なぜ「役に立つ学問」は日本を破滅へと導いたのか?|灌仏会の料理と甘茶、そして釈迦の誕生日の手触り
瀬戸内の
穏やかな海に浮かぶ、
この小さな島。
春の陽光に包まれた
神社の台所を借りて、
私は今、
花祭り(灌仏会)の料理を
仕込んでいる。
窓からは
瀬戸内の青い海と、
満開の桜が散らす
淡いピンク色が、
台所には、
少しずつ蒸し上がる
餅米の甘い匂いと、
春の湿った風が入り混じっている。
大きなボウルの中で、
摘んできたばかりの野草を洗う。
指先には、
山菜のほろ苦いアクの感触。
土のついた芹を
洗う水の冷たさが、
少しずつ春のぬるみに
変わっていくのがわかる。
トントン、と
まな板が刻むリズムに合わせて、
外では
うさぎたちが跳ね、
その柔らかな毛並みが
陽光を反射して輝いている。
ねえ、
あなたは
本当に「実学」なんてものを
信じてる?
「役に立つ」
「合理的である」
「国を豊かにする」
そんな
耳ざわりのいい言葉に、
私たちは
どれだけ騙されてきたんだろう。
お釈迦様の誕生を
祝うこの日に、
私は
甘茶の準備を
しながら思う。
江戸時代に花開いた、
あのきらびやかな
「新しい学問」たちのことを。
一見、合理的で
日本的で、
いかにも私たちの味方のように
見えるけれど、
その実、中身は
とんでもなく
危うい代物だとしたら?
包丁の手を止めて、
五感で感じてみて。
1.台所の床がひやっとする「新学問」
江戸時代、
官学である朱子学を
気に食わない人たちがいた。
伊藤仁斎は
『論語』の本当の意味を探そうとし、
荻生徂徠は
古代の言葉に
真理を求めた。
中江藤樹や
熊沢蕃山は
「心」の躍動を重んじる
陽明学に心酔し、
本居宣長は
「漢意(からごころ)」を捨てて
純粋な日本人の心に
戻ろうと叫んだ。
これ、
現代の私たちが聞くと
古臭い形式を捨てて、
実践的なリアルを追求した、
カッコいい改革に見える。
でもね、
その「実学」や「日本独自の」という
看板の裏側には、
ある
決定的な、
そして致命的な
「欠陥」が隠されているの。
神社の冷たい廊下を
素足で歩くときに感じる、
あの
底冷えするような不安。
2.湯気をつかもうと鍋を忘れた人たち
歴史を
遡ってみよう。
中国の
春秋戦国時代、
いわゆる
諸子百家の時代。
老子や荘子は、
確かに凄かった。
彼らは
言葉になる前の世界、
ドロドロとした混沌や、
名付けようのない実在に
指を触れていた。
台所を
漂う湯気のように、
形を持たないけれど
確かにそこにある「何か」を、
彼らは知っていたんだ。
でも、
彼らは法(ダルマ)には
届かなかった。
ここで言う
法(ダルマ)っていうのは、
お釈迦様が
悟りを開いた後、
あまりの深さに
沈黙しようとしたとき、
梵天が
「どうか言葉にして伝えてください」と懇願した
あの「梵天勧請」の
物語から始まる、
言葉にできないけれど、
言葉にして伝えようとする
釈迦の慈悲のこと。
老子や荘子は、
言葉にする前のなにかを、
比喩や寓話で語ったけれど、
結局は
「世俗なんて馬鹿らしい」と
山に隠れる隠遁にしか
行き着けなかった。
それは、
煮汁に浮かぶ
灰汁(あく)をすくい取るだけで、
肝心の出汁を
取ることを忘れてしまったようなもの。
「慈悲」がない老荘は、
結局、隠遁し
仙人にでもなるしかなかった。
3.春の嵐に桜で立ち向かう
その限界が
モロに出たのが、
三国志から
五胡十六国という、
文字通りの
地獄のような戦乱期。
それまでの
諸子百家の思想。
例えば
「仁」だの「礼」だの言っていた
儒教的な倫理は、
異民族が
攻めてくるような極限状態では、
何の役にも立たなかった。
だって、それらは
同じ文化、同じ常識を共有している
仲間内でしか通じない
ローカルルールだったから。
春の嵐が
吹き荒れるとき、
繊細な桜の花びらでは
風を防げないのと同じだ。
そんな中、
唯一機能したのが
西方世界より舞い降りた
仏教だった。
なぜか?
