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まどろみの縁側

毎日毎日、眠い。
この感覚は、いつから私の一部になったのだろう。
朝、スマートフォンのアラームが鳴り響く。
それは世界の始まりの合図ではなく、仮初の休息の終わりを告げる冷たい通告だ。
重たい瞼をこじ開け、まだ夢の残滓がこびりついた思考で、今日のスケジュールをなぞる。

眠い。

この一言に尽きる。
身体の芯に、鉛のような重たい疲労が常に鎮座している。
私たちはこの「眠気」を、どうにかして「処理」しなければならないと信じている。
朝一番に濃いコーヒーを胃に流し込むのは、そのための儀式だ。
カフェインという名の鞭で、疲れ果てた馬(=身体)を無理やり叩き起こす。
眠気を「処理」し、効率よく覚醒状態へ移行すること。
それが現代社会を生き抜くための必須スキルであるかのように。

だが、時折ふと思うのだ。
この眠気は、本当に「処理」すべき敵なのだろうか。
私たちが日々戦い、ねじ伏せようとしているこの抗いがたい欲求は、もしかしたら身体からの、もっと切実なメッセージなのではないだろうか。


✅アラームの向こう側

覚醒とは何だろう。
アラームを止め、コーヒーを飲み、満員電車のデジタルサイネージをぼんやりと眺める。
指先はキーボードを叩き、言葉はよどみなく会議資料に並んでいく。
身体は確かに「動いて」いる。
社会的な役割も果たしている。
しかし、それは本当に「目覚めている」状態なのだろうか。

日々のルーティンは、一種の自動操縦だ。
私たちは、眠気という名の霧がかかった意識の中で、プログラムされたタスクをこなしているに過ぎないのかもしれない。
効率よく眠気を「処理」した結果、手に入れたのは冴えわたる意識ではなく、感情の起伏を平坦にならした、浅いまどろみのような現実だ。

本当の覚醒は、もっと鮮やかなものであるはずだ。
世界が色彩を帯び、空気が肌を撫でる感覚が生々しく、心が震えるような瞬間があるはずだ。
しかし、私たちが日常で感じているのは、その対極にある鈍麻だ。

この鈍麻こそが、処理しきれなかった眠気の本当の姿ではないのか。
カフェインで表面的な意識だけを無理やり引き上げ、その下に沈殿した深い疲労には蓋をする。
その蓋の下から、本物の休息を求める身体の叫びが、くぐもった「眠い」という声になって漏れ出している。
私たちはその声を聞かないふりをして、今日もまた、アラームの向こう側へと身体を引きずっていく。

✅縁側と猫と、忘却の匂い

今日はゆっくり寝たい、と強く願った休日があった。
目覚ましをかけず、自然に目が覚めるのを待った。
それでも、長年の習慣で朝の早い時間に一度は目が覚めてしまう。
だが、その日は二度寝という贅沢を選んだ。

昼過ぎ、ようやく布団から這い出し、目的もなく古い縁側のある部屋に寝転がった。
都会の喧騒からは遠く離れた、時間の流れが緩やかな場所だ。

そこには一匹の猫がいた。
陽だまりを見つけ、完璧な円を描いて丸くなっている。
猫は、眠ることの天才だ。
何の罪悪感も、焦燥感もなく、ただひたすらに、今この瞬間を眠っている。
その寝息は、世界で最も平和な音に聞こえた。

時計は部屋の奥に置いてきた。
時間の感覚が、デジタルな数字の刻みから、畳の目に落ちる光と影の移動へと変わっていく。
風が庭の木々を揺らし、葉擦れの音がする。
古びた柱の匂い。
遠くで鳴く鳥の声。
五感がゆっくりと開いていくのを感じる。

そして、眠気がやってきた。
朝の、あの重たくて敵意に満ちた眠気とは違う。
それは柔らかく、甘く、抗う必要のない自然な誘いだった。
まるで、ぬるま湯に身体が溶けていくかのように、私はまどろみの中へと沈んでいった。

夢とも現実ともつかない、心地よい浮遊感。
子供の頃の夏休み。
入道雲。
風鈴の音。
永遠に続くかと思われた、あの日の午後。
猫がひとつ伸びをして、また違う体勢で眠り始める。
「処理」するのではない。
ただ、受け入れる。
眠りという、この上なく贅沢な「時間」を過ごす。

✅私たちは、何を取り戻すために眠るのか

ふと目が覚めると、日は傾き、空は柔らかな茜色に染まっていた。
身体が軽い。
あの鉛のような重さは消え、代わりに奇妙なほどの静けさが満ちていた。
眠気は「処理」されていた。
しかし、それは意志の力でねじ伏せたのではなく、ただ受け入れ、満たし、自然に流れ去った結果だ。

私たちは、眠ることを単なる身体機能の回復(メンテナンス)だと思いがちだ。
明日も効率よく「覚醒」するために必要な、作業の中断時間。
だが、あの縁側での眠りは、それとはまったく異質のものだった。

それは「処理」すべきタスクではなく、失われた何かを取り戻すための「時間」そのものだった。
では、私たちは、何を取り戻すために眠るのだろう。

体力か。
思考の整理か。
それもそうだろう。
しかし、もしかしたら、もっと根源的な何か。
例えば、デジタルな時間に分割される前の、光と影で測るような「本来の時間」との繋がり。
あるいは、効率や生産性という価値観から解放された、「ただ、ここにいる」という自分自身の存在感覚。

猫はまだ眠っている。
私たちが毎日感じるあの重たい眠気は、失われた「縁側で過ごすような時間」への、身体からの静かな抗議なのかもしれない。

明日になれば、私はまたアラームの音で目覚め、コーヒーを飲み、眠気を「処理」して一日を始めるだろう。
そのサイクルの中で、私は本当に「目覚めて」いるのだろうか。
それとも、効率という名の、もっと大きな何かに眠らされているだけなのではいないか。

夕暮れの縁側で、まだ覚醒しきらない頭で、私はそんなことを考えていた。


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