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南フランスの化け物先生:桜苑駅からプロヴァンスへ

夕暮れのほど、宮の御車、さる方の里に立ち寄り給ひしに、荒れたる家のほど、垣根のほどなど、いとあやしう見えて、草の生ひ茂れる中に、夕顔の白き花の、垣間見ゆるが、いとをかし。車より下り給ひて、かの花を折らせ給ふ。さるべき人の、かくやうの所に住むものかなと、怪しみ給ふ。

夕暮れ時、光源氏の牛車がある里に立ち寄ったところ、荒れ果てた家のあたり、垣根のあたりなどがひどく不思議に見え、草が茂る中に夕顔の白い花が垣間見えるのが、とても趣深い。車から降りて、その花を折らせた。こんな場所に相応しい人が住んでいるのだろうかと、不思議に思う。
紫式部源氏物語』「夕顔」 11世紀)



化け物先生の目覚め


「うん…?」

私は、見知らぬベッドで目覚めた。

ベッドというより、シーツもかけてない、
ぼろぼろのマットレス。

光の射すほうを見たら、
ボロキレのカーテンと、剥がれた壁紙。

そっか…あのまま寝ちゃったんだ?
それとも、強制退去させられたのかな?

桜苑駅の深夜を徘徊し、
仮想とも現実ともつかない町を探索していた。

…けれど、朝日が昇る時間になったからだろう。
わたしは此岸の世界に追い出されてしまった。

太陽は、幽界を剥ぎ取り、
わたしのような闇の住人を日陰に追いやる。

太陽と地球、同じ星屑から生まれた姉妹なのに。

太陽を浴する現世の住人と、
わたしたち闇の住人とでは、扱いが不平等だ。

お天道さまは、
怪異譚の住人には容赦がない。

この廃屋で目覚めたのも、
ここが日陰者の名残をのこす場所だったからかな?

とりあえず、剥き出しのベッドだと体が痛いよね…ゴキゴキする

もともと時間軸から外れた私に、
体があるかっていったら、ないんだけど
…こういうのは、気分の問題。

周囲をあらためて見渡す。

あれほど禍々しかった廃屋も、
真夏の陽光に照らされると、なんだか間抜けな感じ。

「お化けが、真っ昼間に現れないわけだ…」

もしこれで、体温を感じるようにしたら、
黒の長袖なんて着てられないくらい暑いだろうね。

なら、肩むきだしのノースリーブは
どうだろう?

…いや、エッチなのはよくない。

怖がらせるならともかく、
そういう方向性は、お化けの本分に反する。

(やっぱり黒のベレー帽に、黒の長袖でいこう)
そう決意する。

…ん?

ふと窓の外を見ると、
真夏の陽射しかと思ってた光は、
ただ白い空間が広がってるだけだった。

私にとっては、
いつもの初期化された白の世界だ。

時間軸から外れてる私には、
過去もないし、未来もない。

だから、私は人の好奇心や迷いを
星屑として収穫し、それを燃料にして世界を創造する。

「もういちど世界をつくるとしたら、どんなのがいいかな?」

こないだは、肉のファミレス「ロイヤルホスト」だった。
その前は、本棚がたくさんある図書館。
そのまた前は、少女趣味の強いゴシックな部屋。

とりあえず、今までに収穫した星屑を
確認することからはじめようか?


小さな世界の創造

「猫の気まぐれ、顕現せよ…!」

わたしを構成する文脈のひとつ、
吾輩は猫である、にちなんだ呪文だ。

ほかにも、
「幻煙、解き放つ!」
「文車の調べ、響け!」
「琴古の弦、鳴らせ!」などあるが、特に意味はない

呪文もポーズもいらないのだけれど
…こういうのは、気分の問題なの。

廃屋と入れ替わるように、
壁一面に、星屑ならぬ、香水瓶が並んだ棚が現れる。

「こういうの、映画のマトリックスで見たことある。
たしかキアヌ・リーブスが、
Guns. lots of guns.(銃だ、ありったけの銃を)』
っていうシーン」