仏教には
「不殺生戒」という、
あまりにもシンプルで
強力なブレーキがあったから。
どんな理由があろうと、
殺してはならない、
という
絶対的な明記。
言わなくても
分かるでは駄目なんだ。
はっきりと
明記されているから、
言葉も文化も違う者たちが
殺し合う荒野で、
唯一の
共存のルールとして機能した。
三国志以降の歴史が
証明しているのは、
「実学」ではなく
「殺してはいけないという明記」こそが
平和を
作ったという事実。
それは、
真っ暗な海で回転する
灯台の光のように、
誰の目にも明らかな
「慈悲」だったんだ。
4.「考えるな、感じろ」が強すぎた宋の時代
やがて隋唐の時代、
仏教は
全盛期を迎えるけれど、
同時に「外来思想」としての
風当たりも強くなる。
そこで、
仏教は生き残るために
中国古来の老荘思想と合体した。
それが「禅」の始まり。
言葉なんていらない、
頓悟で掴め!
という禅のスタイルは、
科挙を目指すインテリ層に
爆発的に広まった。
私の指先が、
煮えたぎる鍋の温度を
直感的に察知するように、
彼らは
「論理」をすっ飛ばして
「真理」に触れようとしたんだ。
でも、
ここが落とし穴。
禅は、
仏教の核心である
法(ダルマ)と「慈悲」を保ちながらも、
その表現を
極めて中国的、
あるいは
老荘的な世界へと
シフトさせてしまった。
これが、
後の宋学、
そして
日本の江戸時代の
「新しい学問」へと繋がる、
ボタンの掛け違いの
始まりになる。
5.出汁は仏教、味付けはオリジナルと言張る
宋の時代。
北からの
異民族に圧迫され、
南へ南へ
逃げ落ちた知識人たちは、
必死で
「自分たちの正しさ」を
証明しようとした。
それが宋学。
朱熹の
朱子学や
王陽明の
陽明学だ。
奇妙なことに、
彼らは
禅のテクニックや
深い内省の構造を
たっぷりと盗み取りながら、
口では
仏教なんて
虚無の教えだ!
外来の
まがい物だ!
と猛烈に叩いた。
これって、
すごく格好悪い。
自分を育ててくれた親を
否定しながら、
その親の遺産で
商売をしているような自己矛盾。
出汁を
仏教から取っておきながら、
このスープの旨味は
俺のオリジナルだと
言い張る料理人のようなものだね。
その不誠実さと
自己矛盾が、
宋学という
学問の背骨を歪めてしまった。
6.ブレーキ外してアクセル全開の「正義」
この歪みから生まれた、
最大かつ
最悪の欠陥。
それは、
仏教があれほど
厳格に明記してきた「不殺生戒」を、
彼らが
捨て去ってしまったこと。
宋学は
「殺すな」とは言わない。
その代わりに
正義(理)や
大義名分を持ち出した。
正しい理由があるなら、
正しくない奴を正す(排除する)のは
当然だという論理。
これが、
ブレーキのない
エンジンの正体。
仏教のブレーキを外し、
代わりに
「正義」という名の
アクセルを
ベタ踏みにする構造。
これこそが、禅から
「不殺生戒」という
ブレーキだけを抜き取った、
危険な知性の
完成形なんだ。
砥石で
刃を研ぎ澄ますように、
彼らは
「正義」を磨いたけれど、
その刃を
鞘に収める方法を
忘れてしまった。
7.「朱子学はダメ」と言いながら
そして、
その構造は
そのまま海を渡り、
日本の江戸時代へと
引き継がれる。
伊藤仁斎も、
荻生徂徠も、
本居宣長も、
みんな
朱子学を「理屈っぽくてダメだ」と批判したけれど、
やってることは同じだった。
仏教を
「外来のもの」
「現実離れしたもの」として疎外する。
「不殺生戒」という、
理屈を超えたブレーキを明記しない。
仁斎は
『論語』に回帰し、
宣長は
『古事記』に回帰した。
でも、
そこにあるのは
「古き良き日本の心」や
「実践的な実学」ばかりで、
「どんな正義があろうと殺してはならない」という、
自分たちを縛るための
絶対的な鎖は、
どこにも明記されていない。
方向性は違っても、
みんな
「ブレーキが壊れている」という点では、
見事に一致していた。
春の潮風に
吹かれて、
神社の鈴が
チリンと鳴る。
その音の
清らかさの影で、
彼らは役に立たないと
「慈悲」を切り捨て、
役に立つ
合理性だけを磨いたんだ。
8.走り出したら止まらない「合理性」
こうした
「江戸の新学問」は、
明治以降、
日本の近代化を予見した
進歩的な実学として
絶賛されることになる。
でも、
その正体は何?
