間であっても、何か、目の前の人が発しているサインを読み取れないか、との願いもあります。
「なかなか、一人一人と向き合えなくって」という方もおられると思います。そういった人を見ると、「なぜ、この人はマネージャーという、人に対峙するポジションに就いたんだろう。」と思ってしまいます。
もちろん、このような、ささやかな活動が、冒頭に紹介したような事例を防げると思っているほど、私はナイーブではないつもりです。その一方で、こういった地道な活動を積み重ねることで、理系職の就業環境が、徐々にでも良くならないか、と考えています。
私も、正直なところ、まだまだ未熟ですが、これからも、職場でのコミュニケーションがロジカルに楽になる方法を発信し続けたいと思います。
