サイキック・サイコ1
自衛隊機が少女の遺体を見つけたのは、上空15000mの空の上だった。民間の旅客機が飛べないその高度に、少女は死んで、浮いていた。水色のワンピースは空の色と溶け合い、なびく黒髪。少女は、心持ち体を斜め前に倒すような恰好で、宙に浮いていた。
新米刑事の鈴木敬二は、公安警察で働いている。警察学校時代は「刑事になれるか敬二くん」とからかわれていた鈴木だが、今となっては刑事であることを周囲に言えない立場になってしまった。鈴木が捜査するのは、一般的には公にできないような、デリケートな事件が多いからだ。
職場へつくと、上司の野村から呼び出された。野村は、マフィアのボスみたいな強面。体も大きいからけっこう怖い。
急いで野村の部屋へ行くと、先輩の紫野宮サキもいた。長い髪をひとつに結って、黒いタイトスカートを履いた紫野宮は、年齢不詳で、若々しい美しさと妖艶なまでの色気を兼ね備えている。自分が公安の刑事じゃなければ、こんな美人と一緒に働いていると友達に自慢できるのに、と鈴木はいつも思っていた。
「敬二。何をへらへらしている」
「はっ。すみません」
野村は、ひとつ息を吐いてから「まだ公表できないことだが」と話し始めた。
「少女と思われる遺体が、上空15000mで発見された」
「上空15000m?」
紫野宮が聞き返す。
「ああ。自衛隊機が発見したそうだ」
怪訝な表情で少し遠くに目をやる紫野宮は、公安に長いベテランの刑事だ。今までいくつもの事件に関わってきたが、宙に浮いた遺体は紫野宮も初めてだった。
「能力者……?」
紫野宮は、思わずといった感じでつぶやく。
「まだ何もわかっていない……だが、君たち二人だけを呼んだ意味はわかるね?」
「能力者の犯行であることも視野に入れ、詳細は公表しないまま捜査に当たれ、ということでしょうか」
「そうだ。何の証拠もないが、上空15000mに遺体を浮かせられるなんて、能力者以外考えられない。しかし、能力者の犯行である場合、非常にデリケートだ」
「はい」
鈴木も返事をする。
「遺体の回収には、能力者の力を借りなければならないだろう。そこだけは手配しておく。あとは、なるべく静かに二人だけで動いてほしい」
「わかりました」
「特に敬二。お前は短絡的に先走るところがあるから気をつけろ」
「え! あ、はい!」
鈴木は、紫野宮とともに野村の部屋を出る。
「とりあえず、現場へ向かいましょう」
紫野宮が冷静に言う。
「はい」
刑事コンビは動き始めた。
能力者。それは、突発的に生じた遺伝子変異により、一般の人間と違った能力を持った人間の総称である。わかっているだけで、世界には百人ほどの能力者がおり、日本で能力者登録されているのは四人だ。
能力者と呼ばれる人間が発見されたのは、今から十年前。ある大国が隣国に攻め入る際だった。
「プロジェクトP、始動」
大国の大統領は言った。それは、その後の世界の運命を大きく変える軍事プロジェクトであった。その首都に降り立ったのは、たったひとりの少女だった。少女は大統領からの命令により、首都で侵攻への抗議活動をしていたデモ隊の真ん中で能力を発動した。それは一瞬の出来事だった。少女が能力を発動したその直後、数千人といたデモ隊が一瞬で消えたかのように見えた。しかし、その数秒後に、かすかなうめき声とともに少女の目の前に半径50センチほどの肉塊とおびただしい流血があることに気付く。それは、人々の塊だった。同じ場所に集まっていた数千人以上の人々が一瞬で圧縮されたのだ。とうてい一般の人間の力では起こらないであろう残忍な殺戮だった。その動画は瞬く間に世界中に拡散され、解析された。しかし、調べれば調べるほど動画がフェイクでないことは確実だった。どんな軍事評論家もジャーナリストも見たことのない、異様な殺され方だった。そしてわかったことは、その少女が、気圧をコントロールできる能力者だったことだ。
