【アマノ文筆クラブ】ありがとう0円|ショートショート
タイトル:ありがとう0円
地方都市のはずれにある、古びたバスターミナル。
自動販売機は釣り切れ、売店は午後三時で閉まる。
だけどそこにだけ、世界のほころびみたいな風が吹いていた。
時刻表の一番下。
誰も気づかない小さな文字。
《行き先:未定 運賃:ありがとう0円》
「面白い冗談だよね」
私はスマホで写真を撮った。
バズるかな、なんて思いながら。
そのとき、角のベンチに“それ”がいた。
黄金の角を持つ鹿。
静かで、気高くて、目が星みたいに深い。
ケリュネイアの鹿。
ギリシャ神話に出てくる、捕まらない聖獣。
なのに今、普通にバスターミナルの屋根の下で、
雨宿りしている。
「……え、CG?」
鹿は首を傾げる。
そして、ゆっくりと立ち上がった。
バスが来る音はしない。
でも、風だけが発車ベルみたいに鳴った。
鹿が振り向く。
その瞬間、私は分かった。
これは“乗車案内”だ。
面白いかどうかで、人生を選べ。
私は財布を開いた。
小銭しかない。
でも、運賃は0円。
必要なのは、ありがとうだけ。
「ありがとう」
口に出した瞬間、世界が反転した。
バスターミナルは夜空に変わり、
ベンチは雲になり、
鹿は星々の間を駆けていく。
私はその背にまたがっていた。
「うそでしょ、面白すぎるんだけど」
鹿は走る。
星屑を蹴り上げながら。
捕まらないはずの聖獣は、
“面白い”を選んだ人間だけを乗せる。
やがて地上が見えてくる。
見慣れた街、見慣れたバスターミナル。
何事もなかったように、
時刻表はいつもの表示に戻っている。
でも、ポケットの中に一枚の紙。
《次の発車も、ありがとう0円》
私は笑った。
世界は、たぶん思ってるより
ずっと面白い。
運賃は、ちゃんと払った。
ありがとう、で。
了

*下記企画に参加させて頂きました*
☆次の作品はこちらです↓↓↓
前回の作品はこちらです↓↓↓
最後までお読みくださり、ありがとうございます😊すず
いいなと思ったら応援しよう!
読んで下さりありがとうございます!励みになります!