見出し画像

精神病院でのこととか。(その1)

突然だが、皆さんは「精神病院」と聞いてどんな場所を思い浮かべるだろうか。
鉄格子のはまった狭くて暗い牢屋のような病室で、心を病んだ患者たちが24時間監視され、管理されている…そんなイメージだろうか。

私も自分が入院してみるまでは、大体そんな印象を抱いていた。

精神科への入院には主に4つのタイプがある。

  • 措置入院

  • 緊急措置入院

  • 医療保護入院

  • 任意入院

私の場合は「自傷他害(自分や他人を傷つける)の恐れ」が著しい という項目が該当し、「措置入院」として搬送先の救急病棟から、当時私が通っていたメンタルクリニックの親病院である某病院へそのまま入院となった。
緊急搬送先で手当を受けたとはいえ、まだ認知の歪みが残っていた私は、自分がコロナではないという事実を認められず、付き添ってくれた両親に「近寄らないで、感染るから…」と虚ろに繰り返していた。

急性期病棟の金属製の分厚くて重い扉の前で、看護師さんに
「ここから先は面会出来ません。言い残したことはありませんか?」
と問われたのを覚えている。
のちに、両親が「助けてやってください、優しい子なんです。」と頼んでいたことを看護師さんが教えてくれた。
そこから先は、暗くて重い暗褐色の思い出だ。


緊急搬送先の病院で「コロナ陰性」と診断を受けたものの、私の微熱は下がらなかった。
(本当に何だったんだろう、あれ。)

当時のコロナ対応は、猫も杓子も「熱がある者はとにかく隔離せよ」という雑な認識だったので、わざわざレントゲンを撮って肺にコロナの影響がないことが確認されたにも関わらず、私は隔離病棟の中厳重体制下の元管理された。
食事と薬の投与以外は外部との接触は一切許されず、出入りの看護師さんたちも上から下まで防護服をフル装備した完全防御体制。

「私はコロナなんです!死なせてください!」と暴れる私をベッドに押さえつけて、そっと涙を拭ってくれた看護師さんは、今どこで何をしていらっしゃるだろうか。

明かり取りの窓がひとつと看護助手さんとのやり取り用の窓口以外は出口のない、コンクリートで固められた部屋。ギシギシと軋むベッド。
その中で私は、約2週間もの期間を過ごしていたらしい。その間、シャワーを浴びることさえ許されなかった。

発見されるまで血の海に浸かっていた間、髪の毛が床に貼り付いていたらしく、無理やり床から体を引き剥がしたため私の髪の毛は一部むしれて傷が出来ていた。今は、新しく生えた髪の毛に覆われて全く見えない。
流石は病院、些細な怪我も見逃さず丁寧に包帯を巻いてくれたはいいものの、食事の際に邪魔になるので、結局いちいち外すのが面倒で自分で捨ててしまった。
因みに、私が手首を切った場所が台所のフローリングの床だったため、母が必死で血を拭ってくれたお陰で当時住んでいたアパートをかろうじて事故物件にせずに済んだ。これ以上親不孝な話もなかなかない。

この辺の記憶は物事の前後が曖昧になっているのでどのタイミングだったのかは正確には分からないのだが、一度だけ病院の電話の子機を使って、実家に電話することを許された。

両親は電話に出なかった。

「なんでわたしをたすけたんですか
どうせわたしはコロナでしぬんです
たすけてくださったこと、ありがたくおもえません
うらんでいます。」

私はそう、留守番電話に一方的に言って電話を切った。

私に受話器を渡した看護師さんが、気まずそうに目を伏せたのを今でも覚えている。

その時の私を支配していたのは、正真正銘の「絶望」だった。
未来なんて、2度と来ないと思っていた。

いいなと思ったら応援しよう!