能力者の存在が明るみになってから、世界中で能力者を探す動きが活発になった。うまく使えば国が強くなる。権力者たちがそう考えるのは、当然のことだった。それを懸念した国連は、能力者の軍事利用を禁止した。同時に、能力者への差別も起こったが、それも抑圧された。日本で見つかった能力者は、必ず能力者登録をさせられる。悪事に利用されないよう能力者を保護するため、とは国の表向きの文句で、国の管理下に置きたいから、だと誰もが知っている。
少女の遺体の回収に手を借りたのは、消防署の管轄で働いている飛山つばさ。二十歳の青年だ。飛山は自由に空を飛べる。
警察署からの依頼で、飛山は現場に近い横浜の港へやってきた。横浜大桟橋の板張りの広場を封鎖し、そこで遺体を回収することになっていた。遺体は、ここから先の海上の、ずっと上空に浮いているのだ。
「飛山さん、15000mまで飛ぶのは可能ですか?」
紫野宮は聞いた。
「はい。大丈夫です。20000mまでは、行ったことがありますので」
筋肉質な青年は淡々と言った。
「20000m!」
鈴木が大きな声を出す。
「敬二」
紫野宮にたしなめられて、鈴木はおとなしく引き下がる。大きな声を出した鈴木を紫野宮がたしなめたのには訳がある。能力者が国の管理下に置かれてから、その能力がどれほどのもので限界はどこなのか、研究されているはずだと知っていたからだ。彼が「20000mまで行ったことがある」というのは、おそらく彼の能力を知る上で、さまざまな実験がされた結果だろう。その実験が飛山にとって愉快なものだったとは到底思えない紫野宮は、鈴木を黙らせたのだ。
「では、よろしくお願いします」
紫野宮は屈強な二十歳の青年に頭を下げる。
「はい。行ってまいります」
そういうと、飛山の筋肉質な体はすーっと浮き、そのままびゅーんと一直線に空へ飛んで行った。鈴木は驚いて「すっげえ……」とつぶやいてしまった。いつも冷静な紫野宮でさえ、能力者の能力を目の当たりにし思わず感嘆のため息をついた。
飛山が持って行ったカメラの映像を映すモニターには、梅雨の灰色の雲をつっきって、美しい青空へ突入する映像が映し出されている。
「映画のCGみたいっすね」
鈴木は言う。その現実味のない美しさに目を奪われていると、遠くに小さな点が見えた。飛山のカメラがどんどん点に近づく。点が徐々に大きくなり、姿を現す。手足をだらんとぶらさげて、前かがみになった少女の遺体が宙に浮いていた。ワンピースがはためき、黒い髪がなびく。それは実に奇妙で残酷な光景だった。
「ご遺体回収します」
飛山の声が無線で届く。
「よろしくお願いします」
紫野宮が答える。飛山の持っているカメラは、行きと逆に美しい青空から梅雨曇りの雲の中へ降下し、そして飛山は遺体を抱えて地上に降りた。
飛山が抱いて降ろしてきた遺体は、まだあどけなさの残る細身の少女だった。板張りの床にそっと寝かされる。首にははっきりと索条痕が残っている。
「絞殺ね」
紫野宮がつぶやく。索条痕とともにはっきりと吉川線が残っている。
「他殺ですね」
鈴木は言った。紫野宮は飛山に礼を言う。
「辛い仕事をしてもらってごめんなさいね」
「いえ、自分の能力が人の役に立つなら……。この少女は、気の毒ですが」
いつもは火災現場で人の命を救う仕事についている飛山である。死んだ少女を運ぶのは悲しい仕事だっただろう、と紫野宮は推察した。それでも飛山は嫌な顔せず、微かに悲痛な表情は見せたものの、それを飲み込むようにして刑事たちに頭をさげた。
「今後、また現場の詳しい状況を聞くことになるかもしれません」
「はい。いつでも呼んでください」
飛山は管轄の消防署に戻っていった。鈴木と紫野宮はあらためて少女の遺体を観察する。15000mという環境下におかれた遺体がどの程度の変化をするのか、わからない。
「解剖結果を待つしかないわね」
紫野宮は言った。そして、好印象だったが飛山も容疑者のひとりなのだ、と気を引き締めた。
捜査室にしている会議室に戻る。二人きりの捜査会議だ。
「まずは身元ですが」
鈴木が話しだす。
「被害者の名前は中村みゆ。十五歳。女性。中学生です。両親が捜索願を出しており、本人確認がとれました」
