見出し画像

実録丨【第3話】癌の私を置いて消えた恋人が、人生を変えた話 〜覚醒〜

東京駅で別れ話をしたあと、私は名古屋へ戻りました。
彼とは「一ヶ月待つ」という約束をしていました。

カウンセリングに通い、自分の問題と向き合う。

そのうえでもう一度、関係を考えてほしい。

私はそう伝えていました。

その頃の私は、まだこの関係を終わらせるつもりはありませんでした。
むしろ関係を続けるために、自分が変わらなければいけない。

そう思っていました。

今冷静に振り返ると、当時の私は自己犠牲と共依存がかなり強く出ていた状態だったと思います。


カウンセリングの開始

名古屋に帰ってすぐ、私はカウンセリングを予約しました。
自分でも原因が幼少期のトラウマであると勘づいていたので、その専門のカウンセラーを探しました。

そこからこの一ヶ月、私はひたすら
「アダルトチルドレンの自分」と向き合うことになります。

カウンセリングに行き、そこで初めて、自分の性格に言葉が与えられました。

・アダルトチルドレン
・不安型愛着
・自己犠牲
・共依存
・他人軸
・複雑性PTSD

なぜ私は、いつも相手を優先してしまうのか。

なぜ「自分が我慢すれば丸く収まる」と思ってしまうのか。

なぜ関係が壊れることを、ここまで恐れてしまうのか。

その根っこには、幼少期の家庭環境や、これまでの人間関係の経験があるのかもしれない。
少しずつ、腑に落ちていきました。

カウンセラーの先生に

「あなたはどう思いますか?」

「本当はどう感じましたか?」

と聞かれても、私は驚くほど答えられませんでした。
簡単な質問ですら、言葉が出てこないのです。

正解を言わなければいけない暗示もありました。

でもそれ以上に

自分の意見を持つという思考自体が、私の中にほとんど育っていなかった。

そのことに気づきました。

思い返すと、会社の会議でも発言できませんでした。

私はずっと「全部理解しているから質問はない」
と自分を正当化していました。

でも本当は違いました。
自分の考えを外に出すことに慣れていなかった。
周りがどう思うかを気にしすぎて言えなかった。

ただ、それだけだったのです。

自分の人生がうまくいかなかった理由が、初めて言葉になりました。

私は弱かったわけでも、努力が足りなかったわけでもないのかもしれない。

ただ

生き延びるためのやり方を続けてきただけ

だったのかもしれない。

それは、私にとって大きな転機でした。

最初は彼のためだった。でも途中から変わった

最初は正直
「彼との関係を続けたい」「一人になるのが怖い」
その気持ちでカウンセリングを受け始めました。

でも続けていくうちに、意味が変わっていきました。

これは彼のためだけではない。
自分のためでもある。

そして、もしこれから誰かと関係を築くなら、
そのためにも必要なことなのだと、
思えるようになっていきました。

もし二人で前に進めるなら、そのためにも必要なこととして受ける。

そう気持ちを昇華できたのです。


彼との関係を見直し始めた

カウンセリングを続けるうちに、私は彼との関係そのものも見直し始めました。

彼は怒鳴るタイプではありませんでした。
露骨な支配もありませんでした。

でも一連の会話の中には

「自分は変わらない」

「問題は相手にある」

という構造がありました。

私の違和感や気持ちは、そのまま受け止められることは少なくいつの間にか「私の問題」に置き換えられていく

その繰り返しに、私は少しずつ気づき始めていました。

心の中で

「あれ、これってガスライティング構造なんじゃないか」

「静かなモラハラなのではないか」

そう思う瞬間もありました。

それでも私は
自分が変われば彼も変わるのではないか
と思っていました。

今振り返れば、それもまた
無意識の見返り要求と自己犠牲だったのだと思います。


連絡が途絶えていく

東京駅で別れ話をした帰り際、彼は言いました。

「毎日連絡を取ろう」

でも時間が経つにつれて返信は減っていきました。

既読だけの日

スタンプだけの日

返事がない日

いつの間にか私だけが挨拶を送り続ける状態になっていました。

ある日、私は気づきました。

私は彼とLINEしたいから送っているのではなく
