【短編小説】冒険譚
満点の星空の下、一面の焼け野原の真ん中で、私は一人立っていた。
右手の中の、馬蹄型の機械。白くつやつやした手触りは、まるで彼の肌のようだ。
この中には彼の、ハルくんのすべてが残っている。
◇
小学生の頃の私には、遊び相手となる友達がいなかった。妙にませたところがあったのだろう。同級生はみんな幼く見えたし、一人でいるのが気楽だった。だから、悪口を言われても物を隠されても、まったく気にならなかった。
両親は共働きで毎日夜遅くまで仕事。一人っ子だから、いつも家で本を読むか絵を描いていた。そんな生活が楽しかったし、個人的にはとても充実していた。ハルくんが現れるまでは。
小学4年生の夏休みのある日、両親がそろって出張に行かなければならなくなり、私は一晩だけ母の弟のハルくんの家に預けられることになった。その日は私の誕生日だったのだが、両親からはプレゼント代わりに現金3万円を握らされた記憶がある。小学生への誕プレが現金とは、我が親ながら呆れてしまう。
町はずれの森の中、ハルくんの家はそこにあった。
なんとも奇妙奇天烈な家だった。まずすべてが地下にある。マンホールの蓋のように埋まっている鉄の扉を開けて階段を下りると、今度はガレージのシャッターがあった。ここが出入口らしい。もはや、家、というより秘密基地だ。一応、表札としてなのか、「福山佐 葉流」と筆で(しかもそれなりに達筆で)書かれた半紙が貼ってある。
「樽飯 杏です。葉流叔父さん、今日はお世話になります」
「やあ。今日はよろしくね、アンちゃん。気楽に『ハルくん』って呼んでよ」
私がかしこまって挨拶をすると、ハルくんはへらへらしながら低音のいい声で言った。頭はボサボサだけど、透き通るように白い肌、子供のようにキラキラした目。容姿端麗、という言葉がそっくりそのまま当てはまる。初対面でそう思うくらい、私がそれまで(せいぜい9年だが)に見ただれよりも美しかった。
当時、ハルくんは19歳くらいだったはず。どこだかの大学の機械工学部だかに通っているらしいけど、とんだ変わり者で友達もおらず、一人で怪しげな機械をいじくりまわしているようだ。姉である母は、年の離れた弟を「顔は悪くないのにねえ……」と残念がっていたが、私はむしろこれくらいネジがはずれている方が居心地がよかった。美形の変わり者なんて、キャラが整っているではないか。
ハルくんの部屋には、これまた奇妙奇天烈な機械がそこいらに転がっていた。ほとんどが亡くなったおじいちゃん、つまりハルくんの父親が作ったマシンらしい。砂糖か塩かを瞬時に判別して田舎弁で教えてくれるマシン『佐藤トシオ』とか、スーファミソフトの接続部を自動でフーフーしてくれるマシン『風神』とか、本当にへんてこで最高に面白かった。ハルくんもこれらのへんてこマシンが大好きで、それが高じて機械工学部に進んだと言っていた気がする。
中でも、ひときわ印象に残っているのは、家政婦アンドロイド『ルーシー相見』だ。なぜか首から上しかなく、ハリウッド女優のような顔つきながら流暢な日本語を話す。元々はハルくんのお世話係で、ハルくんが生まれる前から存在していたらしい。首から下もあったらしい。
ルーシーにはめずらしい機能があった。スイッチを押すと、ランダムでおとぎ話のような冒険譚を語ってくれるのだ。毎晩、寝る前にルーシーの冒険譚を聞くのがハルくんの昔からのルーティンで、その話を聞いた私は早く布団に入りたくて仕方がなかった。
その日の夜、夕食とお風呂を済ませた私は、すぐに座敷の布団に飛び込んだ。
「ハルくん、早くルーシーのお話聞こうよ」
「ちょっと待ってね、アンちゃぁん」
低音のいい声でそう言いながら、ハルくんはルーシーのスイッチを起動した。
「冒険譚を聞くときは、ルーシーの右の鼻の穴の奥にあるスイッチを押すんだよ」
「なんでそんなところにスイッチがあるのよ」
ハルくんがスイッチを押すと、ルーシーは少しえずいた。
「ッヴォオエエ」
「いやこっわ」
「ほら、始まるよアンちゃん」
呼吸を整えたルーシーが語り始めた。
「エピソード8……勇者は森の中にいた……そこに現れたのは、巨大なクモ…………俊敏に動きまわるクモに、勇者が手にした剣で一突き…………クモの亡骸を持って凱旋した勇者は、人々から恐れられたとさ。めでたしめでたし」
