見出し画像

本の物語の様な物語

現実の世界は、いつだって少しだけ退屈だ。
少なくとも、中学二年生のあたしにとってはそうだった。
分厚いレンズのメガネの奥で、あたしはいつも活字の海を泳いでいた。
教室のざわめきも、廊下を駆け抜ける足音も、ページをめくる音にかき消されて遠くなる。
物語の中では、どんな人間にだってなれた。
勇敢な騎士にも、魔法使いにも、悲劇のヒロインにも。
本を閉じて現実に引き戻された瞬間に感じる、あのどうしようもない物足りなさ。
それこそが、あたしがまた図書室へと足を運ぶ理由だったのかもしれない。


✅あたしのストーリー

「メガネザル」
誰が言い始めたのかは知らない。
けれど、そのあだ名はいつの間にか、あたしの本名よりもクラスに浸透していた。
特に気にしているわけではない。
反論するほどのエネルギーも、そもそも彼らに対する興味もなかったから。
あたしの世界は、埃とインクの匂いが混じり合う、放課後の図書室で完結していた。
そこは、誰にも邪魔されない、あたしだけの聖域。

古い小説から最新の文芸誌まで、あたしは片っ端から物語を貪った。
一冊読み終えるごとに、あたしの内側には新しい世界が広がり、空想の翼はどこまでも高く羽ばたいていく。
それだけで、明日も学校へ行こうと思えた。

そんなある日、ふと、あることに気がついた。
どの本の図書カードを手に取っても、貸出履歴の一番上に、いつも同じ名前が記されているのだ。
「鈴木海斗」。
最初は、同じように本が好きな、どこかの誰かさん、くらいの認識だった。
けれど、その名前を見る回数が増えるにつれて、あたしの心の中に小さな好奇心が芽生え始めた。

鈴木海斗とは、一体誰なのだろう。

答えは、意外なほどあっさりと見つかった。
三年生の生徒会長。
女子生徒たちが廊下ですれ違うたびに黄色い声を上げ、男子生徒たちからも一目置かれる、学校のスター。
それが、鈴木海斗だった。
あたしとは住む世界が違う、物語の登場人物のような人。

その事実に気づいてからというもの、図書カードの上の彼の名前は、急に特別な意味を持ち始めた。
あたしが今読んでいるこの文章を、あの人も読んだのだろうか。
同じ場面で胸をときめかせ、同じ結末に涙したのだろうか。
そんなことを想像するだけで、頬が熱くなるのを感じた。

もちろん、だからといって何かが変わるわけではない。
彼は相変わらず手の届かない存在で、あたしは図書室の片隅で本を読むだけの「メガネザル」。
共通点といえば、同じ本を読んだことがある、ただそれだけ。
淡い期待は、いつしか諦めに似た感情へと変わっていった。

やがて時は過ぎ、あたしは高校生になった。
勉強はそれなりに得意だったから、地域でも評判の進学校に合格することができた。
新しい制服、新しい教室。
そして、そこにいるはずのない、彼の姿を見つけた時、あたしは自分の目を疑った。
鈴木海斗くん。
彼もまた、この高校に進学していたのだ。
運命なんて信じていなかったけれど、この時ばかりは、物語の神様のいたずらを信じたくなった。

✅彼のストーリー

高校に入学してからも、あたしの日課は変わらなかった。
放課後の図書室。
中学の頃よりもずっと広くて蔵書も多いその場所は、あたしにとって新たな聖域となった。
ただ一つ違ったのは、そこに「彼」がいるかもしれない、という微かな期待を抱いていることだった。

ある日の午後、文庫本のページを夢中で追っていると、不意に頭上から声が降ってきた。

「その本、面白いよね」

顔を上げると、そこにいたのは鈴木海斗くんだった。
心臓が喉から飛び出しそうになるのを、必死で抑え込む。
彼は、あたしの手元にある本を覗き込みながら、悪戯っぽく笑っていた。

「俺もそれ、好きでさ。まさか同じ高校で、しかも同じ本を読んでる子がいるなんて思わなかった」

それが、あたしたちの最初の会話だった。
彼の声は、想像していたよりもずっと優しくて、心地よかった。
あたしたちは自然と本の話題で盛り上がった。
好きな作家、心に残った一節、登場人物への思い。
今まで誰とも分かち合ったことのなかった、あたしだけの宝物のような感情を、彼は一つひとつ丁寧に受け止めてくれた。

