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麗しき五月、その蕾が開く時 —— シューマンをめぐる覚書

 ハインリヒ・ハイネが "Im wunderschönen Monat Mai" (麗しき5月に) と謳った春。シューマンはその詩に寄り添うように《詩人の恋》を書き、同じ5月のモティーフを《ユーゲントアルバム》の中にも静かに埋めた。
 アラベスク動機(C# - B - G# - F#)—— 長6度を含むその旋律の輪郭は、2つの作品をひそかに結びつけている。春と愛と喪失が、シューマンの中で一つの星座をなしている。

 本に囲まれて育ったシューマンは、世界を詩人の眼で見て、詩人の言葉で表現した。ハインリヒ・ハイネ、ジャン・パウル、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ、ミヒャエル・エンデ —— 彼が対話した文学者たちの言葉は、楽譜の中に溶け込んでいる。
 『音楽と音楽家』に収められた〈音楽の座右銘〉は、若い音楽家に向けた文章として今も引用されるが、その文体は「知と感性が織りなすアラベスク」とでも言うべきものだ。読みやすさゆえに文字だけ追ってしまうと、旋律の抑揚しかとらえていない演奏と同じ結果になる —— 学生時代の私自身がそうだったように。

 シューマンの音楽様式を一言で表すなら、内向性だと思っている。密集音程による書法は、感情と人生を調和させることのできない時代の感性の表れであり、ゲーテの『若きヴェルテルの悩み』を音楽として表したかのようだ。
 シューマンがフロレスタンに語らせた「機械を持たない眼が雲か霧かと思っているところに、機械を具えた眼は星をみる」という言葉は、実にロマン派の神秘を突いている。「人間の心の深奥へ光を送ること」は芸術家の使命であり、そのための眼を養うこと —— 読譜と解釈、タッチとペダリング —— は演奏家の仕事なのだ。

 この内向性はオーケストラ作品の「響きにくさ」としても現れる。他声部をよく聴かなければ和声のバランスを整えることが難しく、内声部は常に上下声部の板挟みになる。だからこそシューマンは「合唱に入って熱心に歌うように、ことに中音部を歌うように。そうすると、音楽的になる」と綴ったのだろう。内声部への意識こそが、シューマンの音楽に分け入る入口なのだ。

 《ユーゲントアルバム》は長女マリーエの7歳の誕生日に贈られた家族日記でもある。娘の成長と日常の出来事が音で綴られたこの曲集の中で、ひときわ印象深いのは〈はじめての喪失〉だ。その年の始めに亡くなった小鳥を手にして悲しむマリーエの姿 —— その鳥はちょうど1年後、《森の情景》の中で再び現れる。今度は薄明の中で何か警告めいた存在として鳴くばかり。シューマンの音楽における喪失は、一度訪れたら消えない。形を変えながら、繰り返し戻ってくる。

 ピアノの役割について、フィッシャー=ディースカウは『シューマンの歌曲をたどって』の中でこう記している。「音楽家は詩人の旅路の道づれとなり、プログラムどおりの描写にとどまることなく、黙して語らぬもの、あるいはただ暗示されているだけのものを補足する」。前奏・後奏としてのピアノが「詩の命にわけ入る」 —— この言葉は、シューマンのピアノ音楽全体に通じる本質を突いている。歌曲におけるピアノは伴奏ではなく、もう一人の詩人なのだ。

 デュッセルドルフのハインリヒ・ハイネ研究所には、シューマンやメンデルスゾーンの自筆譜が多数保管されている。細い羽ペンで精緻に描かれた唐草模様のようなメンデルスゾーンの譜面に対し、シューマンの指先からは五線譜からもはみ出すような狂気の迸りが見える。IMSLP (International Music Score Library Project) のオンラインサイトに収められている画像からは伝わらない肉声が、その筆致から聞こえてくる。《ピアノソナタ 第2番》第1楽章のコーダは、まさに狂気そのものだ。

 演奏家として向き合う時、シューマンの作品は常に問いを突きつけてくる。謎めいた言葉を解こうとするのではなく、詩のかたち・詩の鼓動・詩の呼吸を体に取り込むこと。「ファンタージエンで、ねがいの道を最後まで歩く、創造者であり、同時に破壊者でもある勇気と強さがなければ、月の子と手を組むことははじめからさけたほうがいい」 —— ミヒャエル・エンデのその言葉は、シューマンを弾こうとする者への警告でもある。

 「線を引かない日はなし」とは、軍靴の足音を聞きながら筆をとったパウル・クレーの言葉だ。筆致に表れるのはモノの形ではなく、人そのもの。燃え尽きて灰燼に帰すまで作品に身をやつしたい。しかし作品は不死鳥だ —— 次の演奏者が現れる時、再び甦る。
 「円熟せねばならぬ、そして人を円熟させてくれるのは人生のみ」というマルグリット・ロンの言葉を、シューマンと向き合うたびに想う。今の私にできることは、その炎の前に立ち続けることだけだ。

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