「え、なにこれ?」
私は、思わず口に出してしまった。
「こんなのが何個もあるの?」
「うーん、でもそんなにたくさんではなかった気がする。30個くらいかなあ」
「けっこうあるんじゃん」
「ほかのやつも聞いてみる? ランダム再生だから同じのが出るかもしれないけど」
ハルくんがスイッチを押す。ルーシーは再度えずいた後、今度は違う物語を話し始めた。
「エピソード19……勇者の住む家に、姪がやってきた…………いつもは冷めた態度の姪だったが、勇者の家では笑顔だった…………その日は姪の誕生日で、勇者と一緒に祝ったとさ。めでたしめでたし」
「これって……」
気がつくと、ハルくんの姿がなかった。辺りを見回すと、どこからともなくハルくんの歌声が聞こえてきた。
「ハッピバースデーイ、ディア、アンちゃぁ~ん」
二切れのチーズケーキが乗ったお皿を両手で運びながら、ハルくんは台所の方から登場してきた。ハルくんはいい声な上に歌も上手だった。
「ハッピバースデーイ、トゥ……ユウウ~~~」
独特のタメとアレンジを加えたお祝いソングを歌い終えたハルくんは、テーブルにお皿を置いた。
「お誕生日おめでとう、アンちゃぁん」
「えっ! 私の誕生日知ってたの!」
「もちろんだよ。だって今日は……」
「ハルくんありがとう! 私、すごく嬉しい!」
私はサプライズに舞い上がった。親からは現金を渡されるし、祝ってくれる友達もいない。そんな私がまともに誕生日を祝われるなんて、生まれて初めてのことだった。
「喜んでもらえてよかったよ。アンちゃんはチーズケーキ食べれる?」
「うん! 大好き!」
二人でチーズケーキを頬張った。食べ終えた直後、私はあることに気づいた。
「ねえ、さっきの冒険譚、私のことじゃない?」
「え?」
ハルくんはピンと来ていないようだ。
「だってさ、勇者の家に姪がやってきて姪の誕生日を祝ったんだよ? これってまさに今日のことじゃん!」
「あー……言われてみれば」
ハルくんはやけに落ち着いていた。
「絶対そうだよ! ルーシーの冒険譚は、ハルくんの成長記録なんだよ! 最初に聞いたクモ退治だって、きっとハルくんが子どものときの話だよ! でっかいクモを持って帰って、家族を怖がらせたんじゃない?」
「あー、そんなこともあったようななかったような……」
「ほかのも聞いてみようよ!」
私はルーシーの右の鼻の穴に指を突っ込んだ。ルーシーは三度えずいた。三度目ともなるとえずいてからの復活が遅くなり、3分ほど経ってから新たな冒険譚がスタートした。
「ウヴォッホ……エピソード30……天から無数の流星が降ってきた…………勇者は人々を避難させ、最後の戦いに挑んだ…………こうして、人々に平和が訪れたとさ。おしまい」
ルーシーの語りが終わった後、しばらく沈黙が続いた。
「こういうこと、あった?」
「いやぁ、ハルくんちょっとわかんないなぁ」
「じゃあほかのやつ!」
またしてもルーシーのスイッチを押す。ルーシーはだんだん調子が悪くなっていき、その日は残り1回しか話してくれなくなった。
「ヴォッヘッ! カハッ! ……エピソード……ゴフッ……15…………勇者は……ガガッ……川に……左足を……ガガ…………深手を負った…………ガガ……ガ…………ピーーーー」
ルーシーは強制終了されてしまった。
「あー、もうダメかー」
「何度もスイッチ押したからね。でも今の話、なんとなく覚えがあるような……」
「ハルくん、左足を怪我したの?」
「うん。たしか、河川敷で自転車を手放し運転してたらすっ転んだんだよ」
「なにしてんの」
「その後すぐ病院に行ってさ。左足、骨折してたんだよ」
「そのときの診断書とかないの?」
「あー、どっかにしまってあると思うけど」
「じゃあ今からそれを……」
「アンちゃん、今日はもう遅いから寝ようね。明日になったらゆっくり探そう」
ハルくんの落ち着いた声に、私は従うしかなかった。しかし、妙に興奮していた私は、その晩なかなか寝つけなかった。
翌朝、私が目覚めたときには、すでにハルくんが朝食の支度をしてくれていた。テーブルの上には、食パンとマーガリン、オレンジジュースが用意されている。
「おはよう、アンちゃぁん。ん? アンちゃん?」