彼の機嫌を取るために送っている。

そのことに気づいた瞬間、
私はLINEを送るのをやめました。

これも私にとって大きな進歩でした。

そして私は、再会の日に備えて、

  • カウンセリングで学んだこと

  • 前回言えなかったこと

  • そして、まだ一緒に乗り越えていきたい気持ち

それらを13ページの手書きの手紙にまとめました。


「ケジメ」の連絡

約束の一ヶ月が近づいた頃、私は彼に連絡しました。

すると彼は言いました。

「ケジメつけに行く。俺が名古屋に行く。」

その言葉を読んだ瞬間、怒りが込み上げました。

まだ私の気持ちは何一つ聞かれていない。
この一ヶ月、私が何と向き合ってきたのかも知らない。

それなのにもうケジメだけが決まっている。
何を基準に誰のためのケジメなのだろう。

そう思いました。

同時に、冷静な自分もいました。

彼はおそらくこの関係を終わらせるつもりで来る。

そして自分から名古屋に来ることで
「ちゃんと会って別れを伝えた」
「逃げたわけではない」という形を作り
罪悪感を軽くしたいのではないか。

つまり

問題と向き合うより、自分が悪者にならない形を整えようとしている

そんな印象を受けました。

だから私は覚悟を決めました。

この一ヶ月向き合ってきたことを全部伝えよう。



癌の宣告

そしてさらに大きな出来事が起きます。
彼と会う前日、私は病院で癌の宣告を受けました。
この1ヶ月で前癌→癌へと進行

頭が真っ白になりました。
怖いとか悲しいとかより

「あー人生詰んだぁああ」

という感覚だけが残りました。
こんなメンタル状況で明日彼と対峙しなければいけませんでした。


名古屋での対峙

翌日、彼と会いました。
私は席に着くと、先にカウンセリングノートと手紙を差し出しました。

「これが、この一ヶ月の私だった」

そう伝えました。

彼はそれを受け取ると、最初は軽い調子で
「おー、お疲れさま」と言いました。

そしてノートをパラパラとめくりながら、
小さく笑うような反応をしました。

私はその瞬間、腸が煮えくり返りました。

この一ヶ月、私は必死でした。

自分の問題と向き合い、怖いことから逃げずに、
初めて本気で自分を変えようとしていました。

それを軽く流されるような空気に、
私は思わず鋭く言いました。

「ちゃんと読んで。」

今までの私なら、こんな言い方はできなかったと思います。

でもそのときの私は、真顔でした。
私があんなふうに真剣な顔で主張することは、今までほとんどありませんでした。

彼も少し驚いたような表情になり、黙って頷きました。そして、改めてノートと手紙を読み始めました。

私は黙って、その様子を見ていました。

読み進めるにつれて、彼の表情が少しずつ変わっていきました。

顔色が落ち、唇の色も薄くなっていきました。
明らかに、最初にノートと手紙を受け取ったときとは違う反応でした。

私は、彼が別れを前提に来ていることは分かっていました。だからこそ、手紙の締めも、先回りして「別れてもいい」という内容にしていました。

手紙の中には、大きく三つのことを書きました。

・カウンセリングを通して分かった自分の問題
・前回言えなかった、彼の家や彼の態度に対して感じたこと
・この先、自分がどう生きていきたいかということ

私はその中で

  • 自分の自己犠牲や共依存の傾向

  • 自分軸を持てなかった背景

  • 彼の家で感じた違和感

  • 彼の私への扱いに対する悲しさ

  • 私だけが変わっても意味がないこと

  • 彼が向き合うなら支えたいと思っていたこと

  • けどあなたが望まないのなら、私はあなたがいなくても前に進むこと。

それらを、できるだけ正直に書きました。

おそらく彼は、私がここまで変わっているとは想定していなかったのだと思います。

以前の私は説明されれば飲み込み、
責任を引き受けてしまうタイプでした。

でも、この一ヶ月で私は
自分の言葉を持ち始めていました。

だからこそ、彼はあそこまで面食らったのかもしれません。

彼は読みました。
そして言いました。
「やっぱ一旦離れたい」

私は聞きました。
「一旦って何?」

彼は「離れたい」と繰り返しました。
理由は「あの日の空気がしんどかった」

でした。私は聞きました。

