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住み心地の良さは「毒」になる。〜バンクーバーの混沌を捨て、トロントの修羅場へ〜

1. 「図書館の住人」と、チャーチのカレーの味

バンクーバーでの後半戦、僕は文字通り「図書館の住人」になっていた。 ターゲットはTOEFLのスコア、そしてカレッジへの切符。朝から晩まで公共図書館に籠り、単語帳と格闘する日々。

でもな、相変わらず金はなかった。 リッチな中国人の同居人から恵んでもらうミールにも限界がある。そんな時、現地の友達が教えてくれたのが「チャーチ(教会)のフリーミール」やった。

これが、驚くほど美味かったんや。 大きな寸胴で煮込まれた、カレーに近い煮込み料理。スパイスの香りが鼻をくすぐり、冷え切った体に染み渡る。教会に集まるのは、僕のような貧乏留学生から、ワケありの現地人、そしてホームレス同然の男たちまで様々。

みんな、必死に生きていた。 「タダで飯を食う」という行為は、日本ではどこか後ろめたい。でも、そこではそれが「生きるための正当な権利」みたいに肯定されていた。 「お前、勉強してるんか? しっかり食えよ」 そう言ってよそってくれるボランティアのおばちゃんの笑顔。あのカレーの味は、僕にとって「サバイバルは恥やない。泥水をすすってでも、目標に食らいつくのは尊いことや」という一生もんの教訓になったんやね。

これは、今の40代にも言えることや。 プライドが邪魔して、誰かに助けを求められへん。そんな時期があるかもしれん。でもな、本当に新しいことを始める時は、一旦プライドなんてチャーチの鍋の中に捨ててきたらええねん。

2. 図書館の哲学者:タイムマシーンを作る男

図書館に通い続けていると、不思議な出会いがある。 僕がいつも座る席の近くに、毎日同じボロボロのノートを広げ、何やら複雑な数式や図形を書き殴っている不思議なおっさんがいた。

ある日、僕が単語帳を閉じて溜息をついた時、彼と目が合った。ひょんなことから言葉を交わすようになったんやけど、彼が真面目な顔で言ったことは衝撃的やった。

「私は今、タイムマシーンの発明に取り組んでいるんだ。あと少し、理論のミッシングリンクが見つかれば、私は過去に戻れる」

普通なら「あ、こいつヤバい奴や」と距離を置くところや。でも、彼の話を聞いていると、不思議と引き込まれた。彼は物理学や時間の概念について、めちゃくちゃ**Profound(深遠)**な持論を展開した。

「いいか、若いの。時間は線ではなく、重なりだ。君が今、必死に単語を覚えているこの瞬間も、未来の成功した君の意識と重なっている。未来の君が『あの時の頑張りがあったから今がある』と確信した瞬間、過去の君に力が送られるんだ」

彼が本気でタイムマシーンを作れたかどうかは知らん。でも、彼の言葉は、孤独な勉強に疲れ果てていた僕の心に深く刺さった。 「今、この苦しい瞬間にも意味がある。未来の自分と繋がっているんだ」 それは、48歳になって独立という未知の海に飛び込もうとしている今の僕にとっても、一番必要な「救い」の言葉やったんかもしれん。

3. バンクーバーのカオス:ハウスパーティーの深淵

もちろん、ストイックなだけじゃない。 時には現地の友達に誘われて、ハウスパーティーにも顔を出した。でも、そこは僕が知っている日本の「飲み会」の概念を根底から覆す、ディープでカオスな世界やった。

詳しくはこの令和の時代には書かれへんような、甘ったるい匂いが立ち込め、大音量のサイケデリックな音楽の中で、人種も年齢も、性別もぐちゃぐちゃに混ざり合って踊り狂う。 一言で言えば「カオス」。

そこで見たのは、人間の剥き出しの欲望と、圧倒的な「自由」の裏側にある、底なしの虚無感やった。 「ここには、すべてがある。でも、ここにしがみついていたら、僕は僕じゃなくなる」

狂乱の中で、みんなが「自分は自由だ!」と叫んでいる。でも、僕には彼らが「自由という名の檻」の中にいるように見えた。 その時、僕は自分に問いかけた。 「俺が求めているのは、この刹那的な快楽か? それとも、自分の力で世界を切り開く本物の自由か?」 その狂乱の夜を経て、僕はふと、自分が求めているのは「享楽」ではなく「成長」なんやと、静かに再確認したんや。

