日記 ┃ 水星への移動を禁じられた話
習い事の迎えに行く途中のことだった。
すこし前まではこの時間、薔薇色の夕空が見えて綺麗だったのに、あたりはすっかり真っ暗。日が落ちるのが早くなった。
わたしは腕にライトバンドをつけて歩いていた。
頭のなかで、今書いている途中のホラーミステリーを反芻しながら。サイコパス感を高めるために収集癖を加えるのはどうだろうなどと考えていた。
そのとき、背後からなにかが聞こえてきた。
大きな声──?
おそるおそる振り返ると、すぐに静かになった。
遠くに自転車のライトが見えた。
なんだ、わたしを呼んだんじゃなかったのか。
知り合いに挨拶したとか、そういう感じだろうか。夜道が暗いだけでなんだか怖くなった自分を恥じる。
歩き進めるうちに、シャカシャカと自転車を漕ぐ音が近づいてきて、すぐ後ろまで来ているなと思ったそのとき。
「水星への移動を禁じるッ……!」
わたしは驚き、ぎ、ぎ、ぎ……と機械のように振り向いた。60代くらいの男性が、シャカシャカと素早くペダルを回しながらそう言った。
「この惑星の原住民どもめ! くッ……遅かったかッ……!」
そして彼は風を巻き起こして走り去っていった。
わたしはその場に立ちすくんだ。
すぐそばをゆく車の群れの赤いテールランプがいやに目についた。
なんの、はなしですか……?
そのまま立ち止まり、スマホですぐにメモを取った。胸が嫌な感じにどきどきしていた。
彗星移動を禁じなければ
慌てて誤字る
この惑星の住民共に
彼がわたしに話しかけたのかどうかはわからない。目は合わなかった。もしかすると、なんらかのセリフを練習していたのかもしれないし、音声入力を利用して執筆していたのかも。
そんなわけで、聞いたものからすこし変えてはいるのだけれど、そのあとは前も後ろを気にしながら歩くことになったのだった。
こういう事例にはよく遭遇するのだけれど、その都度驚きながらも、創作の種だとありがたくいただくことにしている。
中間選考を通過させていただいたミステリー小説も、まさにXでのつぶやきがもとになっている。
そのときは、メトロノームのように揺れながら近づいてきた男性に、膝に座られそうになって走って逃げた。
いつかなにかでこの話が出てきたら「あの実話をこうアレンジしたのか」と楽しんでもらえるとうれしい。
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