それから、被害者の遺体が回収された際の映像が解析された結果を見たが、特に新しい発見はなかった。解剖の結果、死因はひも状のもので首を絞められたことによる絞死だった。死亡推定時刻は、はっきりしないらしい。上空15000mに放置された遺体がどのような変化をするのか、前例がないのだ。
「被害者のまわりにトラブルがなかったか、また被害者と能力者に接点がなかったか。重点的に調べましょう。相手は能力者の可能性が高い。何が起こるかわからないと思って、気を引き締めましょう」
「はい」
厄介な事件になりそうだわ、と紫野宮は細い指で頬を撫でた。
日本で能力者登録されている四人の能力者たちのプロフィールにざっと目を通しながら鈴木は眉間をもむ。遺体の回収を手伝ってくれた飛山は、子供の頃から空を飛べたらしいが、能力者と知られることを恐れて親が人前では飛ばせなかった。しかし、飛山が十七歳のときに近所の高層マンションで火災が起き、ベランダに女児が取り残された。はしご車は到着せず、飛山は親との約束を破って空を飛び、女児を助けたのだった。そのことがニュースになり、飛山は警察と消防から感謝状をもらうことになり、同時に能力者登録もされることになった。そのまま消防署の管轄で働いている。彼であれば、どんな高層マンションの火災でも、どんな細い道の奥で起きている火災でも、自由にホースを運ぶことができる。能力を存分に活かし、飛山は今までに何人もの命を救っている。
「特別な能力って、幸せなんすかね」
「どういうこと?」
「子供の頃とか、空が飛べたらな~とか思うことありませんでした? 実際目の前で見たら、すげえ! って思いましたし。でも実際の能力者たちは、国の管理下で不自由なんじゃないかなって。こんな風に世間に知られることなく、静かに暮らしたいって思う人もいるんじゃないっすかね」
「そうかもしれないわね。能力者が出始めたころは、偽物が自己申告してきたり、能力者差別デモも多かった。今でも能力者に反発する思想の持ち主はたくさんいるわ」
今回の事件が明るみになったら、反能力者集団が勢いづくだろうな、と紫野宮は思った。
鈴木の運転する車は、被害者、中村みゆの自宅へ向かっていた。家族から話を聞くためである。捜索願を出していた両親は、すでに娘の凄惨な姿と対面している。その衝撃がどれほどのものか、さまざまな事件で被害者遺族と関わってきた紫野宮でも、推し量ることは難しい。
中村みゆの自宅は、閑静な住宅街の中の一軒家だった。新興住宅街で、新しい家が目立つ。中村家も比較的新しく、庭には紫陽花がこんもりと花を咲かせている。車を降りると今にも雨が降りそうな重たい空。
リビングに通された刑事二人は、中村みゆの両親と対面した。父親は会社を休み、母親は専業主婦。事前に訪問は伝えていたため驚かれることはなかったが、さずがに憔悴している様子だった。
「このたびは、お悔やみ申し上げます」
紫野宮と鈴木は、頭をさげる。
「会社が有給をくれました。仕事どころじゃないだろ、と」
父親は、気丈にふるまっている様子だった。母親は、心ここにあらずと言った印象で、相当参っている様子だ。
「みゆさんの交友関係などをお聞きしたいのですが」
紫野宮が話し始めると、鈴木はメモを準備した。
「交友関係ですか」
「はい。仲良くしていたお友達はいらっしゃいましたか?」
「一番仲が良かったのは、お向かいの桜ちゃんだと思います。小さい頃から仲良くしてもらっていて、中学にあがった今でも、一緒に登校しています」
「そうですか。では、みゆさんにお付き合いしていたお相手がいるなどといった話は……」
父親は一瞬眉間に皺を寄せる。娘の色恋話は聞きたくないのだろうか。
「私は聞いていません。ママ、みゆには彼氏がいたか?」
ママと呼ばれた母親がゆっくりと父親の顔を見て、静かに首をふる。そして刑事二人を眺めてから「好きな人もいなかったと思いますよ。お友達の中ではもう彼氏のいる子もいたようですが、みゆはどちらかというと、幼いほうの子でしたから」と、ようやく聞き取れるほどの小さな声で言った。ぞっとするほど、生気のない顔だ。
