阿久根の唐揚げ文化(園田・松木・清水精肉店/太郎寿司/十三)|魚のまちで、なぜか唐揚げばかり食べている
逗子と阿久根との二拠点生活と、から揚げの話
2024年の冬から、阿久根との二拠点生活が本格化している。
1〜2週間まとめて滞在して、湘南の「しんどいタイミング」をずらすように動く。
寒さが刺さる時期、湿気がまとわりつく真夏、花粉で目も鼻も終わる季節。
そのあたりを、阿久根でやり過ごすのが、なんとなくのリズムになった。

GW・お盆・年末年始の直下に行き来することはない。
飛行機代が往復10万円を超えてきて、さすがに笑えない数字になる。
けれど少し時期をずらせば、片道1万円を切ることもある。

阿久根は、鹿児島を代表する港町のひとつだ。
かつてはイワシの水揚げで大いに賑わい、その時代にはイワシの丸干しが小学校の給食にも出ていたという。
今もアジ・サバ・イワシをはじめ、多様な魚種が水揚げされるのが特徴で、日本の魚種の半分に出会えるとも言われる良港を抱えている。

このまちの人に「名物は何ですか」と聞くと、ほぼ全員が間髪入れず「魚」と答える。
この点に、まったく異論はない。
……ないのだけれど、それでも僕は、もうひとつだけ付け加えたいと思っている。
から揚げがある、と。
海鮮の唐揚げではない。鶏の唐揚げである。

港町なのに、頭から離れないのは鶏から
阿久根の唐揚げは、まず単純に「そのものがうまい」がひとつある。
市内には養鶏場がいくつもあり、地元で育てられた鶏が身近に流通しているからだろうか。
「園田精肉店」の唐揚げ。
地元では通称「そのから」と呼ばれる、脇本地区のソウルフード。別名・阿久根の「KFC(ケンタッキーフライドチキン)」(※阿久根市内にケンタの店舗は存在しない)。
にんにくがバチンときいて、少し辛めの味付けがレモンサワーやハイボールに合う。
同じく脇本の「松木精肉店」の唐揚げもいい。
ここは一般には、生ハムのようにスライスされた鶏刺しのほうが有名だが、惣菜コーナーに揚げたての鶏が並ぶと、どうしても素通りできない。


赤瀬川の「清水精肉店」の看板商品「特選旨味唐揚げ」もいい。
にんにくと醤油をベースにした特製だれに一晩じっくり漬け込み、精肉店らしく鶏肉そのもののうま味と質感を前面に出した仕上がりだ。衣は薄めで、噛むとカリッと小気味よく砕け、そのすぐ内側からはじゅわっと肉汁があふれる。
「魚のまち」のはずなのに、魚屋はスーパーに押されてほとんど見かけない反面、精肉店はいくつもある。
この配置もどこか不思議だ。

それでも地元の人に「阿久根の唐揚げ、うまいですよね」と言うと、だいたい苦笑いされる。
「いやいや、ここはあくまで魚のまちだから」

「都内近郊でいつも美味しい唐揚げを探してますけど、阿久根では探す必要がないくらい、うまい唐揚げがあちこちにある」とまで言ってみても…
「いやいや……(苦笑」

港町としての自負を感じる一方で、「いい加減、気づいてよ」という思いも、こみあげてくる。
魚より唐揚げ、とはさすがに口には出さないが、僕の脳内ランキングではかなりいい勝負をしている。

日本各地の「かける/つける」鶏文化
日本各地を見渡すと、揚げた鶏にソースやタレを重ねる土地がいくつもある。
北海道・釧路の「ザンタレ」。
下味をしっかりつけたザンギに、甘酸っぱいタレをどっさりかけて食べる。
ザンギにタレをかけて出した定食がルーツとされ、いまやご当地グルメとして全国のイベントにも顔を出す存在になっている。
宮崎・延岡〜宮崎市の「チキン南蛮」。
厚手の衣を揚げた鶏肉を、熱いうちに南蛮酢にくぐらせ、その上からタルタルソースをたっぷり。
もともとは魚の南蛮漬けが原型で、延岡の洋食店で生まれたメニューが有力なルーツとされ、そこからタルタルを重ねるスタイルが全国区に広がっていったと言われる。
大分・別府や大分市の「とり天」。
鶏の天ぷらを、まずはそのまま、次にカボス入りの酢醤油+カラシにつけて食べるのが定番だ。
一方で、老舗店のなかには、揚げたてのとり天に甘めの自家製ダレをあらかじめかけて出すところもある。
衣にタレがじんわり染み込んだ「かけるとり天」は、とりあえず一杯やりたくなる味だ。
これらの土地では、鶏とソースの組み合わせが、そのまま街の看板になっている。
その点、阿久根の場合は、話が少しややこしい。