4. 「住みやすさ」という名の毒を捨てる決意

バンクーバーは、確かに素晴らしい街や。 気候は穏やか(冬は雨ばっかりやけど、雪は少ない)、人は親切、多文化が共生していて、日本人も住みやすい。アジア飯もうまい。 でも、半年が過ぎた頃、僕は得体の知れない「恐怖」を感じ始めた。

「このままここにいたら、僕は『ほどほどに幸せで、そこそこ英語ができる留学生』で終わってしまう」

ぬるま湯に浸かっているような感覚。 カレッジへのスコアは見えてきた。日本人の友達も数人できた。街の歩き方もわかった。 でも、ここで満足してええんか? 僕が日本を飛び出したのは、安定した「そこそこ」の人生を捨てるためやったはずや。

もっと厳しい場所、もっと自分が「異物」として扱われる場所。 英語ができて当たり前、競争が激しく、冬はマイナス30度まで下がる、カナダの経済の中心地。 そこに行かなければ、本当の意味で自分を破壊し、再構築することはできへん。

「カナダで一番タフな街、トロントへ行こう」

さらなる飛躍のために、あえて自分を追い込む。 住みやすさを捨て、過酷な環境へと身を投じる。 周りからは「せっかくバンクーバーに慣れたのにもったいない」「トロントの冬は死ぬほどきついぞ」と止められた。 でもな、But who cares! 僕の人生をドライブさせるのは、いつだって「安定」やなくて、自ら作り出した「危機感」やったんや。

5. トロント上陸:ネイティブのスピードという絶望

そうして僕は、大陸を横断し、トロントのカレッジへと入学した。 「バンクーバーで半年、死ぬほど勉強した。TOEFLのスコアも取った。準備は万端や」 そう自負して、意気揚々と教室のドアを開けた。

しかし、そこで僕を待っていたのは、想像を絶する「壁」やった。

教授が喋り始めた瞬間、頭の中が真っ白になった。 スピードが、バンクーバーの語学学校とは比較にならん。しかも、現地の学生たちが容赦なく議論を被せてくる。スラング、専門用語、アクセントの混ざった高速の英語。

僕が図書館で何百時間もかけて学んだ英語は、彼らの前では「静止画」やった。彼らの会話は、もはや超高速の「動画」どころか、光の速さで通り過ぎる情報の嵐。 「……何を言ってるのか、一言もわからん」

初日の講義が終わった時、僕はカレッジの廊下で一人、呆然と立ち尽くした。 バンクーバーで積み上げた自信が、砂の城のように崩れ去る音が聞こえた。 「俺、何しに来たんやろ。やっぱり無理やったんちゃうか」

絶望。 20代前半の若造にとって、それはあまりにも重い現実やった。

6. 40代のあなたへ:あえて「アウェイ」に身を置く勇気

今、40代後半で独立を考えているあんたに、そして今まさに海外で「自分の無力さ」に泣いている君に伝えたい。

「住み慣れた場所の心地よさは、時に成長を止める毒になる」

今の会社、今の役職、今のスキルセット。 それは確かに安全や。でも、その安全圏に居続ける限り、あんたの中の「タイムマシーンのおっさん」——つまり、未来を変える力——は目覚めへん。

あえて自分を追い込み、絶望するような「アウェイ」な環境に身を置くこと。 そこで初めて、人間は生存本能を剥き出しにし、「這い上がるための本当の知恵」を絞り出すんや。

ネイティブのスピードに置いていかれたあの日の僕は、確かに惨めやった。 でも、その惨めさが、僕を「本物の怪物」へと変えていく原動力になった。

今、あんたが時代のスピードに置いていかれそうやと感じているなら。 今、自分が何者でもない無力な存在やと絶望しているなら。 それは、あんたの「第2の人生」がようやく始まった合図や。

絶望は、正しく使えば最強のガソリンになる。 次は、トロントのカレッジという修羅場で、僕がどうやってその「絶望」を食い破り、一歩ずつ自分の居場所を勝ち取っていったか。その泥臭い「逆襲の戦術」について話そうか。

あんたの人生、ここからが本番やで!

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