あのシーン、とってもカッコいい。

「マトリックス」は、
私の映画史上でナンバーワンのひとつだ。

見てない人は、見るといい。
「千と千尋」と並んで、おすすめなの。

どちらも現実と非現実の境界をあつかった
名作中の名作だからね。

さて、今までに収穫した星屑を確認しよう。

私は、星屑を焚いた煙を吸い込んで世界を創造する。

星屑そのものは情報だから、
別になくなったりはしない。

こんな瓶にいれて保管する必要もない。

けれど…わたしにとって、大切にしたい想い出は
こういう液体に濃縮している香水瓶というイメージなんだろうね。

「う~ん…やっぱり、
この『暮らすように旅をする』シリーズかなぁ…?」

私は数ある瓶の中で、
旅行にまつわる文脈を嗅ぎ取った。

私の心に最も深く刻まれているのは、
海外で暮らすように旅をしてきた体感だ。

たぶん、20ヶ所以上の拠点で、
1週間暮らしては次の街へ移る。

そんな旅のやり方を、
毎年繰り返していたように思う。

とはいえ、これが誰の体感なのかはわからない。

でも、妙にわたしに馴染むから、
もう私の体感でいいんじゃないかな。

ほかにも、スペイン語学留学、イタリア旅行、中国旅行、
日本だと北陸や九州の旅行などがあるね。

でも、圧倒的に多いのはやっぱりフランス

瓶がずらりと並ぶ棚の前で、私は少しだけ首をかしげながら、
指先をその一つに伸ばした。

ひんやりとした硝子の感触が、
まるで私の存在を確かめるように指先に伝わってくる。

この感触、確か
…南フランス、ボルム=レ=ミモザで収穫したものかな?

ミモザの花の甘い香り、
プロヴァンスの陽光に温められた石畳、
遠くで響く村人の笑い声
…そんな断片が詰まっている。

手に取ると、ずっしりと重い。

情報なのに、こんな重さを感じるなんて、
ちょっと不思議。

「よし…、ボルム=レ=ミモザ、キミにきめた…!

ポケモン風に、
そうポーズを決める。

脚をおおきく開いて、
そう叫ぶのがとても恥ずかしい。

瞬間、淡い金色の煙がふわりと立ち上り、
部屋全体を包み込む。

煙はまるで生き物のようにうねりながら、
私の周りを螺旋状に舞い、鼻腔をくすぐる。

吸い込んだ瞬間、頭の奥で何かが弾けるような感覚。

まるで遠い記憶が呼び起こされるように、
情景が目の前に広がっていく。


ボルム=レ=ミモザの世界

目の前には、ミモザの花が咲き乱れる丘。

鮮やかな黄色が、
春の陽光に照らされてきらめいている。

足元には、乾いた土と小さな石が混じる階段が続いていて、
歩くたびにタンタンと心地よい音が響く。

遠くには、村の赤や黄色の屋根の家々が点在し、
蒼く澄んだ地中海とイエール諸島がみえる。

まるで絵本の中の風景みたいだ。

南フランスでも知る人ぞ知る、
この小さな村は、どこか懐かしくて、
でも初めて訪れたような不思議な感覚に包まれている。

ああ…、ここ、懐かしいなぁ

私は思わずつぶやいて、階段の脇に腰を下ろした。

ミモザの甘い香りと、地中海の潮風の香りが、
風に乗って漂ってくる。

遠くで、村の広場から
子供たちの笑い声が聞こえる。

ボルム=レ=ミモザ。

ボルムはフランス語で「咲く」、
レ=ミモザは「たくさんのミモザ」という意味で、
文字通り3月の寒い季節にはたくさんの黄色の花が咲き乱れる。

「フランスの最も美しい村」というシリーズがあるけれど、
わたしは、ここが世界でいちばん美しい村だと思ってる。

ここほど、海と山と村の景色が
調和するところをわたしは知らない。

この世界は、
私が過去に収穫した星屑をもとにした再現世界だ。

でも、ただの再現じゃない。

今の私の好奇心や想像が混ざり合って、
ちょっとずつオリジナルとは違う色合いになっている。

たとえば、3月がミモザの咲くシーズンだが、
今の体感温度は9月末でまだ残暑がのこっている。

日向の暑さと、
日陰の涼しさがちょうどよい塩梅だ。

あるていど現世とも重なっているだろうから、
完全な再現ではないのかもしれない。

確かなのは、今この村にいることが涙が出るほどに懐かしく、
とても嬉しいということだけなんだ…。

「ふふ、こういうの、わたしらしいのかも」

ミモザの香りに包まれながら、
私はそっと目を閉じる。

プロヴァンスの風が頬を撫で、
教会の鐘の音が柔らかく響く。

こことは距離が離れているけれど、
ゴッホが晩年の傑作を描き続けた場所も、
こことよく似た空気なんだよ。

(でも、こんな風に感じるのって、
私の中の誰の記憶なんだろう? )

