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考察丨“いい人”をやめたら、なぜか丁寧に扱われ始めた

自分を削って関係をつくるのをやめてから、
なぜか人に優しくされることが増えました。

特別なことをしたわけではありません。

むしろ、やめたことの方が多いのだと思います。

サウナでは、支配人からビールやお茶をサービスしてもらったり、会話を重ねるうちに仕事の案件をいただくようになりました。

スーパーでは、それまでほとんど会話をしたことのなかった精肉売り場の寡黙なおじさんが、ある日ふっと笑って、500円引きのシールを貼ってくれたこともありました。

整体の受付の強面のお姉さんも、いつの間にかフランクに話しかけてくるようになって、今では優先的に予約を取ってくれる関係です。

デパ地下では、おばちゃんが何も言わずに、値段はそのままで肉団子をひとつ多く入れてくれたりもします。

仕事の場面でも、不思議な変化が起きています。

ドライだった取引先が突然、プライベートでの飲み会を開いてくれたり、労いの言葉をかけてくれるようになりました。

怖かった担当者が、会社の取り組みの成果をわざわざ共有してくれて、感情を込めて感謝を伝えてくることもありました。

利害関係のない会社の担当者から温泉施設のチケットをいただいたり、私が企画したイベントにも、多くの方が率先して応募してくれるようになりました。

長く付き合いのある苦手だった取引先のベテランからは、「なんかオーラが変わったね」と言われ、それまでとは違う距離感で、丁寧に接されるようになりました。

こうして並べてみると、どれもささやかな出来事ですが、以前の私にはなかったものばかりです。

正直、何が変わったのか、
自分でもはっきりとは分かりません。

ただ一つ言えるのは、

無理に人に合わせたり、
媚びて自分を差し出すことで関係をつくるのを、
やめたということです。

■ 以前の私は、「優しい人」ではなく「受け入れすぎる人」だった

ここから少し、構造の話をします。

以前の私は、過度に優しい人でした。

ただ、その優しさは自然に湧いてくるものというより、どこかで無理をして差し出している優しさでもありました。

  • 相手に合わせる

  • 空気を読む

  • 先回りする

  • 断らない

  • 傷ついても笑う

そういう在り方は、一見すると感じが良く見えます。

実際、周囲からも「いい人」として扱われていたと思います。

でもその一方で、それは同時に、
「この人にはどこまで踏み込んでも大丈夫か」というサインにもなっていました。

人は言葉ではなく、空気で相手を判断しています。

この人はどこまで入っていい人なのか。
どこまで雑に扱っても離れない人なのか。
どれくらいこちらの都合を飲み込む人なのか。

そういうものを、無意識に読み取っている。

以前の私は、優しいというより、
「受け入れすぎる人」だったのだと思います。

だから、良い人もそうでない人も、
同じように入ってきた。

そして入ってきた人たちは、
その大きく開いた境界線に、
何の抵抗もなく甘えることができたのだと思います。

■ 壁ではなく、境界線を持つようになった

でも今の私は違います。

  • 無理をしない

  • 役割で人に近づかない

  • 相手の欠乏を埋めにいかない

  • 違和感があれば、そこで止まる

この変化は、言葉にしなくても伝わります。

この人には、前みたいには入れない。
雑な接し方は通用しない。
でも、冷たいわけでもない。

ここが大きいのだと思います。

ただ壁を作った人は、近寄りにくくなるだけです。

でも私は、壁ではなく境界線を持った。

閉じたのではなく、整った。

だから周囲は、私を「使いやすい人」ではなく、
ひとりの人として扱い始めたのだと思います。


■ 人間関係の“重力”が変わった

振り返ると、起きていることの本質はシンプルです。

人間関係の“重力”が変わった

以前の私は軽かった。
だから引っ張られていた。
今の私は重さがある。

だから簡単には動かされない。

重いものには、人は丁寧に触れる。

つまり、優しくされるようになったのではなく、
丁寧に扱われるようになっただけです。

■ “回収したい圧”が消えると、人は安心する

もう一つ大きいのは、
私の中から“回収したい圧”が消えたことです。

以前はどこかに、

  • 分かってほしい

  • 好かれたい

  • 必要とされたい

  • 認められたい

そういう感覚がありました。

それは言葉にしなくても滲みます。

そして相手はこう感じる。

「この人と関わると、何かを差し出さないといけない」


だから距離を取るか、上に立つか、雑に扱う。

相手がこちらに何かを求めていると感じるからです。

でも今の私は違います。

何も回収しない。

すると相手はこう感じる。

「この人といると、何も奪われない」

この安心感が、人の優しさを引き出すのだと思います。

■ ノイズを削ると、関係はまっすぐになる

さらに、反応が自然になったことも大きいと思います。

私がやったのは、何かを足したことではありません。

むしろ、削ぎ落としたのです。

  • 過剰な同調

  • 先回りのサービス

  • 自己否定による関係維持

  • 承認を引き出す振る舞い

これらは一見優しさですが、実態はノイズです。

ノイズがある関係は、必ず歪む。

それをやめたことで、関係がまっすぐになりました。

他人軸が強いと、反応はどうしても不自然になります。

  • 怒るべきでない場面では怒らない

  • 空気に合わせて正解を出す

それは対人スキルとしては優秀に見えますが、
どこか機械的です。

でも今は違います。

  • 嬉しいときは嬉しい

  • 違和感があれば少し引く

  • 面白いときはちゃんと笑う

そういう自然な反応に戻りました。

すると相手も、人として返しやすくなる。

  • 操作しようとしない人

  • 媚びない人

  • でも閉じていない人

