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不揃いな心拍(ビート)で、今日を刻む

私たちには「バイオリズム」というものがあるらしい。
身体、感情、知性。
それらが周期的な波を描き、私たちの日常を左右するという。
正直に言えば、その科学的な信憑性について、私は深く知らない。
だが、そんな小難しい理屈を持ち出すまでもなく、私たちは日々の生活の中で、その「波」の存在を痛いほど実感している。

昨日まで世界が輝いて見えたのに、今日は灰色のフィルターがかかったようにすべてが色褪せて見える。
軽やかにステップを踏めたはずの道が、今日は足に鉛を括り付けられたように重い。

理由のわからない気分の浮き沈み。
明らかな好調と、どうしようもない不調。
私たちはこの不可解な波に翻弄され、ある日は歓喜し、ある日は絶望する。
この厄介とも思える揺らぎを、私たちはただ受け入れるしかないのだろうか。


✅どうしようもない「波」の上で

「今日は、乗れている」。
そんな日がある。

目覚ましの音よりも先に、意識がクリアに覚醒する朝。
窓から差し込む光が、祝福のように感じる。
昨夜あれほど悩んだ仕事のアイデアが、シャワーを浴びている間に泉のように湧いてくる。
人との会話は弾み、言葉は的確なタイミングで口をついて出る。
まるで、世界という名の巨大なオーケストラの中で、自分だけが完璧なテンポと音程でソロを奏でているかのような万能感。
こういう日、私たちは少しだけ自分が好きになる。

一方で、「今日は、ダメだ」。
そう直感する日もある。

空回りの一日。
良かれと思ってかけた言葉が、相手の表情を曇らせる。
確認したはずのメールに、致命的なタイプミスが見つかる。
信号はことごとく赤に変わり、乗ろうとした電車は目の前でドアを閉ざす。
焦れば焦るほど、思考は沼地にはまり込み、手足はもつれる。

努力や意志の力ではどうにもならない、巨大な流れのようなもの。
ある日は追い風となり、ある日は逆風となる。
私たちは皆、このどうしようもない「波」の上に浮かぶ小舟のような存在だ。
風を読み、流れを読み、必死に今日という航海を続けている。
上手くいく日は帆を張り、空回りする日はただ嵐が過ぎるのを待つ。
この抗えないリズムこそが、私たちの日々を構成している。

✅浮き沈みこそが「人間」という面白さ

この浮き沈みを、私たちはしばしば「管理すべき対象」と見なす。
自己啓発書を紐解き、ルーティンを確立し、感情をコントロールしようと試みる。
なるべく「波」を平らに、常に「好調」をキープできるようにと。

だが、と私は仮定する。
この浮き沈み、この予測不可能性こそが、人間の人間たる面白さであり、愛おしさの源泉なのではないだろうか。

もし仮に、バイオリズムというものが存在せず、毎日が寸分違わぬ「完璧なコンディション」だったらどうだろう。
朝は必ず同じ時間に最高の気分で目覚め、仕事は常に100%のパフォーマンスを発揮し、感情は一切の淀みなく安定している。
それは一見、理想郷のように思える。

しかし、それは本当に「生きている」と言えるのだろうか。
それはまるで、精密にプログラムされた機械か、最適化されたアルゴリズムのようだ。
そこには、予想外の失敗もなければ、それを乗り越えた時の爆発的な喜びもない。
空回りする自分へのもどかしさも、不調の底で初めて見える景色も存在しない。

私たちが心を惹かれる物語や芸術は、いつだってその「揺らぎ」の中に生まれる。
完璧な主人公など面白くもなんともない。
欠点だらけで、空回りし、落ち込み、それでも再び顔を上げるからこそ、その姿に私たちは自分を重ね、感動するのだ。

不調の日にこそ、人の優しさが深く沁みる。
空回りした経験が、他者の失敗に対して寛容になれる心を育む。
好調の日の輝きは、長く暗いトンネルがあったからこそ、より一層眩しく感じられる。
この高低差こそが、私たちの人生に奥行きと色彩を与えている。

✅今日のリズムで、私を生きる

もちろん、不調や空回りを積極的に歓迎するわけではない。
辛いものは辛いし、避けられるものなら避けたい。

だが、それを「悪」として切り捨てるのではなく、それもまた「私」の一部として受け入れることはできないだろうか。
完璧を目指すのではなく、不揃いであることを許可する。

今日は、乗れない日だ。
それならそれでいい。
無理に漕ごうとせず、波に身を任せてみよう。
いつもは見えない空の色や、風の匂いに気づくかもしれない。
今日は、乗れている日だ。
ならば、行けるところまで行ってみよう。
昨日は届かなかった場所に、手が届くかもしれない。

私たちは、自分という唯一無二の楽器を奏でている。
バイオリズムとは、その日その時で変わる調律(チューニング)のようなものだ。
調子が外れた音が出る日もあるだろう。
テンポがずれる日もあるだろう。

だが、それでいい。
大切なのは、完璧な演奏をすることではない。
たとえ不協和音であっても、それが「今日」の私が出した、紛れもない「私の音」であると知ることだ。

今日も私は、私のリズムに乗って、今日という日を心に刻んでいく。
それが高鳴るビートであれ、沈み込むようなスローテンポであれ。

私たちは皆、自分だけの不揃いな心拍を刻みながら生きている。
果たしてそのリズムを刻んでいるのは、本当に自分自身の意志なのだろうか。
それとも、もっと大きな何かの律動に、ただ合わせているだけなのだろうか。
その答えはまだ、わからない。
ただ、今この瞬間に感じる胸の鼓動だけが、どうしようもなくリアルなのだ。


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