阿久根の唐揚げに、なにをかけるか
精肉店の唐揚げは、だいたいそのまま食べる。
揚げたてを紙袋の底からつまみ上げて、油がまだ鳴っているうちにかぶりつく。
港町らしく、からっとした海風みたいなストレートさがある。
一方で、飲食店の唐揚げになると、状況がガラリと変わる。

デフォルトで甘いソースをかけてある寿司屋がある。
天ぷらのつゆのような出汁ダレに、唐揚げをどぼんと浸して食べさせる和食屋もある。
唐揚げ定食を頼むと、山盛りの唐揚げとサラダ、白ごはん、味噌汁、漬物。
そこまではごく普通なのだが、その横にもう一枚、小ぶりな器に入った天つゆのようなものが、何食わぬ顔で置かれている。

「これは……?」と店員さんに聞くと、
「唐揚げ、よかったらこれにつけてどうぞ」
という返事が返ってくる。
そのまま食べて十分うまいのに、なぜか「素のまま完結させてくれない」店が、阿久根にはいくつもある。

また、精肉店でも、「清水精肉店」ともなると、オーロラソースやタルタルソースを“ビシャがけ”した唐揚げ弁当を、平然と販売していたりする。

「かけ方/つけ方」がバラバラなまち
釧路のザンタレのように、「阿久根◯◯揚げ」という名称があるわけではない。
チキン南蛮のように、街ぐるみで同じスタイルを共有しているわけでもない。
とり天のように、「つけダレはこれ」という決まりがあるわけでもない。
阿久根の唐揚げは、店ごとに「かけ方/つけ方」がバラバラだ。
「唐揚げに何をかける/つけるか」が、店ごとの小さな主張になっているとも言える。
でもそれを誰も、ご当地グルメとして名前をつけ直そうとはしていない。
魚とつけあげ(さつま揚げ)の影に、ふわっと見え隠れする程度の「文化」として、ひっそり根付いている。

なぜ、そのまま食べさせてくれないのか
阿久根の飲食店で唐揚げを食べるたびに、頭の片隅に浮かぶ疑問がある。
「なぜ、このまちの飲食店では、唐揚げをそのまま食べさせてくれないのか」

港町としてのアイデンティティは、あくまで魚にある。
イワシの丸干し、つけあげ、タカエビ、キビナゴ。
地域のパンフレットや観光サイトに載るのは、大部分が海のものだ。
だから鶏の唐揚げは、カレーや天ぷら、とんかつ、ラーメンといった“定番メニューのひとつ”として扱われている。
精肉店のケースの隅で、定食屋の通年メニューのなかに、さりげなく並んでいる。
自ら光を放つことはない。

もしかすると、魚で勝負してきたまちだからこそ、鶏のほうは自由度が高いのかもしれない。
「唐揚げは好きにかけて、好きにつけたらいいじゃないか」という、ゆるい空気がそのまま残っている感じもする。
あるいは単に、揚げものをそのままでは終わらせたくない、ソース文化圏としての衝動なのかもしれない。
はたまた、精肉店やスーパーとの差別化を考えずにはいられない、料理人としての矜持…?
理由は、まだうまく言語化できていない。
ただひとつ言えるのは、阿久根で唐揚げを頼むとき、僕はいつもメインの唐揚げより先に、「小さな器」を探してしまうということだ。

さて、今日はどんな形で「そのまま食べさせてくれない」のか。
ザンタレでも、チキン南蛮でも、とり天でもない、阿久根なりの「かけ方/つけ方」に、少し期待しながら定食屋の暖簾をくぐる。
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🍊この記事を書いた人:
湘南エリアの自治体の長やまちづくりを取材しているライター/フォトグラファーの川原リウです。
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