小説:老人ホーム デスゲーム 最終話
15
そこは、地下へ続くと言われている扉だった。僕は入ったことがないし、もう何十年も使われていないと聞いている。職員の誰かが入っているところも見たことがない。ハルトは、その扉の鍵を開けて中に入った。僕も、恐る恐るついていく。扉の内側は、電気はついているのに薄暗くて、空気がひんやりしていた。
少し歩くと、また扉があって、そこにも鍵がついている。ハルトが鍵を開けて中に入る。僕もあとについて入ると、排泄物のような嫌なニオイがした。
「タロウには、見せておこうと思って……。いずれニオイで気付くかもしれないし、そしたらほかの職員が気付いちゃうかもしれないから」
ハルトが何を言っているのかわからないままついていくと、そこには狭い部屋があった。鉄の格子で囲まれた狭い部屋だ。僕は、なんだか嫌な予感がした。
「もう何十年も昔は、こういう保護室がホームでも使われていたんだって。どうしても大きな声を出してしまう利用者さんとか、暴れてしまう人、暴力をふるう人を、安全に保護するという目的だったみたい。人道的な理由から、もう何十年も使われていない。ここは、その名残だよ」
格子のついた部屋の中にベッドが一つあった。そこに誰かが横になっている。よく見ると、その人は手足に枷をつけられて、ベッドに縛られていた。
「タロウ、誰かわかる?」
ハルトが格子の扉の鍵を開けて中に入る。僕は、恐ろしい気持ちがしていた。見たくない。確認したくないと思った。
「タロウ、一緒に見てよ」
ハルトの言葉に、ゆっくり格子の中に入る。ベッドに縛られて寝かされていたのは、予想通り、施設長だった。ニオイでなんとなくわかっていた。でも、確認したくなかった。ガリガリに痩せて、頬がこけて、顔色も悪い。でも、確かに、行方不明になったはずの施設長だった。
「本当はね、シゲルさんの戻し方だけわかれば良かったんだ」
ハルトがぼそぼそと話す。施設長は、しゃべる元気もないようだった。
「あの日、イワオさんとトメさんを奪い返したあと、子供たちの居場所を吐かせて、子供たちと入れ替わりにトランクに閉じ込めてやったんだ。それからここに拘束して、一年たった。最初は、消えてしまったシゲルさんの戻し方を聞くだけのつもりだったんだ」
ハルトの声には、苦痛が滲んでいる。
「でも、拘束しても施設長はシゲルさんの戻し方を知らないみたいだった。最初は嘘をついているのかと思ったんだ。でも、何日たっても言わないから、本当に知らないんだとわかった。施設長にとっても、シゲルさんが消えてしまったことは誤算だったみたいだから、やっぱり薬品の欠陥だったみたいだね」
ハルトは一つため息をついた。
「そこで、施設長を解放すれば良かったんだ。世の中はあの日のデスゲームを何も知らないし、猿みたいな男が大男の死体を持って逃げたらしいから、施設長がいうところの【国】には、失敗したって伝わったと思うし。俺が配信した動画もフェイクってことで片付いていた。だから、シゲルさんの戻し方がわからないなら、施設長を解放すれば良かったんだ。でも、俺は……」
そこでハルトは、施設長の体をじっと見つめた。僕もつられて見る。よく見ると、施設長の腕や足には、無数の傷跡があった。
「あの日、施設長はみんなより遅く来たでしょう? だから、あの薬品を吸い込んだのかわからなかった。でもね、試しに死なない程度に傷をつけてから虫を殺させたら、傷が治ったんだよ。だから、遅れて来たけれど、薬品の効果はあったみたいだ」
そう言いながらハルトは、ベッドサイドにある小さな床頭台から包丁を出した。僕は驚いて、そして恐怖した。ハルトは、ここで施設長を傷つけては、その傷を治していた。どう考えても、正気じゃない。
「施設長を解放したら、死んだ人が生き返ることも、怪我をさせてから治すことができることも、首謀者である【国】に知られてしまうでしょう。そしたら、悪用されてしまうかもしれない。例えば、犯罪の自白や、拷問に使われるかもしれない。だから、解放しちゃだめだって、自分で理由をつけて、解放しなかったんだ。でも……本当は」
一瞬ためらってから「痛めつけたかっただけなのかもしれない」。
「殺しちゃったら、俺が何歳まで若返っちゃうかわからないから、死なない程度に、でも痛い思いをさせたくて。解放できなかった」
ハルトが日に日にやつれていったのは、こんなことをしていたからか。
「消えてしまったシゲルさんのことを思うと、怒りが沸き起こってどうしようもなかった。それに……どうしても、子供たちにトラウマを負わせたことが許せなくて。痛めつけずに、いられなかったんだ」
ハルトの目は、暗く淀んでいた。
「人間が生き物の寿命を操作できるなんて、間違っているよね」
ハルトは弱々しく呟いた。見ていられないと思った。もうこんなことはさせたくない。元の優しいハルトに戻ってほしい。僕は、そのためにどうしたらいいか必死に考えた。
今さら施設長を解放することはできないだろう。僕が施設長を殺したら、今度こそ僕が消えてしまうかもしれない。それに施設長は薬品を吸っているから生き返らせることができる。ハルトにはもうこんなことやめてほしい。そのために一番いいのは……
賭けだけど、やるしかない。
僕はハルトが握っている包丁を奪った。
「あ、タロウ! 何をする」
ハルトに逆らったのは、これが産まれて初めてだ。僕はいつも従順でいい子なタロウだった。大好きなハルト。きれいな目に戻ってくれよ。僕は、包丁を施設長に握らせる。痩せて衰えてはいたが、施設長の手は包丁を握った。
「あ、施設長!」
ハルトが施設長から包丁を奪おうとしたそのときに、僕は思い切りハルトを施設長の上に押し倒した。
「うわあああ」
ハルトの悲痛な叫びが響く。でも、ここは地下室だから、誰にも悲鳴は届かない。ハルトが弾かれるように施設長の上から体を起こすと、すごい出血が施設長の上に降り注いだ。施設長の握る包丁が、ハルトの心臓を突き刺したようだ。僕は施設長の手から包丁を抜く。
床に倒れたハルトは、びくんびくんと数回痙攣して、動かなくなった。思わず目をそらしてしまう。そして、僕は緊張しながら恐る恐るベッドを見る。この結果によって、何もかもが変わってしまう。どうだ……
次の瞬間、ベッドの上から施設長が消えた。よし、成功だ! ハルトの寿命が、施設長の年齢を超えていたのだ。施設長さえ消えてしまえば、もうハルトは復讐する相手がいない。あんなに暗い目をして、施設長を痛めつける日々とはお別れだ。
あとは、ハルトを生き返らせれば、完了だ。ハルト、今までありがとう。これが、僕の精一杯のお礼だよ。僕は包丁をくわえ、動かなくなったハルトにそれを握らせた。角度を確認する。しっかり僕が死なないと、ハルトは生き返らない。ありがとう、さようなら、ハルト。僕を死なせて生き返ってね。そして、自分がしていた愚かな行為を、少し反省してね。もう僕のことは、生き返らせなくていいから。
覚悟をきめて僕は、ハルトが握る包丁めがけて飛び込んだ。
おわり
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