その日を境に、あたしたちの距離は急速に縮まっていった。
放課後の図書室で会うのが当たり前になり、いつしか一緒に下校するようになっていた。
彼は、あたしを「メガネザル」とは呼ばなかった。
分厚いレンズの奥にある、本当のあたしを見てくれているような気がした。
彼の隣を歩くあたしを、他の女子生徒たちがどんな目で見ているのか、気にならなかったと言えば嘘になる。
けれど、それ以上に、彼と過ごす時間が大切だった。

彼は、学校の人気者であることを見せびらかすような人ではなかった。
誰に対しても平等で、いつも自然体。けれど、あたしにだけ見せる、ふとした瞬間の屈託のない笑顔が、あたしの心を締め付けた。
本の物語の登場人物に恋をするのとは違う、現実の、どうしようもないほどの引力だった。

✅二人のストーリー

時間はあっという間に過ぎていく。
彼が卒業する日が、もう目前に迫っていた。
桜の蕾が膨らみ始め、春の訪れを告げる風が吹くたびに、あたしの胸は寂しさでいっぱいになった。
この魔法のような時間は、彼の卒業と共に終わってしまうのだろうか。

卒業式当日。
体育館での式典が終わり、校舎は卒業生と在校生の別れを惜しむ声で満たされていた。
あたしは、人混みを避けるように、いつもの図書室へと向かった。
彼に「おめでとう」の一言も伝えられないまま、今日が終わってしまうのかもしれない。
そう思うと、涙がこぼれそうだった。

静まり返った図書室で、窓の外の喧騒をぼんやりと眺めていると、勢いよくドアが開いた。
息を切らして立っていたのは、第二ボタンまで無くなった制服姿の、海斗くんだった。

「やっぱり、ここにいた」

彼はまっすぐにこちらへ歩み寄ると、あたしの目の前で立ち止まった。
周りには誰もいない。
聞こえるのは、お互いの鼓動だけ。
彼は少し照れくさそうに頭を掻くと、あたしの耳元に顔を寄せて、囁くように言った。

「ねぇ、付き合おう……」

あたしは、声も出せずに、ただ無言で頷いた。
夢みたいだった。
いや、今まで読んできたどんな物語よりも、ずっと素敵な現実だった。
本の物語のような恋が、あたしにも訪れたのだ。

けれど、ふと思う。
彼は、本当にあたしが好きだったのだろうか。
それとも、あたしが読んでいた本が好きだっただけなのだろうか。

図書カードの一番上に、いつも彼の名前があったのは、本当に偶然だったのだろうか。
もしかしたら、あたしが彼の物語を追いかけていたんじゃない。
彼の方がずっと前から、あたしという物語のページを、そっとめくろうとしていたのかもしれない。

真実は、まだ、本のなかに隠されている。


✅LINE公式アカウント

心を整える事のご相談、家事育児の悩みのご相談は
LINEでご連絡くださいね。
😊


✅お知らせ

りんだーくの定期マガジン【エッセイ集】を発行しました。
毎日更新のこの記事よりも、より細かく人生の生き方のコツや日々思った事を書いたエッセイを書いています。
気になる方はこちらをどうぞ。
りんだーくの定期マガジン【エッセイ集】


✅合わせて読みたい


✅インフォメーション

🐰X(旧Twitter)(フォローお願いします😊)
🐰Instagram(見に来てね😊)

📖Blog
 🔹主夫の楽しい生活Blog(主夫が楽しく暮らすあれこれのBlog)
 🔹
リン☆だあくの家事MAX(主夫になりたい人を応援するBlog) 
 🔹
リン☆だあくの副業術(主夫をしながらでも副業をやる情報のBlog)

🔵お仕事依頼(グラフィックデザイン)
🔵お知らせ
🗺サイトマップ


🙌サポートして頂けると飛び上がって喜びます!😍

#エッセイ #コラム #生き方 #毎日更新 #毎日note #楽に生きる #楽しく生きる #人生

いいなと思ったら応援しよう!

りんだーく@📖note連続更新1000日以上達成❗ ✅よろしければサポートお願いします❗ 毎日更新の励みになります😊 頂いたサポートは、毎日の活動費(スタバ代など)に大切に使わせていただきます❗❗これで、スタバでコツコツ記事を書くことができますー。ありがたいです。🙏