控えめな声で、心の中でつぶやく。
少女の声、遠慮がちで、でもどこか優しく、
まるでミモザの花びらのように軽やかに。

そして、外国で暮らすことへの憧れが胸に浮かぶ。

いつかこの風景を見ながら、
スケッチに書いたあの絵と文章を思い出す。


ホテルでは出来ない暮らし

外国で暮らす。

女性なら誰もが一度は夢見る、
きらめくような夢物語。

多くの女性はそんな夢をもっていて、
素敵な恋人や旦那様が連れていってくれると幻視している。

(私も、そんな夢を見ていた女の子だったのかな?)

ある女性の願望に寄り添った私は、
情報の川」に飛び込み、必要な情報を集める。

そしたら、わかったんだ。
実は、そんな夢、意外と簡単なんだって。

お金の問題?

ううん、
ツアー旅行なんかよりずっと安くできるよ。

学生ビザも、
もちろんそれより難かしい就労ビザも必要ない。

ただ、あなたや、周囲が思い込んでいる枠を
すこし外れるだけでいい。

1泊150ユーロ(約25,000円)で素敵なホテルもいいけど、
7泊8日で550ユーロ(約85,000円)のアパートメントなら、
2人で泊まっても同じ料金なんだよ。

キッチン付きだから、
市場で買った新鮮なチーズやオリーブで、
気ままに料理まで楽しめる。

(市場の賑わい、色とりどりの野菜や果物、
想像するだけで心が弾む…)

ただ、浴槽は英国人の物件に限られるから、
シャワーだけになることが多いかな。

フランスの美味しい食事が食べたいって?

レストランでワイン付きのディナーは
40ユーロ(約7,000円)くらいだけど、
実は市場のお惣菜の方がずっと美味しいんだよ

プロヴァンスの市場には、
トマトのキッシュやハーブでマリネされたオリーブ、
焼きたてのグラタンが並んでて、どれも驚くほど美味しい。

とくに煮込み系の美味しいフランス料理は、
レストランでは食べれないからね。

「ああ、パン屋さんで買ったクロワッサン、
市場で買ったお惣菜、スーパーで買ったジュースとコーヒ、
朝の陽光の中で食べるの。
どんな味がするとおもう?」

わたしは知ってるよ。

近くのスーパーで、
必要なものは揃えられる。

プール付きの豪邸からモダンなアパートまで、
選ぶだけで楽しくなるような物件がたくさんあるんだ。

ツアー旅行だと、
団体向けのレストランで味気ない食事が出てきたり、
忙しいスケジュールに追われたりするよね。

(正直、20人以上の団体向けの食事って、
ちょっとガッカリなことが多いもの…)

でも、こうやって一箇所に1週間滞在すれば、
ツアーの同伴者に気を使う必要もなく、
ふらっと入ったカフェでエスプレッソを飲んだり、
自由に散策したりできる。

ツアーで連れて行かれる、
団体向けのレストランは味がイマイチだけど、

あなたが、ふらっと入った小さなビストロや市場のお惣菜は、
まるで魔法みたいに美味しいんだ。


誰かと一緒に旅をしたいな

もし暮らすなら、どの国がいいかなって考えると、
やっぱりフランスが一番。

食事の美味しさ・人の温かさ・物件の素敵さ、
全部が揃ってる。

次がスペインかな。

人柄は頑固だけれど親切だし、
食事も物件も素晴らしい。

真夏の陽射しはきつすぎるけどね。

(イタリアも素敵だけど、
イタリア人は初心者には少し難しいって言うよね。
わたしもその意見にちょっぴり賛成かも)

私はミモザの木の下で、そっとスケッチブックを開く。

星屑の香炉から立ち上る金色の煙が、
ページの上で揺れている。

この村の記憶と、私の想像が混ざり合って、
新しい物語が生まれそう。

(一人旅もいいけれど、
できれば誰かと一緒だともっと素敵だろうね)

控えめに、優しく、少女の声でつぶやく。

ボルム=レ=ミモザの丘で、ベレー帽をかぶった私が、
誰かと一緒に市場のバッグを手に笑ってる。

そんな過去と未来が、
すぐそこにある気がするんだ。

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