考察|DVによる解離性健忘——失った記憶を回収しないという選択
もう7年が経ちます。
自己愛的な傾向を持つ元恋人に捕まり、
身体的・精神的・経済的・性的なDVを受け続けた日々でした。
関係の終盤、私は一度、死を覚悟しています。
ただ、
その数日間の記憶が、私にはありません。
覚えているのは、
殴られた衝撃で倒れ込んだときに見えた床の光景と、避妊もされずに行われた行為の記憶だけです。
それ以外は、ごっそり抜け落ちています。
もともと記憶力は良いほうです。
それでも、その数日間だけが不自然なほど欠けています。
診断を受けたわけではありません。
ただ、調べていく中で「解離性健忘」という言葉に辿り着きました。
解離性健忘とは、
身体的虐待、性的虐待、戦争、災害など、
生命の危険を感じるほど強いトラウマ体験をきっかけに起こる記憶障害です。
強烈な恐怖や精神的ショックから心を守るため、その出来事に関する記憶を遮断する防衛反応だとされています。
脳の損傷ではなく、
精神的な外傷によって生じるものです。
いわゆる記憶喪失に近い状態ですが、
それは「失われた」のではなく、そのときの自分を守るために起きた反応なのだと理解しています。
■ 回収しようとしていた時期
私はこの空白を、埋めようとしていました。
何が起きていたのか。
自分はどうなっていたのか。
断片をつなぎ合わせて、
一つのストーリーにしようとしていた。
思い出せば、
整理できると思っていた。
思い出せば、
この出来事を“理解できる形”にできると思っていた。
そして何より、
思い出すことが、回復に繋がると信じていました。
見えないままのものは処理できない。
分からないままでは、前に進めない。
だからこそ、曖昧なままにしておくことが怖かった。
はっきりさせなければいけない。
全部を知る必要がある。
そう思っていました。
そしてこれは、この出来事に限った話ではありません。
私はもともと、
曖昧なままにしておくことができない性格です。
一度向き合うと決めたことは、途中でやめられない。
納得するまでやる。理解できるまでやる。
それが、これまでの自分のやり方でした。
だからこのときも同じでした。
止めるという選択肢はなく、
むしろ「やり切ること」こそが正しいと思っていた。
だから、何度も考えた。
何があったのかを推測して、
思い出せるきっかけを探し、
意識的に記憶を引き出そうとしていた。
少しでも手がかりがあれば、
そこから奥まで辿ろうとする。
でも、進めば進むほど、どこかで止まる。
あと少しのところで、
強制的に引き戻されるような感覚があった。
それでもやめなかった。
止まるのは、まだ足りないからだと思っていた。
思い出せないのは、自分の問題だと思っていた。
だから、もっと深く見ようとした。
もっと正確に、もっとはっきりと、
あの数日間に何があったのかを知ろうとした。
どこまでいっても辿り着けない感覚があっても、
それでもなお、やめなかった。
でも結果的に、それは——
回復ではなく、消耗でした。
■ 身体が拒否していたもの
あるところから先に行こうとすると、
明らかに反応が変わる瞬間がありました。
思考ではなく、身体の反応です。
呼吸が浅くなる
心拍が上がる
身体が固まる
視界が狭くなる
意識が遠のくような感覚
頭では「知りたい」と思っているのに、
身体が「それ以上はやめろ」と止めてくる。
進もうとすると、強制的に遮断される。
理屈ではなく、
もっと原始的なレベルで拒否されている。
後から振り返ると、
明らかにPTSD(心的外傷後ストレス障害)のような反応でした。
危険が去っているはずの状況でも、
身体だけが「まだ終わっていない」と判断している。
だからこそ、
記憶に近づこうとした瞬間に、
自動的に防御反応が作動する。
そしてそれは、
記憶に触れようとしたときだけではありませんでした。
同じ会社なので数年に一度ある全体会議で、
もしかしたら彼と遭遇するかもしれない——
そう考えただけで、
悪夢を見たり、過呼吸になることがありました。
実際には何も起きていない。
目の前にその人がいるわけでもない。
それでも身体は、
「また同じことが起きるかもしれない」と反応する。
頭では過去の出来事だと分かっているのに、
身体は現在進行形の危険として処理している。
そのズレが、はっきりと存在していました。
そのとき初めて、
「思い出せない」のではなく、
「止められている」のだと感じました。
自分の意思でアクセスできない領域が、
確かに存在している。
そしてそれは、
壊れているからではなく、
壊れないために閉じられているものなのだと。
■ 「思い出すこと」をやめた瞬間
ここまで来て、ようやく気づきました。
私はずっと、
「知ること」が回復だと思っていた。
思い出すこと
理解すること
言葉にできる形にすること
それができれば、前に進めると思っていた。
でも実際には、そこに近づこうとするほど、
身体は強く拒否する。
そして、その反応は一貫していました。
何度試しても、同じところで止まる。
