「宇宙」が広がっているエッセイ(#創作大賞感想)
「宇宙」とは大きく出たな、と思ったのも束の間、ほかの言葉ではとても代替できないことに気づいた。
本作に派手さはない。むしろ地味の部類に入ると思う。
断っておくと、大いに褒めている。
近頃は、計算された文章が増えすぎた。
冒頭にフックを入れ、文体は軽妙でユーモアを持たせ、余韻が残る着地を……
それらが悪いことでは決してないが、少々味付けが濃ゆく感じてきている気がする。
しかし、本作に関しては、素材本来の持つ旨味がしっかりにじみ出ている印象を受けた。強い言葉でぶつけてくるのではなく、風に乗ったしゃぼん玉がふんわりと届いてくるようなやわらかい文体が心地いい。
もちろん執筆にあたり多少の計算は入っているのだろうが、あざとさがないというか、いいものを書いてやった感がないのである。すごいことである。
主軸となっているのは、幼い子を持つ母親の洗濯シーン──つまり日常だ。そのごく一般的な日常の中に、多くの人が見落として来たであろう気づき、作者とその家族によって紡がれてきた歴史が、それこそ宇宙のように広がっている。
エピソードのインパクトに頼らないから、書くのは難しかったのではないだろうか。しかしその中には、印象的な思い出があり、伝えたいメッセージがあり、読み手に委ねる適度な余白がある。
独創的な日常が、見事に書き上げられていた。
また、ひとつひとつの文章がていねいで、繊細で、生々しい。読んでいて時に苦しくなるような部分もある。
けれど、そこには温度が根づいている。生活の音が聞こえる。人間臭さ、とでも呼ぶのだろうか、においが残っている。
エッセイ全体に漂う人の温度、音、におい。ただの文字の羅列から、五感を通して人生が伝わってくる。このような作品は、地の文章力や思考がなければ到底書けやしないだろう。
文体の謙虚さ、日常の独創力、五感に訴える技術。
さまざまな力がはたらいているこのエッセイには、「宇宙」が広がっている。
この「宇宙」を、人は読みたいのではないだろうか。
(おしまい)
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