それは、
「利益」や「実学」を最優先し、
それを止めるための
ブレーキを持たない欠陥思想。
だからこそ、
日本は「損切り」ができなくなった。
国を豊かにするために
海外へ進出する。
守るために攻める。
これだけ犠牲を払ったんだから、
元を取るまで止められない。
ブレーキのない思想は、
一度走り出したら、
自分たちが破滅するまで
止まれない。
江戸の知性が
育てたのは、
残念ながら
立ち止まる勇気ではなく、
走り続けるための
正当化だったの。
それは、
斜面を転がり落ちる
雪玉のようなもの。
最初は
小さな「実理」だったはずが、
いつの間にか
誰も止められない
理性という名の「狂気」に成長してしまった。
9.二千年前にやらかした道を、もう一度
結局のところ、
江戸の「実学」は
進歩どころか、
二千年前の
「失敗した思想」への
逆戻りだった。
三国志の時代に、
殺し合いを止めることができなかった
諸子百家の限界。
異民族との戦乱の中で
機能しなかったローカルルール。
正義を掲げて
暴走するロジック。
歴史が一度
「これじゃダメだ」と
捨てたはずのものを、
彼らは
「これこそが日本人の実学だ」と言って
拾い上げ、
さらに強化まで
してしまった。
仏教に明記されている
「不殺生戒」を外すことで、
それは
より制御不能で、
より凶暴なものになった。
「役に立つ」
という言葉の裏側に、
どれほど冷酷な
排除の論理が隠されているか。
結び
危険だなんて、
考えすぎだよ。
って
あなたは
笑うかもしれない。
思い出してみて。
「戦争はいけない。
でも、家族を守るためには仕方ない」
「侵略される前に、
手を打たなければならない」
「これだけの予算と犠牲を出した以上、
元を取らないと」
「殺される前に
殺さないと、
故郷や家族が
滅ぼされてもいいのか?」
物語や映画で、
聞き飽きるほど耳にしてきた
テンプレート。
でもこれは、
フィクションじゃない。
日露戦争、
日中戦争、
さらに太平洋戦争へと
突き進んでいったとき、
かつての日本で、
ごく普通の
「真面目な日本人」たちが、
真顔で
口にしてきたことなんだ。
そして、
悲しいことに、
今の国際情勢でも、
まるで
新しい発見であるかのように
同じセリフが繰り返されている。
「実学」で利益を優先して
合理的に動く。
それは、
すごく理性的なことに
聞こえるんだろうけど、
実は
「損切りができない」
「奪われる前に奪えばいい」
と言っているのと
変わらないんだよ。
だって、
そこにはブレーキがないんだから。
なぜ
諸子百家の実学が、
三国志という地獄を
終わらせられなかったのか。
なぜ
五胡十六国の終わらない戦乱が、
仏教の普及とともに、
ようやく
隋唐の統一へと
向かうことができたのか。
なぜ
聖徳太子は、
当時の最新の知性として、
法隆寺を建立し
仏教を
政治の中枢に据えたのか。
それは、
実学と利益を優先すれば、
最後には
みんなで殺し合い、
奪い合いになるという
「理性的な狂気」に
陥ることを知っていたから。
その狂気の中で、
たった一人
それはおかしくない?