「最近何か変わった様子があったとか、トラブルに巻き込まれているとか……」
「いや、そういった話も聞いていません。学校も楽しそうだったし、友達もいましたし……」
中学生の娘のことをすべて知っている親などいないだろう、と思う。だが、さしあたって親が気付くほどの大きな問題はなかったようだ。いじめや不登校、素行不良、恋愛関係のトラブルなど、少なくとも親が気付く範囲では、なかった。
階段をおりる音がする。刑事のいる部屋に、幼い少女が顔をのぞかせた。
「みか、部屋にいなさい」
父親が穏やかに声をかける。遺体で見つかったみゆにそっくりな少女であった。
「みゆの妹です。みゆのことは、まだ伝えていません。みかはまだ、小学生ですから」
父親はそういうと立ち上がり、少女を抱いて階段を上っていった。少しして父親だけ降りてくる。
「最後に、みゆさんのお友達や知人の中に、能力者の方はいますか?」
紫野宮の質問に、あからさまに両親は顔を曇らせた。娘の殺されていた状況を思い出しているのかもしれない。苦しい質問かもしれないが、確認しないわけにはいかない。
「いいえ。私たちの知っている限りでは、身近に能力者はいません」
そう答える父親の顔に、みるみる憎しみの色が浮かんだ。自分の理解を超えたものへの恐怖というのは、底が知れない。自分の娘が上空15000mの空中で死んでいたとなれば、能力者への憎悪が芽生えてしまう気持ちも、わからないではなかった。
「また伺うことがあるかもしれません。そのときはよろしくお願いします」
紫野宮が言うと、鈴木はパタンとメモ帳を閉じた。
「やはり、能力者なんですよね……」
父親が静かに言った。
「それはまだわかりません」
「そんなはずがあるか! 娘は、みゆは遥か空の上で宙づりになっていたと聞いた。そんなことできるのは、能力者しかいないじゃないか!」
父親は突然に興奮した。今まで怒りを抑えていた反動かもしれない。
「断定はできません」
紫野宮は静かに答えるしかできなかった。
「能力者のやつらだ。警察が捕まえなかったら、俺が殺してやるからな」
「そうならないよう、全力を尽くします」
紫野宮はそう言うしかなかった。二人は家をあとにした。
刑事二人は向かいの家に住む小池桜に会いに行った。中村みゆの幼馴染で今でも一番仲が良いという話であったため、両親が知らないことも知っている可能性は高い。
桜の家も、中村みゆと同じようなきれいな家で、庭は丁寧に手入れされている。チャイムを押すと、桜の母親が出た。
「警察のものです。中村みゆさんのことで、桜さんとお話がしたいのですが」
「……はい。どうぞ」
インターホンを切って玄関を開けた桜の母親は疲れた顔をしていた。平日の午後だが、桜は学校を休んでいるらしかった。
「みゆちゃんがあんなことになって、桜もショックを受けています。できれば、手短かにお願いします」
「はい」
リビングに通された二人のところへ、母親に付き添われて少女が一人入ってくる。ショートカットの活発そうな少女だが、やはり友人を亡くした悲しみに覆われ表情は暗い。
「桜、警察の方がみゆちゃんのこと聞きたいんだって」
母親に言われると桜は「うん」とうなずき、紫野宮と鈴木の座るソファの向かいに座った。
「辛いときにごめんなさいね。少し話を聞かせてもらいたくて」
「はい」
「中村みゆさんと仲が良かったと聞いたの」
「はい。幼馴染だし、親友です」
「みゆさんは、何かトラブルに巻き込まれていたことはある?」
紫野宮は優しく聞いた。中学生の少女を相手に、なるべく柔らかく対応しようと努めた。
「トラブルなんてありませんよ」
無表情で淡々と話す桜。
「お友達と喧嘩してしまったり、学校でいじめがあったり……そういうことはなかった?」
「いじめって、けっこうカーストの高いとこか、低いとこの、どっちかで起こるんですよ」
「カースト?」
「スクールカースト」
「ヒエラルキーということかしら?」
