異国で生きるという選択——守られない場所で見つけたもの
🌑 綺麗な話ではない
「自分の人生を、自分の足で歩いてみたかったから」 そんなふうに言えば、聞こえはいい。 でも実際は違う。
自分の居場所がわからなかった。
存在する意味も、価値も、見えなくなっていた。
だから、海外に出た。
逃げたわけじゃないけれど、 探す場所を変えたかっただけだ。
🌍 守られていない場所に身を置く
海外で暮らすようになって、 “守られていない”という感覚が日常になった。 制度も言葉も文化も、どこか自分のものではない。 誰かが代わりに守ってくれるわけじゃない。 だからこそ、自分で選び、自分で立つしかなかった。
🧭 現地採用という立場の現実
駐在員でもない。 企業に守られているわけでもない。
現地採用という働き方は、自由と引き換えに、保障の少ない立場だ。
発展途上国では、社会保険に加入していても、老後の保証はほとんどない。
年金制度が未整備だったり、制度があっても実効性が乏しい。
日本との社会保障協定がない国では、保険料を払っていても将来につながらない。
つまり、働いていても“老後の安心”は保証されないのが現実だ。
🌿 孤独の中で見えてきたもの
守られていない場所にいると、 人のやさしさが、より鮮明に見える。
近所の人の一言、同僚の気遣い、 家族の存在——それらが、支えになる。
制度ではなく、関係性で生きている感覚。
それは、都市の中の小さな村のような安心感をくれる。
🔄 生き方を、自分で選び直す
日本にいた頃は、 「こうあるべき」「こうすべき」という空気の中で生きていた。
でも今は、 「どう生きたいか」を自分に問いながら暮らしている。
それは、怖さもあるけれど、自由でもある。
誰かの正解ではなく、自分の納得を探す日々。
そして、こう思う—— これでも、自分で選んだ道だ。
誰かに決められたわけじゃない。
自分で選んだからこそ、踏みしめるしかない。
🙏 守られていないけれど、ここにいる
完璧な安心は、ここにはない。
でも、だからこそ、 今日も無事に過ごせたことが、心からありがたいと思える。
守られていない場所で、 それでも生きていくという選択は、 静かだけれど、確かな強さをくれる。
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