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アイドルブロマイドな名刺

すすきのへ遊びに行ったときによく立ち寄るカジュアルなバーがある。札幌市民ではないので年に一回行けたらいいくらいの頻度だが、開店当初から知っている程度には馴染みの店だ。

その店に入ったある日、
「いらっしゃいませ~。初めましてですよね? 私、○○(名前)で~す。よろしくお願いしま~す」
と女性店員に声をかけられた。
馴れ馴れしすぎないくらいにフレンドリーな立ち振る舞い、積極的に話しかけるその接客姿勢は、とても素晴らしいものだと思う。

ただ、僕があなたと会うのは5回目なのだが。


思い返せば、初対面ではない人間に「初めまして」を言われたことはほかにもある。
新卒で就職した町役場の職員時代、初任者研修で同じ班だった他市町村の職員と、別の研修でも同じ班になったとき。
社会人3年目の夏、外勤先で大学時代のゼミの先輩と、たまたま再会したとき。
職場に毎日のように来てくれる業者さんと、居酒屋でばったり鉢合わせたとき。

多くないか?

わかっているのだ、僕の顔は非印象的だということを。大きくも小さくもない目、高くも低くもない鼻、松潤ほど濃くないまゆげ。たとえば僕が凶悪犯で犯行を誰かに目撃されても、証言からつくり出されるモンタージュ写真はものすごく微妙な完成度となるに違いない。

それにしたって、同じ人間に何度も忘れ去られてしまうのは、もはやそちらさんの落ち度ではないか。セーブデータがすぐ消えるレトロゲームのソフト並の記憶力である。それを自覚した上で「もしかして、初めまして……ですか……?」と申し訳なさげに尋ねてくれるならぜんぜん気にしないのに、最初から初対面だと決めつけちゃってるんだもの。一体どうすればいいのだ。


公務員を退職し、フリーランスの物書きとして活動を始めたのが3年前。基本はインターネット上で完結する仕事でも、いずれ必要になるかもしれないと思い、名刺をつくることにした。

デザインを一から考えるのは大変である。というわけで、これまでにいただいた名刺の中から参考になるものを探すことにした。シンプルな白地にシンプルなフォントは、遊び心がなくて面白みに欠けるし、与える印象が弱い。逆に、インパクトを重視するあまりごちゃごちゃして視認性が悪くなってしまっては本末転倒である。さて、どうしたものか。

ふと目に入ったとある名刺。白地に明朝体とザ・シンプルな装いではあるが、名前の横に顔写真が添えられている。


これだ!!!!!


名刺というものは、自分の情報を提供する以外に、自分を印象づける、すなわち覚えてもらうことを目的として渡す挨拶紙である。いただいた名刺を見返して、「あっれ~、この人、いつどこで会ったんだっけ~」と記憶のタンスを開け閉めしたことはないだろうか。いくら氏名や所属や連絡先が記載されていても、自分の中でリンクしなければ、いただいた名刺はただの個人情報流出リスクにしかならない。

そこで顔写真である。それもただの証明写真のように堅物なものではつまらない。いっそ、もらった相手が忘れたくても忘れられないような、唯一無二、天下無双、痛快無比な写真を載せた名刺をつくってやろうじゃあないか。


思い立ったが吉日ということで、公務員時代の名刺をつくってくれた印刷会社の社長と、フリーのフォトグラファーをやっている知人に連絡をした。写真入り名刺をつくりたいと思ったとき、頼れる人の顔がふたつも浮かぶとは、なんという奇遇だろうか。

撮影と打ち合わせをする日時を決め、フォトグラファーとは事前のヒアリングもした。どういう意図で写真を撮るのか、イメージをすり合わせておきたいらしい。たしかに、ただやみくもに撮影してコレジャナイ感があったら気まずいもんな。写真の用途、撮影場所の雰囲気、どんなふうに見せたいかなどを話し合った。


