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裏切りの法則と孤独の選択

人は裏切る、必ずと言っていいほど裏切る。

ぼくは裏切らない人に出会ったことがない。

ぼくの言う裏切りは、世間一般的な裏切りとは違う。

世間一般的な裏切りは、テレビドラマで見るように普段はいい顔をしておきながら、裏で策を張り、人を罠にはめておとしめたりすることなのだろうか。

古くはお金と引き換えに、自分の師であるイエスキリストを売ったユダが有名だ。

関ヶ原の戦いで石田三成の軍に属しておきながら、戦いの土壇場で徳川家康側に寝返り、三成の軍に攻撃を仕掛けた小早川秀秋も有名だ。

ちなみに両者とも若くして命を落としている。



ぼくの言う裏切りは、そんな大きなことではない。

取るにたらないことなのかもしれない。

ぼくは裏切られることが最初からわかっているから、誰とも親しくならない。

それでもぼくの心の中にずけずけと入ってくる人がいる。

入って来られないように防波堤を張り巡らせるが、それでも防波堤を乗り越えて、何度も侵入して来ようとする。

何度も何度もだ。

ぼくは防波堤を少しだけ開いてみる。

その小さな隙間から、怒涛の如くなだれ込んでくる。

ぼくはすっかり相手のペースに染められてしまう。

この人は信用できるのかな、そう思って防波堤を撤去しようと思ったら、相手は勢いに乗ってぼくの心を攻撃してくる。

人前で侮辱的な事を言ったり、自分の意のままにぼくを操ろうとしたり、時には暴言を吐いたり・・・。

こんな事を何度繰り返してきただろうか。

こんな人に何人出会ってきたことだろうか。



最初からぼくを利用するつもりだった。

ぼくが何をされても反撃しない事を知っているから、一旦心を開かせておいて好きな事を言える関係を作っておき、いざとなれば自分の力を周りの人に誇示するために、人前でぼくをこけ下ろす道具にしたかっただけなのだ。

その相手は、ぼくが何も気付いていないと思っている。

だけど、ぼくは何人もの人に同じ目に遭わされてきたからよくわかっている。

だから、裏切られた時から黙ってその人には近付かないようにする。

利用価値がなくなったら、その人はぼくに見向きもしない。


一人が気楽でいい。

慣れてしやえば寂しいとは思わない、人と関わらない生き方がぼくには向いている。

もし寂しいと感じて防波堤を開いたら、もう閉じられなくなるかもしれない。

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鈴々堂 / 昭真 小説を読んでいただきありがとうございます。鈴々堂プロジェクトに興味を持ってサポートいただけましたらうれしいです。夫婦で夢をかなえる一歩にしたいです。よろしくお願いします。