と、言えるのが
仏教だけだったからなんだ。
仏教は、
お釈迦様の「梵天勧請」
…あの、
言葉にできないものを、
それでも伝えようとする
震えるような慈悲から
出発している。
みんなが
実学と利益の熱に浮かされて、
どこか心の奥底で感じている
「何かおかしい」という違和感。
その違和感を、
ちゃんとカタチにできるのが
仏教の
法(ダルマ)なんだ。
窓の外では、
うさぎたちが
眠そうに目を細めている。
鍋の中では、
野菜たちが柔らかく煮えて、
甘い香りが
台所いっぱいに広がっている。
私は
火を止めて、
最後の
一仕上げに、
少しだけ
お塩を振る。
指先に伝わる
野菜の柔らかさ、
立ち上る
温かな湯気。
実学だの
利益だのと口走る前に、
まずはこの、
指先に
伝わる確かな
命の感触に触れてみて。

さあ、
花祭りの料理ができたよ。
甘茶を
器に注ぐ。
まずはその温かさを、
両手でしっかり感じてみて。
参考資料
1. 江戸思想・国学・神道の原典
伊藤仁斎『論語古義』『孟子古義』
(出典:岩波文庫『日本思想大系33 伊藤仁斎・伊藤東涯』)
内容: 朱子学の空理空論を排し、孔子・孟子の原義へと回帰する「古義学」を提唱。人倫の実践を重んじる。
使用箇所: 7章、江戸期新学問の構造(朱子学批判と実践重視の文脈)。
荻生徂徠『論語徴』『弁道』
(出典:岩波文庫『日本思想大系36 荻生徂徠』)
内容: 「道」とは政治的な治国安民の策であると定義し、言葉の歴史的変遷を重視する「古文辞学」を確立。
使用箇所: 7章、実学としての政治回帰の文脈。
中江藤樹・熊沢蕃山(陽明学)
(出典:岩波文庫『日本思想大系37 中江藤樹・熊沢蕃山』)
内容: 心即理、知行合一を説き、既存の形式よりも心の誠実さと実践を重んじる。
使用箇所: 1章、7章、実践的陽明学の導入。
本居宣長『古事記伝』
(出典:岩波文庫『本居宣長集』)
内容: 「漢意(からごころ)」を徹底的に排除し、古代日本人の素朴な感情(「もののあはれ」)への回帰を説く。
使用箇所: 7章、日本的回帰と排仏・排儒の文脈。
平田篤胤『霊能真柱』
(出典:『日本思想大系45 平田篤胤』)
内容: 幽冥界の支配と日本神話の絶対化を説き、復古神道を政治的な力へと押し上げる。
使用箇所: 7章、神道系思想の構造的同一性。
2. 禅・老荘
『臨済録』
(出典:岩波文庫)
内容: 「殺仏殺祖」に象徴される、既成の概念破壊と直観的悟り(頓悟)の強調。
使用箇所: 4章、禅の変質と直観重視の文脈。
『荘子』内篇
(出典:岩波文庫)
内容: 「渾沌」の比喩など、名付けられる前の実在(道)への接触と、隠遁的な無為自然。
使用箇所: 2章、言語以前の世界の描写。
3. 歴史資料・研究レポート
『三国志』魏書・五胡十六国時代の仏教受容記録
(出典:ちくま学芸文庫『中国思想の歴史』、鎌田茂雄『中国仏教史』)
内容: 異民族統治者(石勒など)が仏教僧(仏図澄)を重用し、不殺生戒を統治の核に据えた経緯。
使用箇所: 3章、戦乱期における仏教の有効性の証明。
丸山眞男『日本政治思想史研究』
(出典:東京大学出版会)
内容: 朱子学から徂徠学への移行を、近代的な「作為」の論理の誕生として分析。ただし本稿ではその「ブレーキなき近代性」を危惧する視点として採用。
使用箇所: 8章、9章、実学が近代化の準備となったとされる学説の再解釈。
子安宣邦『宣長と篤胤』
(出典:岩波現代文庫)
内容: 国学における「排除」の論理と、それが他者(異質な存在)をどう位置づけたかの批判的考察。
使用箇所: 7章、9章、国学の構造的欠陥。
梵天勧請『マハー・ヴァッガ』(大品)
(出典:『原始仏典』第1巻、春秋社)
内容: 釈迦が悟りの後、伝えることの困難さを思い沈黙しようとした際、梵天が現れ説法を乞うた(梵天勧請)記録。
使用箇所: 2章、結び。慈悲と法の出発点。