当日、バチバチにセットした黒髪とともに、撮影場所へやってきた。廃校となった小学校をリノベーションしたコワーキングスペースは、さまざまなパターンの写真を撮るのにふさわしい。真っ白な壁もあるし、レースカーテンの透明感が涼しげな窓もある。外に出れば、レトロな外壁やありのままの緑が残っている。立ったり、座ったり、右を向いたり、左を向いたり、笑ったり、すましたり。ふたりでああだこうだと言いながら撮影は進んでいく。「アルロンさんは笑った顔の方が素敵ですよ!」と持ち上げられて悪い気はしなかったが、品格を欠損しかねない変なニヤけ面になりそうなのでスマイルは封印した。キメキメな自分を撮ってもらうのは生まれて初めてで、こそばゆさが尋常ではなかったが、その中に一抹の快感があったのも否定できない。

撮影後、フォトグラファーと別れ、今度は印刷会社で社長と再会した。社長といっても、しょっちゅう会って話したり酒を酌み交わしたりした仲なので、感覚としてはもはや親戚のおじさんである。
社長おじさんとの打ち合わせは、和気藹々としながらも真剣さを失わない温度で進んでいった。表側はまるごと写真を載せ、添えるように名前を配置する。連絡先など細かい情報はすべて裏側に。撮ってもらった写真はまだデータをもらっていなかったので、とりあえず僕の好きな堂本剛の写真をインターネットで適当に見繕い、それでサンプルをつくってもらった。面白すぎてふたりで爆笑した。アイドルの写真を使っているのだから当然だが、めちゃくちゃアイドルブロマイドだ。少なくともインパクトは申し分ない。文化祭の出し物を考えているときのようなワクワクした空気感が、応接セットに終始漂っていた。
後日、写真データを社長に送り、あとは完成を待つのみ。


撮影と打ち合わせから数か月後、完成した名刺が届いた。箱から一枚取り出してみる。


ばーん


めちゃくちゃアイドルブロマイドだ。

イタい。イタすぎる。自己陶酔にも程がある。しかも撮影したのは人生で一番太っていた時期だから、顔が丸い。そしてこのアンニュイなすまし顔である。イタすぎる。

こうしてあらためて眺めてみると顔が火炎放射器になりそうだが、つくりたかったものができたという満足感は十分すぎるほどあった。ふたりの力を借りて理想の名刺を完成させた僕は無敵だ。もう二度と、二度目以降の「初めまして」なんて言わせないぞ。今後、名刺を渡す相手には、文字どおり名をぶっ刺してやろうと誓った。


名刺が届いたのが創作大賞2024の授賞式前だったので(アルロンはベストレビュアー賞を受賞しました)、さっそく使う場面に恵まれた。会う人会う人にアイドルブロマイドな名刺を配り回る。

するとどうだ。ドッカンドッカンではないか。

「ええ、すごい!」「めちゃくちゃウケる!」と大好評の嵐。名刺交換した人は全員が創作に関わる人間だったので、いただいた名刺も個性豊かでバラエティーに富んでいた。しかし、アイドルブロマイドな名刺を配っていたのは僕以外にいなかった。目論見は大成功といえる。アイドルブロマイド風名刺、恐るべし。


個性のない人間などいない。けれど、認知のされにくさというものはあると思う。誰かの記憶に残ることは、簡単なようで、とても難しい。相手が初対面ならなおさらだ。

そんなときは、創意工夫でカバーすればいい。たとえ無特徴な顔でも、自分なりの輝かせ方さえわかっていれば、人の記憶には残る。そして、それができたときの快感は、何にも代えがたい。

誰かの記憶に残ること。それは外見の話ではなく、たとえばアイドルブロマイドみたいな名刺を本気でつくるような“ひととなり”からつながっていくのではないだろうか。


名刺の完成後、今度は初対面の人から「前に会ったことありますよね?」と言われることが増えた。僕はnoteもSNSも顔を出しているから、そちらさんが会ったような気になっているだけでしょう。心臓に悪いのでやめていただきたい。


(おしまい)

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