最後の一矢と、セピア色の午後
仕事で車を走らせているはずの私は、目の前で起きている「口座の急激な減少」を、すぐには受け入れられずにいた。
ラジオから流れる大統領選のニュースなど、もはや他人事だった。
何とかして元に戻す術はないか。私はあらゆる通貨ペアのチャートを凝視し、手元に残った心もとない「最後の一矢」を放つタイミングを、獲物を狙う獣のように、あるいは祈るような気持ちで待ち構えていた。
ここ数ヶ月、数週間。私は「安易なエントリーは厳禁だ」と、自分に何度も言い聞かせてきたはずだった。
いくつもの根拠を重ね合わせ、慎重に、綿密に積み上げてきたからこそ、今の残高があった。
だが、冷静さを完全に失った今の脳が弾き出すポイントに、戦略など皆無だった。
それは市場に網を張るような知性的なものではなく、あまりに稚拙で、あまりに安易な、ただの「逃避」だった。
私は、もがき苦しんでいたあの頃、勝ち組たちに何度も地獄へと蹴落とされてきた「あの場所」に、自ら立っていた。
震える指先が、数時間前まで「天国への入り口」だと信じていたスマホの画面に触れる。
力強さなど微塵もない、微かなタップ。
逆転の希望を乗せて放たれた一矢は、目標に届くどころか、無慈悲に逆行するチャートの風に煽られ、フラフラと失速していった。
そして、そのまま「地獄」という名の地面に、音もなく突き刺さった。
車内で呆然とする私の目の前には、色彩を失ったセピア色の世界が広がっていた。
コツコツと積み上げてきたあのミルフィーユは、ほんの数時間の狂乱で勝ち組たちに踏み潰され、もう二度と食べることのできない、無惨な泥の塊に変わっていた。
肩には、上司から課せられた業務が重くのしかかっている。
だが、ハンドルを握る手は鉛のように重く、アクセルを踏み込む気力は、足の先まで届かない。
数分間という時間が、永遠のように長く、ゆっくりと感じられた。
ラジオは依然として、トランプだ、ヒラリーだと、私の傷口を抉るように騒ぎ立てている。
最後の一矢を失ったスマホをふと覗くと、あれほど狂喜乱舞していたチャートが、何事もなかったかのように静かに凪いでいくのが見えた。
嵐は去ったのだ。
だが、私の未来へと続いていたはずの階段は、二度と元の形に戻ることはなかった。
世の中のニュースがトランプ一色に染まる中。
すべてを失ってもなお、私の中に潜む「何か」は、まだ死に絶えてはいなかった。
勝ち組たちにやり返したい。このまま負けを認めて、二度と近づかないと割り切るほど、私は賢くはなかった。
か細く、今にも消えそうな線香花火のような情熱が、再び私を突き動かす。
その火種は、私をあの「通い慣れた銀行のATM」へと、再び向かわせるのだった。
