noteと孤独と私
これまでに使用したノートは、木に換算するとどれくらいの量になるのか。
そう考えるほど学生時代は勉強し…てなかったわ、そうでもなかったわ。
そうでもなかったと言いつつ、それなりに勉強は頑張った自負があるので、平均よりは上にいると思っている。
学生時代の終焉を迎えて早10年。32歳1か月という微妙すぎるタイミングでアプリの方のnoteを使い始めたのには、自分なりの理由がある。
昨年9月に9年半勤めた職場を退職した後、今年の1月まで実家の警備を全うし、2月から新しい環境に身を置くことになった。
新居は、賃貸不動産サイトを吟味しただけあって、かなり好条件。スターティングインテリアもこだわり抜いて、多くの知人に好評だった。
一人暮らしではあるが、行きつけの飲み屋はいくつかある。前職の頃からちょこちょこ顔を出していたのだが、引っ越してきてから徒歩圏内になったため、以前よりも来店頻度がぐんっっっと上がった。
新しい職場は、まだ試用期間ではあるが、雰囲気や上司・先輩は自分に合っている気がしている。転職してから「仕事行きたくないよーうえーん」と思ったことは、今のところ一度もない。
一見、順風満帆な新生活を送っているかのように見えるが、意外な落とし穴があった。それは、「自分が話す頻度が著しく少ない」ことだ。
職場でも飲み屋でも、大抵自分は聞き手に回っている。相槌と質問に対する回答がほとんどだ。
もちろん、自分から話すことが全く無いわけではない。
しかし、言葉を選びながら考えながら話す性格が仇となる。うまく言葉が出てこないことはしょっちゅうあるし、中耳炎の治療歴があるくらいに難聴であるため、どうしてもトークのテンポが遅くなってしまうのだ。
聞き手に回ることは決して苦手ではない。むしろ、口下手だと自覚しているため、自分から話すことは苦手である。なので、話しかけてくれるのはとてもありがたい。「自分がしゃべらなくてもいいのは楽だなー」と思っていた。
ところが、実はそうでもないらしい。自分は、おしゃべりは苦手だが嫌いではない。何なら結構好きな方かもしれない。そんな自分の中に、話したいことが少しずつ溜まっていく。同時にストレスも。
そして、その心のグラスに溜まっていったストレスの水は、ある日突然溢れ出した。それも、自分が大切に思っている人に対してだ。その人は何も悪くないのに。
さびしかったのだ。甘えたかったのだ。
人と話していても感じるもの、それは孤独。
自分の一番恐れているもの、それは孤独。
それは、さながら親とはぐれ帰る家を見失った少年のようだった。
やっとわかった。
「ああ、自分の思ってることを吐き出すのって、すごく大切なんだ」と。
何かが傷つくと、何かに気がつく。
こうしてアルロンは、一つのアプリをインストールしたのだった。
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