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0.42%の父親だった僕が、それでもここにいる理由

深夜3時。

娘はまだ泣いている。抱いても、揺らしても、授乳しても、泣いている。テレビをつけたら、アンパンマンがやっていた。他に何もなかった。

気づけば僕は、アンパンチを数えていた。

何回目かも分からなくなった頃、ふと思った。今この瞬間、日本中のどこかに、同じようにソファに沈んでいる父親がいるだろうか。たぶん、ほとんどいない。当時の育休取得率は0.42%だった。百人いれば、一人もいない計算だ。

孤独、という言葉では足りなかった。

心の奥で、何かが叫んでいた。大人と、喋りたい。

あれから10年以上が経った。娘は笑って学校に通い、僕は今、父親たちのコーチングをしている。あのアンパンチの夜に、まさかそんな未来が待っているとは、想像もしていなかった。

このエッセイを書くのは、当時の僕に似た誰かに、届けたいからだ。深夜のソファで、アンパンマンを見ながら、心の声を誰にも言えずにいる、あなたに。


✅孤独には「構造」があった

あの頃を振り返るとき、僕が一番しんどかったのは、眠れないことでも、体が限界なことでもなかった。

一番つらかったのは、「この状況を分かってくれる人間が、周りに一人もいない」という感覚だった。

妻は仕事に戻っていた。育休が取れなかったのではない。当時の職場では、そもそも男性が育休を取るという発想自体が存在しなかった。「育休? 男が?」という空気。口に出す人はいなかったが、その空気は確かにそこにあった。

僕は選択肢の中から育児を選んだわけではなく、選択肢が最初からなかった。気づいたら一人で、娘と向き合っていた。

17歳から妻と一緒にいた。36年近くになる。妻のことは誰よりも理解しているつもりだったし、されているとも思っていた。けれど、育児の孤独は、夫婦の絆とは別のところにあった。「分かってほしい」ではなく、「同じ場所に立っている誰かと話したい」という、もっと原始的な渇望だった。

友人に電話しようとしたことがある。深夜2時。画面に名前を出して、しばらく眺めて、結局かけなかった。何を話すのかが分からなかった。「子どもが寝なくて」と言ったところで、相手は何と答えるのか。「大変だね」で終わる会話に、何を期待するのか。

孤独には、構造がある、と今は思う。

情報がないのではない。支援制度がないのでもない。「自分の感覚を持ち寄れる場所」が、当時の父親には存在しなかった。それだけのことだ。しかしその「それだけのこと」が、人をどれほど追い詰めるか。

僕は元々、女子高の出身だ。少し変わった経歴だが、そのおかげで、感情を言語化することや、他者の感覚に寄り添うことには、人並み以上に鍛えられてきた自覚がある。それでも、あの深夜のソファでは、言葉が出てこなかった。うまく言えない苦しさより、うまく言っても届かないという絶望の方が先にあった。

言葉を持っていても、届く場所がなければ、言葉は内側で腐っていく。

父親の孤独は、そういう種類のものだと、僕は思っている。

✅「変わる」とは、何かを手放すことだ

転機は、劇的ではなかった。

ある夜、娘がやっと眠った後、僕はただ天井を見ていた。泣く気力もなく、笑う理由もなく、ただそこに横たわっていた。その時、頭の中でぼんやりと、一つのことを思った。

このままでいいのか。いや、「このまま」って何だ。

変わりたい、とは思っていなかった。正確に言えば、変わることを考える余裕が、まだなかった。ただ、「このまま」を続けることへの、漠然とした疑問が生まれた瞬間だった。

後から気づいたのだが、それが始まりだった。

「変わる」という言葉は、どこか前向きなイメージを持たれがちだ。新しいものを手に入れる、成長する、アップデートする。けれど実際のところ、変わることの本質は、何かを手放すことにある。

僕が手放したのは、「男は強くあるべき」という無言の命令だった。

誰に言われたわけでもない。でも確かに、その命令は僕の中にあった。弱さを見せてはいけない、助けを求めてはいけない、しんどいと言ってはいけない。育児が「しんどい」と感じること自体が、男として何か欠落しているような気がしていた。

その命令を手放すには、かなり時間がかかった。

きっかけの一つは、自分の認知特性を知ったことだった。後に受けた検査で、僕のワーキングメモリが境界域にあることが分かった。つまり、「覚えながら考える」という処理が、構造的に得意ではない。マルチタスクが苦手で、複数のことを同時に抱えると、判断の質が急激に落ちる。

育児は究極のマルチタスクだ。

あの頃、僕がうまくできなかったことの多くは、意志の問題でも、愛情の問題でもなかった。脳の構造と、環境のミスマッチだった。そのことが分かった時、深夜のソファに沈んでいた自分を、初めて少し、許せた気がした。

「できなかった」のではなく、「そのための環境が整っていなかった」のだ、と。

弱さを認めることは、敗北ではない。自分の仕様を知ることは、むしろ戦略だ。

僕が今、父親たちのコーチングをしているのは、この体験があるからだ。「なぜうまくいかないのか」を、責任感や根性の問題に帰着させない。その人の特性と、置かれた環境の構造を丁寧に見ていく。そうすることで、「自分はダメだ」という物語が、「環境を変えれば動ける」という物語に変わっていく。

変わることは、弱さを捨てることではない。弱さを抱えたまま、それでも動き出すことだ。

✅あなたはすでに、変わり始めている

このエッセイを最後まで読んでいる、ということは、何かを感じているからだと思う。

「変わりたい」という言葉が浮かんでいる人もいるかもしれない。「俺だけじゃないんだ」とほっとしている人もいるかもしれない。「でも何から始めればいいか分からない」と思っている人もいるだろう。

どれでも、いい。

ひとつだけ言わせてほしい。

変わりたいと思っている、その瞬間から、もう変わり始めている。

行動が先ではない。「このままでいいのか」という問いが生まれた瞬間が、始まりだ。あの天井を見上げた夜の僕も、そこから始まっていた。何もしていないように見えて、何かが動き出していた。

父親という役割は、誰も教えてくれない。母親についての情報は溢れているのに、父親については圧倒的に少ない。「父親らしくある」ことへの圧力だけが、どこからともなくやってくる。

でも、父親らしさに、正解はない。

強い父親である必要はない。すべてをこなせる父親である必要もない。子どもが本当に必要としているのは、完璧な父親ではなく、正直でいてくれる父親だ。しんどい時にしんどいと言える父親。間違えた時に謝れる父親。変わろうとしている姿を、見せられる父親。

僕が娘に教えてもらったことが、ある。

あのアンパンマンの夜から何年も経って、娘がある日こう言った。「パパ、昔より話しやすくなったね」と。

その言葉が、今の僕の仕事の原点にある。変わろうとした父親の背中を、子どもは見ている。言葉にしなくても、ちゃんと見ている。

今、深夜のソファに沈んでいるあなたへ。

アンパンチを数えながら、大人と話したいと叫んでいるあなたへ。

一人じゃない。そして、変わりたいと思っているなら、それはもう、始まっている。


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