「あの時、私が暗くなった理由考えた?」

すると彼は言いました。

「俺の家が原因だって分かってた」

その瞬間、私は理解しました。

彼も最初から分かっていた。

でも自分の配慮が足りずに私を傷つけたことを
直視できなかった。


最後のやり取り

彼のバイタルサインが限界そうだったので、
もうこれ以上話しても結果は変わらない。
そう感じました。

私は言いました。
「頑張ってね」

彼は
「頑張ろうね」
と返してきました。

想定していた返しでした。

私は言いました。
「いや、私は頑張ったし、今も頑張ってる」

すると彼は
「あ、頑張るのは俺だったね……」

とまた顔面蒼白になりました。

帰りは新幹線口まで見送りましたが、彼はろくな挨拶もせず、逃げるように去っていきました。


最後のLINE

彼が新幹線に乗った直後、LINEが届きました。

そこには、手紙が刺さったこと。
そして、感謝していること。
そんな言葉が並んでいました。

でも、最後まで謝罪は一度もありませんでした。

私はそのLINEを読んで、正直こう思いました。
何も響いていない。

結局、今回の問題は「私の自己犠牲や共依存」だけでも、「彼が過去を整理しきれていないこと」だけでもなかったのだと思います。

彼は、私の癌を支えると言っておきながら、
自分のプライドを守るために、自身の問題や責任から目を逸らしたまま、関係の痛みをすべて私に背負わせて逃げようとした。

しかし、私の問題だと言っていた部分を、
私がこの一ヶ月で向き合い、整理してしまったことで、最後には

「亡くなった彼女のことがあるから自分は前に進めない」という主張へと、話がすり替わっていきました。

さらに彼は

「今でも遺影と喋ってるんだよ」
「俺もカウンセリング受けよっかな」

といった、どこか同情を引くような言葉も口にしていました。

それを聞いたとき、私は正直こう感じてしまいました。

つくづく私に失礼だし、

彼は結局、二人の女性のせいにしている。

私と、亡くなった彼女。

その二人の存在を理由にして、
自分自身の問題から逃げている。

そして、そうすることで、
自分の罪悪感を少しでも薄くしようとしている。

少なくとも、私にはそう見えました。

だからこそ、この一ヶ月、私が必死に自分と向き合ってきたことも、彼には届かなかったのだと思うと、やるせない気持ちになりました。

私は怒りもあって、すぐには返信できませんでした。
二時間ほど時間を置いてから、ようやく返しました。

・この一ヶ月は、生半可な気持ちで向き合った時間ではないこと。

・最初は、彼との関係を続けたいという思いから始めたことだったけれど、結果的には、自分自身が前に進むきっかけになったこと。

・そして、あとは彼自身が自分の問題とどう向き合うのか、これからどう生きていくのかを考えてほしいこと。

そう伝えました。

すると、すぐに返事が来ました。

『私の本気も、私が言いたかったことも、分かった。』

それだけでした。
それで、すべてが終わりました。


初めての成功体験

もちろん、望んでいた結果ではありませんでした。
関係が続くこともありませんでした。

それでも、この一ヶ月を通して私は一つだけ確かなことを感じていました。

私は、初めて自分の気持ちをここまで外に出した。
それは、私の人生の中で初めての経験でした。

これまでの私は怖くて言えませんでした。嫌われるのが怖くて、関係が壊れるのが怖くて、いつも自分の気持ちを飲み込んできました。

でも今回は違いました。

私は自分の尊厳を守るために

自分の言葉で

自分の気持ちを

しっかり相手に伝えました。

そして結果として、彼は明らかに動揺していました。

彼は以前の弱い私想定して準備をしていた。
いや何も準備をしてこなかった。


それは、私にとって人生で初めて自分の意思で相手の反応を引き出せた瞬間でした。

もちろん、それが勝ち負けの話ではありません。
でも少なくとも私はもう、黙って傷つくだけの人間ではなかった。


そのことだけは、はっきりと感じていました。

それは私にとって初めての成功体験でした。


このあと私は手術を受け
さらに長い時間をかけて
自分の人生と向き合うことになります。

もう少しだけお付き合いください。

最終章へ続く


いいなと思ったら応援しよう!