それは偶然ではなく、明確な“制御”でした。
そのとき初めて、
「これは、自分がアクセスしていい領域ではないのかもしれない」
そう思いました。
そして、もうひとつ気づきました。
思い出せないこと自体が、問題なのではない。
むしろ、思い出せない状態が維持されていることに、意味がある。
そう考えたとき、
これまでの前提がひっくり返りました。
■ 回収を手放すという選択
私はここで、選びました。
思い出さなくていい。
回収しなくていい。
あの記憶は、
無理に開ける必要のない領域として、
そのままにしておく。
全部を理解しなくても、人生は前に進める。
むしろ、
触れないことで保たれているものもある。
そう思えたとき、
私は「知ること」への執着を手放しました。
これまでの私は、
理解できないものを残すことができませんでした。
曖昧なままにしておくことが怖かった。
すべてに意味を与えようとしていた。
でも、どうしても触れてはいけない領域がある。
どうしても言葉にできない経験がある。
それを無理に引きずり出すことが、
必ずしも前に進むことではない。
むしろ、
「分からないままにしておく力」も、
回復の一部なのだと知りました。
■ 記憶を回収しなくても、見えてきたもの
カウンセリングに行き始めて1年経って、
ある変化がありました。
今年の全体会議も、
行く前は動悸や悪夢もまだありました。
そして当日、最悪なことに遭遇したのです。
けど、自分でも驚くほど静かでした。
何も身体的PTSDは反応しなかった。
相手は念のこもった視線を向けて来ましたが、
何も反応せず、受け取らなかった。
なぜ、このような対応ができたのか。
正直、当日の私は特別に強かったわけではありません。
むしろ直前まで、身体は過去の延長線上にいました。
でも、一つだけ決定的に違っていたことがあります。
それは、
「相手の反応を、自分の問題として受け取らなかった」ことです。
以前の私なら、
あの視線に意味を与えていたと思います。
自分に向けられたものとして解釈し、
そこから何かを読み取ろうとしていた。
でもその日は、違いました。
「そういう状態なんだな」と認識はしても、
それ以上、自分の内側に入れなかった。
つまり、反応しなかったのではなく、
巻き込まれなかった。
これは、我慢でも、鈍くなったわけでもありません。
カウンセリングを通して、
・相手の感情は相手のもの
・自分の感覚は自分のもの
・すべてに意味づけしなくていい
この前提を、
頭ではなく“感覚”として持てるようになっていた。
その結果として、目の前で何が起きても、
自分の中の安全が崩れなかった。
だから、何も起きなかったのではなく、
起きていても「自分の中に入らなかった」。
あの瞬間の静けさは、強さではなく、
境界線が機能していた状態だったのだと思います。
今も記憶は戻っていません。
でも、
自分の中で何が起きていたのかは、以前よりもはっきりと見えています。
すべてを思い出さなくても、
・なぜあの関係に入ったのか
・なぜ離れられなかったのか
・何を怖がっていたのか
その構造は、理解できる。
むしろ、感情に直接触れすぎない分、
より冷静に見える部分もある。
だから私は、記憶を回収することではなく、
構造を理解することを選びました。
そして今は、それだけで十分に、
前に進めていると感じています。
■ 終わりに
あの数日間に何があったのか、
この先、完全に知ることは、
もうないかもしれません。
でも、それでいいと思っています。
すべてを知ることが、
必ずしも前に進むことではない。
むしろ、
知らないままでいることが、
今の自分を守っていることもある。
私は、記憶の回収を手放しました。
そしてその代わりに、
自分の反応や選択の“構造”を見ることを選びました。
それが、今の私にとっての回復です。
これが、いわゆる「正しいPTSDの解決方法」なのかは分かりません。
思い出すことが必要だと言われることもあるし、
向き合うことが回復だとされる場面もあります。
でも今の私は、
“全部を取り戻さなくてもいい”という前提で立っています。
あのときの自分が、
思い出さないことで守ったものがあるのなら、
その選択ごと尊重していい。
それも含めて、自分の一部として扱っていい。
そう思えるようになってきました。
それが、今の私にとっての自己受容です。
そして今の私は、あの記憶がなくても、
確実に前に進めるという感覚があります。
過去を完全に理解しなくても、
今の自分の選択は変えられる。
すべてを回収しなくても、
自分の人生は進めていける。
その実感が、ようやく持てるようになりました。
だから私は、無理に取り戻すのではなく、
今ここで選べることに意識を向けていきます。
それが、今の私にとって
いちばん現実的で、いちばん確かな回復の形です。
そして何より、
思い出さなくても前に進めている今の自分を、
ちゃんと信じられている。
だから私はもう、過去を取り戻そうとはしません。
取り戻さなくても、
この人生は、ちゃんと進んでいるからです。
