「タフだね」と言われる私
「タフだね」
「結構体力あるよね」
職場で私は度々こう言われる。
私の仕事はデスクワークではなく、身体を動かす仕事。
一緒に働いている人に、そう言われるのだ。
・・・そうですか??
私、自分がタフだと思ったことも体力があると思ったこともない。
だって走ったら10秒で息が上がる。
冗談抜きに。本当に。
しかも「タフな人」ってもっと自分に厳しい印象がある。私の勝手な想像だけど。
対して私は自分に甘い。甘すぎる。
糖分は自給自足できるかもしれない。
なのになぜ「タフ」と言われるのだろうか。
多分、顔に出ないからだと思う。
疲れることは勿論ある。
でも「疲れた」という感情を顔に出さないのだと思う。
「疲れないんですか?」と後輩ちゃんから聞かれたこともある。
「ポーカーフェイスだね」と言われたこともある。まあこれは半分冗談みたいな雰囲気だったけど。
一方で親しい人からは「すぐ顔に出るよね」と言われるのは私の不思議な部分だ。
機嫌や感情が顔にすぐ出るらしい。
何故だ。そんなの子供っぽすぎるじゃないか。
自分が頑張っている姿というものを見せるのは苦手だ。
頑張っている様子、頑張っている表情。
他人の頑張っている姿を見るのは好き。
でも自分が頑張っている姿というものを無意識に隠している気がする。
学生時代、「自習」の時間が嫌いだった。
人の目がある場所で勉強ができなかった。
家ではやるのに。
・・・「影の努力」みたいなのが好きだったのかもしれない
だからといって、他人から「やる気がない」だの「頑張ろうとしていない」だの言われるのは心外、いや、不愉快だが。
我ながらめんどくさい。
そう思われる行動をしているのは他でもない自分なのに。
よくよく考えてみたら「自分意外と疲れないのかな」と思う部分もある。
身体的体力(持久力とか)はない。
基本的に甘々生活を送っていると自覚しているが、自分の本気に対してはタフなとこもあるのかなーって。
自分が心から「やりたい」と思ったり、「やろう」と決めたことに関してはかなりタフかもしれない。
睡眠時間を削ったり、予定を詰め込んでもやる。
「学校があるから~」とか「仕事があるから~」という理由で諦めたことはなかった。
本気で「したい」と思っていることに対してできない言い訳を付けるのは嫌いだから。
今の仕事も、別にやりたい仕事ではないけれど、一応「やるぞ〜」くらいの気持ちはあるので、自ずと多少はタフな雰囲気になれるんだろうな。
逆に、「やりたくないな」って思いながら嫌々重たい腰を上げようとしても全然上がらないのは欠点。わかってます。
本気で「やりたくない」って思っちゃうと、たとえ口ではやる気を熱弁していても、本心は容易に滲み出る。
そういうのは誰が見てもわかるくらい表にすぐ出ちゃうのに・・・
こうして「私の不思議」がまた増えていく。
今の仕事は、私の苦手分野である「会話」が最低限でできるというのも理由にある。
「会話」は疲れる。エネルギーを消耗する。
それが最低限で良い、というのは私にとってかなり有難い。
他人とたくさん話したりした日は10時間以上平気で寝るくらいには疲れるから。
仕事で「疲れた」と感じる時も、大抵この「会話」に気を遣った日だなと思い返す。
なんにせよ、「タフ」と言われて悪い気はしない。
こうやって自分を振り返ってみると、思っているよりはタフなのかも・・・という気さえしてきた。
そう思うことは、自分に対するちょっとした自信になる。
他人からの評価を信じることも大事だ。
走れないからといって、「私って体力ない・・・」と思い込むことはやめよう。
今日も涼しい顔をして仕事に行く。
親しい人には「また仕事楽勝、みたいなふりしてるよ・・・」と思われてるのかな、とかは気にしないでおこう。
おわり