起きるや否や、私はハルくんの作業机に向かい、引き出しという引き出しを開けて回った。昨日ルーシーが話した骨折のエピソード。私の推測が正しければ、ハルくんが骨折したときの診断書があるはずだ。
作業机の最下段にある一番大きな引き出しを開ける。比較的整頓された書類の中に、一枚の小綺麗な紙があった。
診断書
氏名 福山佐 葉流
病名 左脛骨骨幹部骨折
上記のとおり診断します
平成22年8月6日
医療機関名 茂栗総合病院
医師名 藪 威志也
「やっぱりそうだ! ルーシーの冒険譚はハルくんの成長記録なんだよ!」
「そう、みたいだね。あ、ほらアンちゃん、朝ごはんできたから食べなよ」
興奮する私をよそに、ハルくんが淡々と言った。朝食の間、私は気持ちが高ぶってハイテンションだったが、ハルくんはどこか上の空というか、考え込むような表情をずっとしていた。
朝食後まもなく、母が迎えに来た。私としては、もう少しここに残っていたかったが、大人の事情というものがある。幼い私には、黙って従うほかなかった。
ハルくんに挨拶して帰ろうとしたとき、不意にハルくんが私を呼び止めた。
「アンちゃぁん」
ハルくんは、少しだけこわばった顔をしている。
「毎年、誕生日はここにおいで。一緒にお祝いしよう。まあ、忙しかったら来なくてもいいけど、ハタチのお祝いだけは絶対にここでしよう。そのときまで、これを持っててほしい」
そう言うと、ハルくんは私に馬蹄型の機械をくれた。
「これは?」
「ハタチのお祝いのときに教えてあげるよ」
「なにそれ」
私が笑いながら受け取ると、ハルくんも笑った。
これが、私とハルくんの、最初で最後の出会いだった。
◇
翌年も、そのまた翌年も、私は誕生日になると必ずハルくんの家に行った。しかし、ハルくんはいなかった。機械だらけの地下室で一人誕生日を祝うのが、私のルーティンみたいなものになっていた。
そして今日も、私はハルくんの家に来ている。この辺りは急速な過疎化により人がほとんど住んでおらず、なにもない野っぱらになっていた。地面に埋まった扉は、いつの間にかより頑丈なよくわからない金属の塊になっていた。
扉を開け、階段を下り、シャッターを開ける。そして、夜になると、買ってきたチーズケーキを食べ、ルーシーの冒険譚を聞く。これが、毎年の誕生日の過ごし方だ。
ルーシーも、だいぶヨボヨボになっている。スイッチを入れてもえずかなくなったし、ある年からフガフガ話すようになってしまったからうまく聞き取れない。入れ歯を失くした老婆のようだ。
「ハッピバースデーイ、ディア、アンちゃぁ~ん」
ハルくんの、独特のクセがある歌い方を真似しながら、私は私にハッピーバースデートゥーユーを歌った。
8月6日、午後11時59分。ハタチの誕生日が終わろうとしている。なんだか、時計の針のスピードがやけに遅く感じる。チク、タク、チク、タク……
チク、タク。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
不意に轟音が響いた。と同時に、地下にあるはずのこの家が大きく振動した。
「えっ、なになに?!」
私は作業机の下に避難し、じっと固まった。数分後、揺れは収まり、地下室は静けさを取り戻した。散乱しているマシンたちは、転げ落ちた拍子に電源が入ったのか、いくつか作動している。砂糖か塩かを瞬時に判別して田舎弁で教えてくれるマシン『佐藤トシオ』は、「これはねえ、砂糖だべ。いんや間違いねえって。こんなんあれだ、正月になったらよ、餅につけて食えばいんだ。今度おれが食わしちゃる」などと言っている。
大きな地震でも起きたのだろうか。私はラジオをつけ、ニュースを聞くことにした。
「ガッガッ……本日未明……に大量の隕石が落下しました……被害範囲はすべて私有地で建築物などはなく…………」
隕石? それでこんなに大きな揺れが起きたのだろうか……
私は俄然青ざめた。たしか、ルーシーの冒険譚に、似たような物語がなかったか。
ルーシーのスイッチを入れる。しかし、ルーシーは相変わらずフガフガしているので、確かめようがなかった。なんでこんな老化現象まで忠実に再現しているのだろうか。入れ歯を失くした家政婦アンドロイドなんて……
入れ歯……入れ歯!
