さくら記念日|掌編小説
三月は、君と出会った記念日。
とある夕暮れ、制服姿の君は桜の木の下でうずくまって泣いていた。僕が後ろから声を掛けると、泣いてなんかないよ、と君は笑顔で言う。
「桜の花びら、集めてたんだ」
「ふうん」
川沿いの道は、花びらで地面が白く染められていた。桜は、あまり好きじゃない。だって、あんなに満開に咲いても、どうせすぐに全部散ってしまうから。手に入れたってすぐに失ってしまう、大事なものみたいで。
僕たちの後ろを自転車が通り過ぎる。砂利ででこぼこした道を時折ガシャンと音を立てながら、買い物袋を揺らして夕闇に消えていった。
「集めてどうするの?」
「願いごと、流すんだ」
「願いごと?」
彼女は手を止めて僕を見上げる。
「知らない?傷ひとつない真っさらな桜の花びらを、誰にも見られないで夜中に川に流すの。桜が全部散ったらアウトね」
「ふうん」
「あ、キミ絶対信じてないね?」
僕の二回目の気のない返事に、彼女はふふと声に出して笑う。
「だって、聞いたことないもの」
「こういうのはさ、信じるかどうかよ。信じなかったら、何もないのと同じじゃない?」
彼女の理論はいまいち納得いかなかったが、僕も隣に座って花びらを集めることにした。彼女が最初に振り向いた時、その瞳がほんのり赤かった気がしたから。
それから夜になり、僕らは別れた。
僕はその日の夜中、再びその桜並木にやってきた。
そっと辺りを見回しても人一人いない。もちろん彼女の姿も。僕は握りしめた花びらを川に落とす。花びらはまっすぐ落ちなくて、ひらひら、ひらひらと川の脇の草原に吸い込まれていく。
なかなか川に落ちない。ようやく最後の一枚が川に舞い落ちると、夜の向こうにゆるやかに流れていった。それは白い点となり、やがて闇に消える。
四月は、僕の願い事が叶った記念日。
僕は真新しい白いスニーカーを二段飛ばしで駅の階段を駆け上る。ポケットから買ったばかりの定期を取り出すと、改札口を走り抜けた。
「おはよう」
「おはよ、あれ、キミも同じ高校じゃん」
彼女の笑顔が眩しく光る。桜は、好きじゃない。でもまた来年、君と花びらを拾えるのなら、僕はまた何度だってあの桜並木を歩きたいと思う。
大きな体を軋ませて電車がホームに着くと、僕らを乗せてゆっくりと桜並木と反対の方向に走り出していった。
