夢は、恩返し。
国語、数学、社会、理科、英語、それ以外。
この中で、一番大切な教科はなんだろうか。
◇
インターネットが世の中に普及し、人々の暮らしはぐんと便利になった。スマホ一つあれば、連絡はもちろん、調べものや買い物、写真撮影や読書、ゲームに動画に音楽にと、いろいろなことができる。今や、AIを駆使して文章やイラストを創作するにまで至っている。
その一方で、コミュニケーションの問題が増えている気がする。言いたいことをうまく伝えられないとか、相手の意図を読み取れず誤解してしまうとか。それらが原因でいじめやハラスメントが生じているケースもあるかもしれない。
どうして現代人には、コミュニケーションの問題が多いのか。
自分なりに考えてみた。
一因として、“正しい言葉に触れる機会が、極端に少ないこと”が挙げられるのではないだろうか。
SNSなどで個人が自由に発信できるようになったものの、どれだけの人が正しい言葉を用いているのだろう。
どれだけの人が、ら抜き言葉、い抜き言葉を使わずに表現しているのだろう。
どれだけの人が、「爆笑」という言葉は一人で笑っている場合に使わないことを知っているのだろう(一人の場合は「大笑い」)。
どれだけの人が、「~にもかかわらず」を漢字で表すと「~にも拘わらず」だと認識しているのだろう(「~にも関わらず」は間違い)。
もちろん、正しいことが絶対ではないとは思っている。エッセイなどではあえてくだけた表現にする場合もあるし、一般的に浸透している意味合いで言葉を用いる場合もあるだろう。
しかし、言葉を正しく理解できないでいると、知らず知らずのうちにコミュニケーションの問題を引き起こす。僕はそんな気がしてならないのだ。
◇
ここで冒頭の問いに答えよう。
僕は国語だと思う。どんな教科も日本語がわからなければ、そもそもなにを言っているのか理解できない。国語がすべてではないが、すべてに国語が必要不可欠だ。
僕は2023年からWeb記事やエッセイ、小説などを書くようになった。そして自分自身の語学力の低さを痛感した。日本語は特に難しい言語とは知っていたが、知らなかったことや誤認していたことが本当にたくさんあるし、きっとまだまだ潜んでいるだろう。いわんや物を書かない人をや、である。
日本人の日本語能力は、思った以上に低い。
先日、とある知人と話していたときのこと。
地方公務員である彼は、非常に優秀なビジネスパーソンで、職員研修の講師も務めるほどの人物。
その彼が「部下がなにを言いたいのかわからない」とこぼしていた。部下の発言がどうも要領を得ないらしい。
またその部下は、業務の概要や自分の意見を伝えようとする際に、口頭で説明できないため「これ読んでください」と紙ペラ一枚を渡してきたこともあったそうだ。
つまりこれは、彼(知人)の読解力というより、部下の言語化力が低いという話である。
由々しき事態である。
◇
知人のこの話を聴いて、密かに芽生えた夢がある。
社会人向けの文章講座のようなものを、やってみたいと思ったのだ。
たとえば、エッセイや伝わりやすい文章の書き方を伝え、実際にやってもらう。講演とか研修のように堅苦しいのじゃなくて、なんかこう、お茶会みたいな和気あいあいとした雰囲気でやりたい。お菓子とか食べながら雑談して、その中で書くことについて掘り下げていく。これなら、楽しく学べるのではないだろうか。
あとは読書の推奨や書評など、活字に触れる機会を増やす取り組みもやってみたいなと思う。
僕自身、書くことに救われた部分がある。
文章を書くことで、自分の人生を受け入れることができた。嬉しいことも、悲しいことも、怒ったことも、笑ったことも、これまで自分が経験してきた事柄すべてが、人生の糧になることを知った。
書くことに、恩返しがしたいと思った。そしてその手段を考えた。
書くことの面白さ、言葉の面白さを、まだそれらを知らない人に伝える。これが恩返しになるのではないだろうか。
そのためには、自分自身がもっともっと勉強して、もっともっと実績を増やして、説得力のある物書きにならなければ。生半可な努力では到底たどり着けない、高き目標だろう。
でも、やってみたい。そう思ってしまったからには、挑むことを放棄せず、チャンスを掴むための研鑽を重ねていきたい。
これが僕の、かなえたい夢だから。
(おしまい)
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