私はポケットから、馬蹄型の機械を取り出した。馬の蹄みたいだと思っていたが、もしこれが入れ歯だとしたら……
恐る恐るルーシーの口に機械を入れてみた。すると、カセットテープの要領でルーシーの上顎に機械がカチッとはまった。
流暢な言葉を取り戻したルーシーが語り始める。
◇
満点の星空の下、一面の焼け野原の真ん中で、私は一人立っていた。
「ハルくん、あんたは本当に勇者だよ」
ルーシーの入れ歯を握りしめ、私は天を仰いだ。
◇
ガガッ…………
……ちゃぁん、アンちゃぁん。聞こえてる? ハルくんだよ。
これを聞いているってことは、約束、守ってくれたんだね。ありがとう。
今これを、9歳のアンちゃんが寝ているそばで録音しています。
アンちゃん。アンちゃんが寝てから、ハルくんはルーシーの冒険譚のことをたくさん調べたんだ。
アンちゃんはさ、「ルーシーの冒険譚はハルくんの成長記録なんだよ!」って言ってたじゃない。覚えてる?
あれねー、成長記録じゃなくて、未来の予言だったみたいなんだよ。
各エピソードは、ハルくんの思い出じゃなくて、ハルくんがどんな一日を過ごすかだったんだ。
8歳になったら、でっかいクモをやっつける。
15歳になったら、川で左足を骨折する。
19歳になったら、アンちゃんと一緒に過ごす。
言ってなかったけど、ハルくんはアンちゃんと同じ誕生日なんだよ。
だからルーシーの冒険譚は、アンちゃんが来た日と一致したんだね。
そして、30歳になったら、流星群……いわゆる隕石が落ちてくる。ここで冒険譚は終わってる。つまり、そういうことなんだ。
アンちゃん。アンちゃんがルーシーのことを調べなかったら、ハルくんはただ地下にこもってるだけのダメな人間になるところだった。いやまあ19歳時点ですでにそうなっているんだけどさ。でもね、エピソード30の真実を知ったとき、30歳で人生が終わる怖さより、30歳までにやりたいことをやりきろうという希望の方が強かったんだよ。
だからハルく……俺は、旅に出ることにした。姉さんは子どもの頃から優秀であちこちに留学してたけど、俺はそこまでじゃなかったからね。機械いじりは好きだったしこの家も気に入ってはいるけれど、いろんな世界を見て、いろんな人と触れ合うことにずっと憧れてたんだ。
ルーシーによれば、俺は無事に大学を留年せずに卒業し、数年間がっつりはたらいてお金を貯め、旅に出たみたいだ。出発の前に、家の周りを買い取って人が住めないようにして、扉も隕石に耐えられるように改修した。
アンちゃんがハタチになるこの日、アンちゃんがどこでなにをしているかわからなかったから、確実に安全なこの家に呼んだんだ。
アンちゃん。アンちゃんのこの11年がどんなものだったかはわからない。でも俺は、これからの人生でアンちゃんがやりたいことをやってほしいんだ。なんでもいいから、とにかく人生を楽しんでほしい。
俺からは以上だよ。元気でね、アンちゃん。
平成26年8月6日、福山佐 葉流。
……あ、もう12時過ぎたから8月7日になっちゃった。あはは。
ピーーーー……
(おしまい)
この小説(と呼べるのかわからんが)は、早時期仮名子さんの企画『このパッケージどうですか?』(略して「パケどう」)の応募作品です。
フィクション勢ではないのでかなり拙い文章になったかと思いますが、とりあえず伏線回収みたいなことはできたかなと。固有名詞の言葉遊びは言わずもがなということで。
数日前まで風邪ひいてたので間に合わせるの大変でしたが、なんとか脱稿しました。プロット考えるの楽しかった!
そうじきさん、楽しい企画をありがとうございました!
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なんと アルロンが おきあがり
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