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yukihi6
【せりふ三題噺】どうしてここにいるの?|金木犀.駄菓子.ブーツ|ショートショート
金木犀が夜に咲くのは、月がその香りを欲しがるからだと、昔 誰かが言っていた。
その晩、少女はひとりで月の光を追っていた。
駄菓子屋の前に、ひとつのブーツが落ちていた。
片方だけ。
けれど、泥ひとつついていない。まるで、今しがた月の中からこぼれ落ちたようだった。
「どうしてここにいるの?」
少女が問いかけると、ブーツの口がわずかに動いた。
「……月のひとが、帰ってこないんだ。」
ブーツの声は、風みたいにかすかだった。
少女は首をかしげた。
「帰るって、どこに?」
「空の向こう。金木犀の花の道を通って、凱旋門のような月の門をくぐるの。
でも——あのひとは、もう帰り道を忘れてしまった。」
少女はそっとブーツを抱えた。
駄菓子屋の灯りが、金木犀の影に滲んでいる。
ふと、幼いころの記憶がよみがえった。
あの秋の日、誰かと約束をした。
——「また金木犀が咲く頃に会おうね。」
次の瞬間、風が止んだ。
花の香りが濃くなり、少女の頬を月光が撫でた。
足元を見ると、もう片方のブーツがそこにあった。
履いてみると、ふわりと身体が浮かぶ。
見上げた空の中に、金木犀の花びらが渦を描いていた。
その渦の先に、月の門がひらく。
少女は振り返らずに言った。
「ありがとう。もう一度、会ってくるね。」
そして彼女は、金木犀の光の道をのぼっていった。
駄菓子屋の前には、ほんのりとカスタードのような甘い香りだけが残った。
了

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