「ヒエ……? それはよくわかんないですけど、いじめって特に目立つ子と特に目立たない子、そのどっちかに多いんです。私もみゆも真ん中タイプだから、あんまりいじめとかないんですよね」
「そういうものなのね」
「わかんないですけど、うちのクラスではそうです」
学校の構造はよくわからないが、ヒエラルキーの高い者かもしくは低い者が被害にあう傾向にあり、中間層は傍観者、というのは、社会の縮図のような気がした。
「みゆさんは、お付き合いしている人はいたかな」
「彼氏いませんよ。好きな人も今はいないって言ってました」
「では、最近みゆさんの態度がいつもと違った、なんてことは?」
そこで桜は一瞬だけ逡巡の色を見せた。紫野宮は気付いたが、それは本当に一瞬のことで、すぐに無表情に戻った。
「ないと思います」
紫野宮は、一瞬の逡巡には気付かないふりをした。ここで問い詰めても口を閉ざす気がした。自分から話したくなるときがくるかもしれない。もしくは、話さざるを得ないときが。
「みゆさんは、SNSをやっていた?」
「見てるだけで投稿はしてないと思います。クラスにSNSで知り合った人とパパ活やってる子がいて、怖い思いしたことあるって聞いてたから、私もみゆも、見る専です」
「人が投稿したのは見るけど、自分は投稿しないってこと?」
「はい」
「最後に、あなたから何か、私たちに聞いておきたいことはある?」
桜は少しうつむいてから「みゆのお葬式には行けますか?」と聞いた。
「みゆさんのご両親が決めることだから私からは何とも言えないけれど、行けるといいわね」
「はい」
桜は涙ぐむのを我慢しているように見えた。鈴木はその健気な姿に少し泣きそうになった。
「では、そろそろ帰るわね。つらいときに、本当にどうもありがとう。何か思い出したり、気になることがあったら、些細なことでもいいから、ここに連絡をもらっていいかしら」
そういって紫野宮は自分の名刺を桜に渡した。紫野宮は、桜が全ての質問に過去形ではなく現在形で返事をしていたことに気付いていた。友人の死を、まだ受け止め切れていないのかもしれない。か細い少女の肩に背負わせるには、あまりに重い荷であることは確かだ。
「これからどうしますか?」
桜の家をあとにし、鈴木が聞いた。
「桜さん以外のクラスメイトの話も聞きたいわね」
「小池桜は何か隠していると思いますか?」
「そこまではわからない。でも、親しければ親しいほど、被害者を庇う可能性は高いわ」
「それはありますね」
「学校に行ってみましょう。そろそろ下校の時間でしょう」
車をコインパーキングに停めたまま、二人は中学校のほうへ歩き出した。
門からぞろぞろと出てくる少年少女たちの中から中村みゆと同じクラスだった子を探すのは骨だ。
「片っ端から声かけましょう!」
鈴木は腕まくりをしていたが「中学生に片っ端から声をかける男なんて、不審者に思われるわ」と紫野宮に止められた。こういうとき女であることは有利かもしれない、と紫野宮は思う。それでも何人もの生徒たちに声をかけ、ようやく同じクラスの少女たちをつかまえる。
「警察なんだけれど、ちょっと話を聞かせてもらってもいいかしら?」
「えー、警察ってマジですか? 手帳見せてください」
髪色の派手な、スカートの短い少女たちだった。何人かは化粧もしているようだ。桜のいうところの、スクールカースト上位の子たちなのかもしれない。
「やばい。本物じゃん」
「てか、刑事さん、超美人」
「刑事ドラマみたい」
少女たちが紫野宮に向かって言い、無邪気に笑った。どんなに背伸びをして大人っぽくしていても、体は細く表情は幼く、まるっきり子供だ。その未熟なアンバランスさが、紫野宮には好ましく見えた。鈴木は少女たちの無邪気さに少し困った顔をしており、鈴木もまた未熟だな、と紫野宮には思えた。
「同じクラスの中村みゆさんのことなんだけれどね」
紫野宮がみゆの名前を出すと、さすがに少女たちは笑うのを止めた。
「死んじゃったんでしょ。知ってます」
「ええ、亡くなったの。そのことを調べているの」