そういう人には、人は意外と素直に優しくなります。

■ 「与える人」から「循環できる人」へ

それからもう一つ。

私は「与える人」から「循環できる人」に変わったのだと思います。

以前は一方的に差し出していました。

今は、無理なく受け取れる。

ありがとうと思える。

嬉しいときは嬉しいと返せる。

この循環が生まれると、人間関係は急に柔らかくなります。

■ 本質は、ここにある

少し残酷ですが、本質的なことを言うと、

人は「優しい人」に優しくするのではありません。

人は、

雑に扱えない人を、丁寧に扱う。


そしてもう一段踏み込むと、

雑に扱えない上に、敵でもない人に、自然と優しくなる。

今の私は、そこに少し近づいただけなのだと思います。


■ 自己肯定を他人から回収しようとする構造


人は、自己評価の低い人を見抜きます。

そして同じように、
自分を大切にしている人のことも見抜きます。

  • 自分を安売りしない人

  • 自分を差し出して関係を買わない人

  • 相手の反応で自分の価値を決めない人

そういう人には、自然と扱いが丁寧になります。


一方で、自分に自信がなくて、
自己評価が著しく低い人は、
無意識に自分を下げる発言をします。

「どうせ私なんて」

「私、全然ダメだから」

そうやって自分を下げることで、
相手から「そんなことないよ」と言ってもらう。

その言葉で、一時的に自分を保とうとする。

一見すると控えめで謙虚に見えますが、実際には、評価や安心を他人から引き出そうとする行為でもあります。

以前の私は、まさにそれでした。
だから、無意識にそうしてしまう人の感覚も分かります。

誰かに肯定してもらわないと、自分を保てない。

その状態でいる限り、他人の反応に自分の価値を預け続けることになります。

どれだけ褒められても足りないし、
どれだけ優しくされても、不安は消えない。

他人軸で言葉や行動をしているうちは、
本当にしんどい。

なぜなら、自分の基準が自分の中にないからです。

相手の反応ひとつで気分が揺れる。


期待に応えられたかどうかで安心したり、
不安になったりする。

どれだけ頑張っても「これで大丈夫」という感覚が持てない。

その場その場で正解を探し続けることになる。

さらに厄介なのは、
自分がどうしたいのか分からなくなることです。

  • 本当は嫌だったのに笑ってしまう。

  • 本当は疲れているのに無理をしてしまう。

  • 本当は違和感があるのに、それをなかったことにしてしまう。

そうやって、自分の感覚を少しずつ切り離していく。

その積み重ねが、「しんどさ」の正体だったのだと思います。

一方で、以前の私は、そういう人に対して、とことん相手が望む言葉をかけ続ける役割もしていました。

相手は欲しい言葉をもらえて満たされる。

私は「役に立てた」と感じて、自分の価値を確認できる。

一見、良い関係のように見えて、
実際にはお互いに依存している状態でした。

でも今は違います。

その言葉の裏にある意図や構造に気づけるようになりました。

そして、相手の問題は相手のものとして、
きちんと相手に返すことができるようになりました。

  • 無理に埋めない

  • 無理に救わない

  • 無理に役に立とうとしない

それは冷たさではなく、関係を健全に保つための距離だと思っています。

健全な境界線を引けるようになった人の周りには、同じように自分を犠牲にせず、対等な本音で向き合える人たちが、自然と残っていきます。

■ じゃあ、どうすればいいのか

ここまで読んで、「じゃあどうすればいいのか」と思う人もいるかもしれません。

でも実は、やることはそんなに多くありません。

まず一つだけでいい。

違和感を無視しないこと。

これまでの私は、

ちょっとした引っかかり

小さなモヤッと

言葉にできないズレ

そういうものを全部飲み込んでいました。

でも今は違います。

その場で正解を出さなくてもいいから、「今、少し違和感があったな」と自分で気づいておく。

それだけで、関係の作り方は少しずつ変わっていきます。

正直に言うと、この変化の過程で、
人間関係は一度かなり整理されました。

離れていく人もいました。

以前の私のほうが都合が良かった人にとっては、
今の私は扱いにくい存在になったからです。

■ 最後に

でも大部分の方が新しい私を受け入れてくれて、無理をしなくても関われる人たちが残ってくれました。

そして同時に、不思議なことに、今の自分に合う新しい人たちとも自然と出会うようになりました。

以前の私にとって心地よかった関係は、
「頑張れば続く関係」でした。

でも今は、
「頑張らなくても続く関係」に変わりました。

無理をしない、取り繕わない、役割で関わらない。

そういう状態でいられるようになったからこそ、
関係そのものが軽く、
穏やかになっていったのだと思います。

そしてその延長線上で、
人から優しくされることが増えていきました。

特別に何かをしたわけではありません。

むしろ、「何かをしなくてもいい関係」になっただけです。

以前の私は、頑張って関係をつなぎ止めていました。

差し出して、埋めて、応えて、維持していた。

でも今は違います。

そのままで関われる。
そのままでいても、関係が続く。

だから、人の優しさも、
無理なく受け取れるようになりました。

優しくされたかったわけではない。
ただ、自分を雑に扱うのをやめただけです。

  • 自分を削って関係をつなぐことをやめた

  • 自分の感覚を無視することをやめた

  • 自分を後回しにすることをやめた

その結果として、周囲も、
同じように私を丁寧に扱うようになった。

世界の扱いが変わったというより、自分の扱い方が変わったことで、それがそのまま外側に反映されるようになったのだと思います。

だからこれは、偶然ではありません。

静かに、でも確実に起きた変化です。
そしてこれは、誰にでも起こり得る変化でもあります。

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