「どうして死んじゃったんですか?」
「まだ詳しいことは何もわかっていないのよ。だから、みゆさんのことで知っていることがあったら何でもいいから教えてほしいんだけど」
少女たちは顔を見せあった。
「知ってることって言われても、あんまり私たちと一緒にいなかったから」
「あなたたちの知っていることでいいわ。みゆさんが何かトラブルに巻き込まれていたとか、聞いたことはある?」
「トラブル? ないんじゃないですかね。ねえ」
そういって少女たちはまた顔を見合わせる。
「クラスで何か変わったことがあったこととかは?」
「変わったこと……」
「別になくない?」
「あ~、クラスで変わったことって言えば、この前、うちのクラスだけみんなのスマホの緊急地震速報が鳴ったよね」
「緊急地震速報?」
「そうです。うちのクラスだけ全員」
「ああ、あったね。超ビビった」
「けど、みゆちゃん関係なくね?」
「ないね」
「なんだよ、お前バカじゃないの」
少女たち同士でまたきゃっきゃと笑い合う。
「何か思い出すことがあったら、ここに連絡してもらっていい?」
紫野宮は少女たちにも名刺を渡し、学校を離れた。鈴木は、女子中学生の元気さにたじたじであった。
「学校でも、特に目立った問題はなかったんすかね」
鈴木が言う。
「そうね。大きなトラブルに巻き込まれている感じはしないわね」
「殺されるような原因は、ほかにあるんでしょうか」
「そうかもしれない。まだわからないことばかりね」
「次、どうしますか?」
「実行犯が誰であれ、あんな上空に遺体を遺棄できるのは能力者しかいないと思うの。とりあえず、能力者登録されている人物には会っておきましょう」
「はい」
紫野宮は車にもどり、能力者リストをめくった。そのとき、スマートフォンにメールが届く。
「野村さんからだわ」
そこには動画が添付されていた。
「何これ」
動画のサムネイルに映っているのは、中村みゆの父親だった。
【殺人能力者! 能力者を排除しろ!】
そんな言葉が書いてある。
「なんすか、これ」
「中村みゆの父親だわ」
紫野宮が動画を再生する。
『警察は何もかもを隠蔽するつもりだ! 私たちの大事な娘は、殺されたあげく、上空15000mに宙づりにされていたんだ! これが普通の人間にできるか! 能力者だ。能力者のしわざに決まっているだろう!』
中村みゆの父親は、事件について詳細を語っていた。所詮、隠し事のできる時代ではない。しかし、関係者にここまで詳細に語られては、内密な捜査の意味もない。さっそく反能力者と思われる人たちから大量のコメントが来ており、動画を削除したところで事態が収まるとは思えなかった。
「やられましたね」
「さっき、かなり興奮していたから、そのままの勢いで動画を撮影したのね」
紫野宮は額に手をやり、困った顔をした。
「マスコミ対応や記者会見は野村さんにまかせましょう。私たちは引き続き、慎重に捜査しましょう」
「はい」
誰でも簡単に情報を発信でき、意見を主張できる時代。それは便利であると同時に、多くの問題もはらんでいると思わざるをえなかった。
次に向かったのは、みゆの遺体が発見された現場にも近い、横浜の大きな港だった。巨大な重機によって、船からコンテナが降ろされている。そこに、ひとりの男性がいた。手を広げ、空へ向けている。
「彼が堂島ですね」
鈴木は手元の資料と人物を見合わせる。
「ええ、そうね」
そのとき、紫野宮のスマートフォンにメールが届いた。
「ちょっと待って。また野村さんからメールが来ている」
スマートフォンの画面を見る紫野の眉間にしわがよった。
「今度は何すか?」
「これ、見て」
メールに添付されているのは動画ファイルだった。
【無能な警察諸君へ。能力者より挑戦状】
鈴木はごくりと唾をのむ。紫野宮も緊張した顔をしている。
挑発的なタイトルのその動画を再生するため、紫野宮は画面をタップした。
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